英語の勉強法には様々なアプローチの仕方があります。 「語彙を増やそう」「構文を知ろう」と書店に入ったものの、英語を筆頭に学習教材の豊富さの前に何を買えばいいか途方にくれてしまった経験をお持ちの方も多いはず。多くの人は単語、イディオム、文法などの一般的な語学の学習領域ばかりに目を向けると思いますが、英語学習において「母語」という存在を意識したことがある方はどれくらいいるでしょうか?
今回は母語の外国語学習における重要性、そしてその磨き方を紹介します。ここを理解すると、和文英訳の技術が格段に上がります。以下英語を学習する日本人を例に取り、母語を日本語に、外国語を英語として話を進めていきます。
日本語力>英語力
表現力の訓練は、まず母国語で行うのが順序というものだ。秩序だった概念を日本語で表現できなければ、英語修得にカネを注ぎ込んでも一言も口がきけないはずである。存在しない思考を翻訳することはできないからだ。
(引用元:アメリカ豊かなる没落(1998))
皆さんはどのように英語を学習していますか? 辞書や文法書を参照に、最終的には「日本語と紐付けて」理解しようとするはずです。これはつまり、一つ言語を修得して母語を持っていれば、2つ目以降の外国語学習時に母語の介入を避けることは出来ないということです。 小学生にして英語、仏語、独語を操ることがそう珍しくないスイス人でさえ、最初に修得した一つの言語=母語に基づいて他の言語を学習するそう。ここで大切なのは、基礎となる土台の工事に手抜きがあれば、その上に建てられた家にはやがて問題が生じるのと同様、母語が穴だらけなら完璧な外国語習得な望めない、ということ。つまり外国語は母語の程度に見合ったレベルにしからないのです。
では外国語学習において母語が盤石である指標とは何でしょうか?そのヒントは語彙、文法などと並び言語の重要な要素の一つでありながら見落とされがちな文化にありました。
【察し補う】 vs 【明確に主張する】文化と言語
日本人のインタビュー下手は世界的に有名だそうです。
インタビュアー「今日の試合、どうでしたか?」 日本人選手「良かったです。最高でした。」
日本のテレビでは普通に見られるスポーツ中継での一コマ。ですが、多くの日本人は聞き流しているであろうこの一連のやり取りですが、ここで「何が聞きたいの?」と突っ込みたくなるのが英語話者なのです。 さらに彼らは、選手のコメントにも次の様な突っ込みを入れるでしょう。「良かったとはどういうことか」「なぜ良かったのか」と。
重要なのは、このインタビューの善し悪しが論じられる背景には、日本語インタビュアーには「部分的であろうとも聞き手は察し、理解すべき」という思いがある一方、英語話者は「具体的に明確に表現すべき」という信念があること。つまり、各言語に紐付いた“文化”の対立の存在があるということです。 この認識における齟齬が、日本語と英語の違いであり、日本人がインタビュアー下手と評される所以なのです。
言い換えれば日本の「察すべき文化」が日本語に曖昧さを生み、欧米の「主張すべき文化」が英語に論理性と具体性を与えているということ。語学を学ぶということは単語や文法を覚えるだけでなく、このような背景にある文化や慣習的な部分も翻訳するということなのですね。
単なる単語から単語の置き換えではなく、英語の背景文化を意識し取り入れた日本語作成術、いわば「中間日本語」の作成術を身につける必要があるのです。
今日から始めよう! 「中間日本語」の作成術
英語の文化的な背景も取り込んだ「中間日本語」を用いて訳す方法はとてもシンプル。日本語特有の「省略と曖昧」という要素を排除し、英語特有の「主張と具体」を取り入れた日本語を意識すれば良いのです。
●主語と目的語を補おう
「取ってきて!!」
少し極端な例ですが、この発言からでも日本語話者なら聞き手が省略部分を補い、話し手とのコミュニケーションは完了するでしょう。ですが英語においては文法上主語、動詞が存在しない文型はありません。「中間日本語」ではここを常に明確にした日本語を作ることを心がけ、省略の癖を矯正していきましょう。
●言いたいことを先に言おう 日本語は”卑怯な言語”と揶揄されることがあります。それは”述部が文の最後に置かれる”という一つの日本語の特徴ゆえ、話し手の主張が聞き手の予測を大きく裏切ることがあるからです。否定文がその好例で、長い修飾節の後に「ーでない」と言われると英語話者は面食らうのです。 この観点から英文を見ると、直ちに話し手の主張がくみ取れる構造が見て取れます。
“I don’t think ...” (”I think that 否定文” の場合、話し手のthat以下の事実への強い否定を含意) “It is important~”
「中間日本語」では上記の様に、
「私は思わないな、○○とは」 「重要なんだよね...××は」
という順番で話すことが必要となります。
●5W1Hを見つけよう
「楽しかった!!」
日本語においてはこの様にその原因/詳細等の説名を省き形容するのが一般的です。ですが形容(動)詞とは本来主観性が高く”楽しさ”は人それぞれ、つまりそのままでは曖昧なのです。だからこそ明確に主張することに重きを置く英語話者は客観性を与え、論理性を担保するために具体的に形容する傾向があります。
「中間日本語」では「何が/どのように/いつ/etc……面白かったか」など5W1Hに基づいた疑問を持つ習慣を身につけましょう。このように意味を分析、分解する癖をつけることで感想や印象といった曖昧な表現ではなく、英語の具体的かつ論理的な主張ができるようになります。
*** 「中間日本語」のイメージがわきましたか? 外国語学習において語彙や構文等の知識を蓄えていくことは必要不可欠ですが、覚えた知識をあてはめるだけでは、きっとどこかでつまづいてしまうでしょう。和文英訳に悩んだ時はぜひ母語に目を向け、言葉の背景に配慮をしながら中間日本語作成術を使ってみてください。 きっと今よりしっくりした文章が書けるはずです。
参考: 佐藤隆三著 (1988),『アメリカ豊かなる没落』,日本経済新聞社 ロンブ・カトー著 米原万里訳(2000),『わたしの外国語学習法』 ちくま学芸文庫 三森ゆりか,『外国語を身につけるための日本語レッスン』(2003),白水社 Wolfgang Butzkamm (2003) ”We only learn language once. The role of the mother tongue in FL classrooms: death of a dogma.” Language Learning Journal, Winter 2003, No28, 29-39
山口 健人 [8:20 PM] added an HTML snippet: Kyosuke Kubota_キュレーター画像