「埋没コスト」という言葉を知っていますか? 埋没コストとは、「ある経済行為(投資、生産、消費など)に支出した固定費のうち、どんな意思決定(中止、撤退、白紙化など)をしても回収できない費用」のこと。しかも、費やした資金や労力や時間が惜しいあまりにその経済行為を続けてしまい、より大きな損失を生む恐れもあるのです。
企業にとって大きな問題である埋没コストですが、著書『「やめる」という選択』(日経BP)を上梓した株式会社圓窓代表取締役の澤円(さわ・まどか)さんは、「企業だけではなく個人にとっても埋没コストは大きな問題になる」と言います。ここでは、「人間関係」における埋没コストの解消法を解説してもらいます。
写真/在本彌生
思い出話やトレンドの話ばかりになる関係には要注意
「埋没コスト」というのは、自分が気づかないうちにも抱えてしまうものです。そんな埋没コストを解消していくためにはどんな方法があるでしょうか? ここでは、「人間関係」にまつわる埋没コストを解消する、またはつくらない方法を解説していきます。
人間関係が埋没コスト化する状態というのは、人生のどこかのタイミングでつくられた関係がそのあともだらだらと続き、「一緒にいることが当たり前になっている」状態です。典型的なのは、かつての同級生や同僚でしょうか。同級生や同僚だったというだけで、いまの自分が無条件に時間を費やす価値があるとは限らないという意味で言っています。もちろん、ずっと価値がある関係性もあるし、あくまでも自分の選択肢のひとつと認識することが大切ではないでしょうか。
いったんそんな可能性があることを念頭に置くだけで、「あれ? なんだか話が合わないな」「あまり得るものがないのかな」と、変化を敏感に感じとれるようになります。そう感じたなら、まさにその人間関係は埋没コスト化しつつあるかもしれません。つまり、自分の時間をかける価値が、もはやその人間関係にはなくなってしまっているのではないかと、疑ってみていいのです。
もちろん、かつて一緒に過ごした時間には価値があったと思います。でも、それが継続的に時間を費やす関係を保証するかというと、お互いの成長のベクトルがどうしても変わっていくため、必ずしもリンクしません。
目安としては、話題が「過去の話や思い出話」ばかりになったり、トレンドのような「インスタントな話題」ばかりになったりしていたら要注意です。そうした話題がすべていけないのではなく、そんな話題がメインになってモヤモヤ感があるなら、相手と会う頻度を意識的に減らしてもいい頃です。
たまに食べるカップラーメンは最高においしいけれど、それが主食になったら、体にはよくないと言えばわかりやすいでしょうか。あなたはそろそろ、栄養のある人間関係を求める時期に差し掛かっているのです。
「心地よい関係性は変わりゆく」ことを前提に考える
忘れてほしくないのは、人間関係は「マッチング」だということです。
あなたとAさんが会ったときに、あなたがモヤモヤしたからといって、それはAさんが悪いわけでもつまらないわけでもありません。そこを勘違いすると、「私はイケているけれど、あいつはダメ」という目線になってしまい、属性だけで人を判断する人間になってしまいます。
何年かの時間を経て、あなたと相手は「たまたま」そんな関係になったというだけのこと。人間関係はあくまでも「関係」なので、関係性を見直すことはひどいことでもなんでもありません。ただし、関係を見直したからといって、相手に価値がないことにはまったくならないと理解しておくことです。
場合によっては、過去にお世話になった人も、そんな関係性になることがあります。僕にも、ずっと恩義を感じる人もいるし、すごくよくしてくれた人が何人もいます。だからといって、無条件にいまの自分の時間を割くかというと、それはまた別問題なのです。
人間関係は変わりゆくものです。過去にお世話になったことの感謝の気持ちは変わらないので、それだけで十分です。でも、無理をしてまで、毎月食事に行ったり飲みに行ったりする行動で感謝の気持ちを表す必要はありません。
向こうから誘われたときでも、自分が行きたい気持ちになれなければ、たとえお世話になった人でも当たり障りのない理由をつけて頻度を調整してみてください。あくまで、お互いに価値を与え合えるかどうかに着目しましょう。
「相手から奪わない」ことが人間関係の基本
埋没コストになりにくい人間関係をつくるには、「相手から奪わない」かたちの関係づくりも意識してみてください。僕はよく、「プレゼンを教えてほしい」と言われる機会があるのですが、結果を出す人は、必ずと言っていいほど、自分で物事を解決しようとします。
一例を挙げると、僕の友人に、昆虫テクノロジー企業である株式会社ムスカの前代表取締役CEOを務めていた流郷綾乃さんという方がいます。彼女はあるイベントで僕の妻と知り合いになり、「近々コンテストがあるから、プレゼンの勉強方法を知りたい」と妻に相談したそうです。
このとき彼女は、「僕に会わせてほしい」とは言わず、「勉強の仕方を教えてほしい」と言ったそうです。そこで妻は僕の著書をいくつか紹介したところ、その場ですぐに購入し、そのあとかなり読み込んでくれました。そうして結局、僕に一度も会わないまま、そのピッチコンテストで見事に優勝されました。
そのあと初めて僕に会ったとき、わざわざ「ありがとうございました」とお礼を言いに来られて、そのとき事情を知った僕は感激してしまいました。だから、「次からは何かあったらいつでも相談してくださいね」と伝えて、いまはとてもいい関係性をつくれています。
でも、これとは真逆のこともたくさん経験しています。たとえばイベント会場で、知人を介してたまたま知り合っただけの人から、いきなり「今度プレゼンがあるから教えてください」と言われることがあるのです。そこで、「近々プレゼンに関するセミナーがあるので、ぜひいらしてください」と返すわけですが、妻を介して僕の時間を押さえるように言う人や、自分のプレゼンを録画した動画を送りつけて、「見てください」とアドバイスを求める強引な人もなかにはいます。
要するに、これは「自分の課題はまず自分で解決する」という、社会人の基本である「自己解決努力」ができていない状態です。
人間関係はリソースではなくリレーション
さらに根本的におかしいのは、人間関係を自分の「所有物」としてとらえる姿勢です。リレーション(関係)とリソース(資源)は、まったく違うものです。リレーションはあくまで相互作用が前提であり、大人ならば「お互いに貢献し合う」ことが必要になると僕は考えます。人間関係はそのように成り立っているし、そもそも社会はそのようにつくられているはずです。
しかし、リソースは所有物です。個人の持ち物なら個人が自由に使っていいのですが、いくらリレーションをリソースとして認識しても、他人を思うがままコントロールできるはずがありません。
このような極端な例でなくても、「なんとなくおかしいな」と違和感を覚えるときは、リレーションを理由にしながら、リソースを削られている場合が多いと僕は見ています。
そこで、何か違和感を覚えたり、時間やエネルギーを奪われていると感じたりするときは、貴重なリソースを守る必要があります。外資系企業などでは「リングフェンスする」という言い方をしますが、自分の予算や時間などをブロックして、しっかり守り抜くことが大切です。
世の中にはいろいろな考え方をもつ人がいるので、このリングフェンスの視点をぜひ身につけてください。
※今コラムは、澤円 著『「やめる」という選択』(日経BP)をアレンジしたものです。
【『「やめる」という選択』より ほかの記事はこちら】
仕事ができる人は「やめることをすぐ決められる」。やめる決断をするための最重要マインドセット
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【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。元日本マイクロソフト業務執行役員。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman’s Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。著書に『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術』(ダイヤモンド社)、『個人力 やりたいことにわがままになるニューノーマルの働き方』(プレジデント社)、『「疑う」からはじめる。これからの時代を生き抜く思考・行動の源泉』(アスコム)、伊藤羊一氏との共著に『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(プレジデント社)。監修に『Study Hack! 最速で「本当に使えるビジネススキル」を手に入れる』(KADOKAWA)などがある。