「感情に流されやすい」
「冷静な思考ができない」
「判断力が低い」
このような問題はビジネスパーソンにとって致命的ですよね。一方で、自分の感情や考え方を把握して適切にコントロールし、優れた意思決定ができれば、ビジネスシーンをはじめとするストレスの多い社会生活をうまく切り抜け、人間関係もスムーズに構築していけるでしょう。
今回は、感情コントロールや意思決定が上達するトレーニングとして「イリイスト日記法」をご紹介します。冷静に考えることや判断することが苦手な人は、ぜひ参考にしてみてくださいね。
「深く考える」にはどうすればいいのか
日々の仕事には、大小さまざまな決断がともないます。人と意見が対立したときや、大きな決定を下すときなど、あらゆる場面で冷静な思考や決断力は欠かせないでしょう。
哲学者のソクラテスは、まわりに流されて生きることに懐疑的で、「An unexamined life is not worth living(吟味されざる人生は生きる価値がない)」という言葉を残しています。自身の死刑が執行される直前まで、「知恵と深い思考をもって決断することがよい人生だ」と主張し続けていたそう。しかし、ただ「深い思考をせよ」と言われてもピンとこない人も多いでしょう。
じつは、深く考えるといっても、頭のなかでただ悶々と考えることはあまり得策ではありません。ブルネル大学の研究によると、頭のなかで同じことを何度も繰り返し考える人はうつ病になるリスクが高く、プレッシャーのかかる場面で誤った判断をしやすいのだとか。
そこでおすすめしたいのが、自分を第三者目線で語る「イリイスト日記法」です。
冷静な思考や判断ができるようになる「イリイスト日記法」とは
「イリイスト日記法」とは、主語を「僕」や「私」ではなく「彼」や「彼女」などの三人称に置き換え、自分のことを第三者の視点で書く日記法のこと。
イリイストの「ille(イリ)」はラテン語で「彼」を表す単語。古代の修辞法では、自分のことを「彼」と三人称で表現することがあり、たとえばユリウス・カエサルの『ガリア戦記』で、カエサルは自らの行動を「カエサルは〜」「彼は〜」という形式で記述しています。この方法が現代人にも応用できるのではないか、と研究者のあいだで注目が集まったのです。
ウォータールー大学のイゴール・グロスマン博士とミシガン大学のイーサン・クロス博士が行なった研究をご紹介しましょう。
実験では、300人の被験者を2グループに分け、片方には一人称(私、僕など)で、もう片方には三人称(彼、彼女)を使って、4週間日記を書かせたそうです。そして、日記をつける前後に行なった推論能力テストの結果を比較したところ、一人称で日記を書いたグループに大きな変化はなかったのに対し、三人称で日記を書いたグループは知的謙虚さ(自分の知識の限界に気づくこと、いわゆる「無知の知」)が増し、より広い視点で物事をとらえ妥協点を見つけることがうまくなっていたのだとか。さらに、三人称で日記をつけたグループには、感情コントロール能力の向上も見られたそう。
さらに、4週間の実験期間が終わったあと、被験者に「親しい家族や友人に対してどんな感情を抱いているか」を尋ねたほか、「その感情が1ヶ月後にどう変化しているか」を予測させました。すると、一人称で日記を書いたグループは、ポジティブな感情を過大評価し、ネガティブな感情を過小評価する傾向があったのに対し、三人称で日記を書いていたグループは、より正確に1ヶ月後の状態を推測できていたそう。自身の感情の状態を正確に把握できていたからこそ、ネガティブな感情に適切に対処でき、気持ちを安定させることができたのですね。
自分のことについて第三者の視点から日記を書くことで、自分の感情や行動に加え、周りの人たちとの関係も客観的に把握・分析しやすくなると言えるでしょう。
自分の悩み事を三人称で書いてみた
実際に、イリイスト日記法を試してみました。
とった手順は次のとおりです。
- モヤモヤしている出来事について、第三者目線で「彼」や「彼女」という言葉を使って書き出す。
- その下に、ほかの人になったつもりで、冷静な意見や別の見解も述べる。
感情任せにしていると、本当はポジティブなこともネガティブに見え、心がふさいでしまうことがありますよね。それが三人称を使っただけで、心に詰まった鉛がとれるかのようにすっきりとした実感がありました。
「イリイスト日記法」は、感情のクールダウンにたしかに有効!
感情的になりがちな自分をうまくコントロールしたいと考える人にとって、「イリイスト日記法」は次の点でたしかに有効だと感じました。
悩み事の本質が見えてくる
誰かといざこざがあったときに第三者目線で日記を書くことは、相手の立場や考えを推測したり、物事を違った視点から見たりする手助けになります。ただ日記を書くだけだと、自分が「思ったこと・感じたこと」のみに着目して感情的になりがち。ですが、「彼/彼女」という言葉を使って出来事を淡々と書くと、いざこざが起きた背景や原因にまで考えをめぐらすことができるので、大事なポイントや本質が見えてくるでしょう。
問題点を洗い出せて、冷静に結論を導ける
また、自分自身のことで悩んでいて、なんらかの結論を出したい場合も、頭のなかで考えるだけではつい感情的になってしまい、考えをうまくまとめられませんよね。そんなとき、ストーリーテラーになったつもりで、自分のことを客観的に書き出すのはとても有効です。自分のことを外側から見ることで、冷静にメリット・デメリット・リスクなどを洗い出せますよ。
続ければ寛容力も身につきそう
研究のように4週間毎日続ければ、第三者視点の考え方が自然と身について、普段から感情に流されずに冷静に判断できるようになりそうですね。さらに、同僚や家族など周りの人たちと衝突しそうな場面で、相手の考えを受け入れられる寛容力も身につくのではないでしょうか。
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判断力や思考力は鍛えられるもの。自分のことを第三者的に語るイリイスト日記法を実践することで、感情コントロールや意思決定、メタ認知などによい影響をもたらすことができるでしょう。ぜひ試してみてくださいね。
(参考)
aeon|Why speaking to yourself in the third person makes you wiser
Research Digest|A New Trial Of An Ancient Rhetorical Trick Finds It Can Make You Wiser
Wikipedia|The unexamined life is not worth living
日経ビジネス|隣にいたら、きっと鬱陶しいソクラテス
Science Direct|Reinvestment, task complexity and decision making under pressure in basketball
【ライタープロフィール】
Yuko
ライター・翻訳家として活動中。科学的に効果のある仕事術・勉強法・メンタルヘルス管理術に関する執筆が得意。脳科学や心理学に関する論文を月に30本以上読み、脳を整え集中力を高める習慣、モチベーションを保つ習慣、時間管理術などを自身の生活に取り入れている。