「好かれたい」という気持ちは、集団で社会生活を行なう私たちとって、根源的な欲望のひとつかもしれません。
しかし、ビジネスコミュニケーション全般の企業研修を行なっている大串亜由美さんは、もちろん人間関係は重要ではあるものの、仕事において「好かれたい」「いい人でありたい」を一番に考える人は、仕事の目的を見失っていると指摘します。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
大串亜由美(おおくし・あゆみ)
東京都出身。株式会社グローバリンク代表取締役。大学卒業後、日本ヒューレット・パッカード株式会社に入社。14年の人事部勤務において、採用・教育担当、女性活性化プロジェクトリーダー、海外派遣担当マネジャー、人事コミュニケーション・マネジャー、従業員意識調査プロジェクトリーダーを歴任。1988~1990年、米国ヒューレット・パッカード本社にて人事部門の仕事に携わるかたわら、国際コミュニケーションについて学ぶ。その後、コンサルティング会社勤務を経て、1998年にグローバリンクを設立。「国際的規模での人材活用・人材育成」をキーワードに、異文化コミュニケーションから、マネジメント、接客販売など、ビジネスコミュニケーション全般の企業・団体研修、人材育成コンサルティング業務を手がける。
仕事のゴールは、人に好かれることではない
仕事で付き合う人に「好かれたい」という思いからコミュニケーションに気を使う人も多いかもしれません。しかし、そもそもの話として、仕事における人間関係のなかで、万人に好かれるのは可能なのでしょうか?
仕事におけるゴールを考えれば、仕事で関わる人から好かれるのが第一優先順位ではなくなります。仕事におけるゴールとは、両者の成果が最大化されることです。そのゴールに達するために、お互いが無駄に嫌な思いをしたり苦労したりするのを省くのは大切です。それができていれば、相手から嫌われることもありません。
ですから、まわりから「好かれたい」と思っている人は、目的を見失ってしまっているのだと思います。仕事におけるゴールに達するための適切なコミュニケーションさえしていれば、嫌われることなどないのです。
「好かれる」とはちょっと違うかもしれませんが、研修講師という私の仕事柄、「どうすればまわりから信頼されますか?」といった質問をよく受けます。そういった人に私が伝えるのは、「まず、あなたは相手を信頼していますか?」ということです。
自分自身が相手を信頼してもいないのに、あるいは相手を好きとも思っていないのに、相手からは信頼してほしいとか自分を好きになってほしいというのは、あまりに虫がよすぎる話ではないでしょうか。
苦手な相手は、「仕事の役割」でとらえる
まずは「好きか嫌いか」という物差しから逃れることを考えましょう。繰り返しますが、仕事におけるゴールはまわりから好かれることではないのですから。
そのうえで、仕事の成果を最大化するために、自分にはなにができるのかを考えるのです。相手になにかを依頼するのであれば、Why「目的」、What「なにを」、When「いつまでに」と、3Wを明確に伝えて依頼します。そうすることで、相手側からすれば、なんのためになにをいつまでに自分にしてほしいのかが明確になり、依頼を受けるにしろ断るにしろ、判断が容易になります。
あるいは、上司など相手からの「YES」が欲しいのであれば、どういう情報を伝えれば相手が「YES」と言いやすいだろうか、どのタイミングで伝えれば判断しやすいだろうかなど、きちんと相手の立場に立った配慮が必要です。そのような気遣いができる人を嫌う人は少ないでしょう。
とはいえ、仕事で関わる人は多種多様です。苦手な人と付き合わなければならないこともあるのが現実です。そういったケースでも、いま挙げたような相手に対して配慮するのが基本となりますが、もうひとつアドバイスするなら、相手を「仕事の役割」でとらえるのが有効です。
仕事で関わる相手ですから、苦手であっても無理やり友だちになる必要はありません。そこで、「仕事の役割」でとらえるのです。そうすれば、自然に相手を尊重できるようになります。
好きか嫌いかでいったら好きではない、どちらかといえば嫌いな部類の相手だったとしても、「この人は、自分がまとめた資料を使って会議で報告してくれる人だ」ととらえれば、「リハーサルの時間を少しでも長くとれるように、なるべく早く資料を渡そう」と思えます。とりつくろった態度ではなく正しい配慮があれば、仕事をスムーズに進めるうえの良好な人間関係を築いていけるはずです。
「いい人」であろうとすることが、相手にとって不親切になる
「いい人でありたい」という気持ちも多くの人がもっています。しかし、いい人であろうとするあまり、逆に相手に対する配慮を欠いてしまうこともあるのです。
たとえば、後輩のミスを指摘しなければならない場面で、「この書類のここをちょっと変更してもらえたりするといいかなと思うんだけど」「いや、別のそのままでもいいんだよ、あなたが悪いって言ってるわけじゃないんだけど」などと、曖昧な指摘をしてしまうとどうなるでしょう? 結果的に、資料は修正されず、後輩の評価は下がってしまいます。
ここで意識したいのは、「明確さは親切、不明確さは不親切」ということ。こういったケースでは、なにをどうすべきなのかを明確に伝えなければなりません。それが、相手にとっての親切になるのです。
ただし、指摘をするときには、ひとつ注意が必要です。それは、本人の意志と努力で変えられないことは指摘してはいけないということ。たとえば、性格もそのひとつです。長い時間をかけて形成された性格はそう簡単に変えられるものではありません。個性を変える必要もありません。それを「よくない」「変えるべきだ」と指摘するのは、ハラスメントになりかねません。
必要な書類の提出期限に間に合わなかった後輩がいるとします。そこで、「だらしない」と指摘しても、だらしない性格はやはりなかなか変えられません。やるべきことは、まずは「どうした?」と相手の状況を聞くことです。
そのうえで、「今度の期限はいついつだけど、守れそう?」と確認し、「必要なことはある?」とできるかぎりのサポートをするのです。性格そのものは変えるのは難しくても、サポート次第で期限を守れるようにすることはきっとできます。
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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。