グローバル市場での競争がますます激化している昨今。円安を絶好の機会ととらえ、市場を海外に広げる日本企業が増えつつあります。加えて、海外に活躍の場を広げ、さらなるキャリアアップを目指すビジネスパーソンや、世界で活躍できる人材育成に関心を寄せる企業担当者もいることでしょう。
では、こうした人々が海外でのビジネスを成功させるには、どのような視点やスキルが求められるのでしょうか? 公認会計士およびグローバル人材育成のプロである加藤雄次郎さん(株式会社Linkard代表取締役CEO)にお話を伺いました。そのインタビューの様子をお送りします。
第1弾は、海外市場への進出を目指す日本企業の課題や必要な視点について、加藤さんご自身の海外赴任経験を交えてお届けいたします。
- 海外展開で直面する日本企業の課題とは?
- 異文化へのリスペクトが、世界で活躍するための第一歩
- 市場環境の変化に迅速に柔軟に対応するスキルが重要
- 人々の挑戦を支援し、活力に満ちた世界を創造する思いから設立
- インタビュー後記
【プロフィール】
加藤 雄次郎(かとう・ゆうじろう)
東京大学在学中に公認会計士試験に合格し、2014年よりKPMGあずさ監査法人に入所。国際事業部にて、日系・外資系企業に対して業務を提供。
また、社費留学制度に選抜され、中国北京の中央財経大学へ1年間留学、中国語・中国経済について学ぶ。
2017年にKPMGあずさ監査法人退所後、PwC中国に入所し、中国にて事業展開を行う日系企業、及び、日本進出を行う中国企業に対して業務を提供。
2021年にPwC中国を退所後、同年3月に加藤雄次郎公認会計士事務所を設立。
事業拡大に伴い、2022年にLinkard Groupを立ち上げ、代表取締役CEOに就任。
東京大学文学部卒業, 品川区立西大井創業支援センターアドバイザー, 大田区産業振興協会(PiO)ビジネスサポーター
海外展開で直面する日本企業の課題とは?
——海外市場では日本企業がどのような課題に直面することが多いでしょうか?
加藤さん:大きく2つあります。1つ目は、制度・慣行の壁です。
日本には世界的に優れたサービスや商品を扱っている企業が多くあります。しかし、海外進出先で現地の制度面での壁にぶつかったり、商慣行に合わせた具体的な販売方法がわからなかったりして、海外展開がうまくいかないケースが多いようです。
海外進出先の国の法務や税務などの情報は、インターネットや書籍などである程度手に入るものの、具体的な対応方法や自社への影響を検討するのは簡単ではありません。
2つ目は、現地環境に対応できる人材が不足していること。
効果的な海外展開を行なうためには、中長期的な観点でのグローバル人材育成が重要です。しかし、駐在期間は一般的に3〜5年で終了するため、その期間だけで、マネジメントの基礎や現地のビジネス環境を体系的に学び、さらに実践で活かすのは難しいのが現状です。
特に、日本で営業や商品開発に専念してきた方々にとって、異なる環境で働きながらこれらの知識を習得するのは非常に困難です。
異文化へのリスペクトが、世界で活躍するための第一歩
——日本の監査法人へ入所後、26歳で中国のコンサルティングファームへ転職されたそうですね。現地での転職でどのようなことを成し遂げたいと考えていましたか?
加藤さん:公認会計士としての専門性と国際性をさらに高めたいと考えました。
学生時代から、日本の停滞感や閉塞感を打破するためには日本市場の国際化が不可欠であると感じていました。ですから、将来は日本市場の国際化に貢献する会社を立ち上げたいとの思いが強かったのです。
そのため、まず自らの専門性と国際性を磨く必要があると考え、公認会計士の資格取得に励みました。日本で最低限の業務経験を積んだあと、さらにレベルアップするために現地就職を決意しました。
——中国に滞在してみて、どのような点が印象的でしたか?
加藤さん:現地で日本語を勉強している学生たちと交流する機会があったのですが、彼らの目線がまったく違うことに気づきました。
経済的に豊かなファーストジェネレーションとされる90年代生まれの中国人は、自分たちの手で国を盛り上げようという強い意志をもっていたのが印象的でした。同じ年代に生まれた日本人との大きなギャップを感じました。
——中国での経験から学んだ最も重要なことは?
加藤さん:リスペクトすることです。日本語の「尊敬」や「尊重」とは少し異なり、相手の文化や習慣を理解しようとする姿勢です。
言葉の壁や商慣習の違いに対して、「日本ではこうだから現地でもこうなるべきだ」と考えるのは簡単でしょう。しかし、それではチームとして働くときにうまく機能しません。
異文化へのリスペクトを欠かさないことが、世界で活躍するための第一歩だと考えています。相手のペースに合わせるだけでなく、相手が何を求めているかを理解し、それに対して柔軟に対応することが大切です。この点が海外で働くうえでの成功の鍵だと考えています。
——相手の文化をリスペクトするために、加藤さんが意識したアプローチはありますか?
加藤さん:2つあります。1つ目は相手の言語でできるだけ話すことです。ビジネスレベルまで話せる必要はありませんが、カタコトでもあいさつやお礼を現地の言葉で伝えると好印象です。
外国人観光客に日本語であいさつされると、嬉しく感じますよね。それは海外の方々も一緒だと思っています。文化に興味をもち、積極的に学ぶ姿勢が大切です。
2つ目は、その国や地域の文化を理解することです。たとえば、中国では旧正月(春節)期間である旧暦2月2日に髪を切ることが縁起がいいとされる風習があります。その日は、理容室や美容室がいつもより大幅に値上げしてサービスを提供しています。それだけ中国の方にとって大切な風習なのです。
中国人のメンバーと話す際も、彼らの興味や文化に共感するよう心がけていました。その国の文化を深く理解することで相手との信頼関係を築けます。
——中国のビジネス環境は日本とどのように異なっていましたか?
加藤さん:結果至上主義であることです。アメリカのビジネス文化に似ており、結果が出せないとサポートは得られません。
中国のビジネス環境ではスピードと意思決定が重視されます。具体的には、リーダーが前に立って迅速に意思決定を行なうのです。
日本のように上司の確認をとったり、全員の意見を聞いてから決定したりすることはあまりありません。まずはやり始めてから形にしていくカルチャーがあります。
この違いに対応するためには、リーダーシップを発揮し、チームを率いていくことが必要です。慣れるのは時間がかかりましたが、理解することでビジネスの進め方がスムーズになりました。
迅速に変化していくいまの市場環境を考えると、数か月の遅れは非常に大きな影響を与えます。5年前と同じようにビジネスが進められるわけではないので、常にスピーディーに動く必要があります。この経験は、起業家として生きていくうえで非常に貴重でした。
——海外でのビジネス活動中に一番苦労した経験とその教訓を教えてください。
加藤さん:北京事務所で1年間働いたあと、地方都市の青島事務所へ異動しました。青島事務所では初の外国人従業員として、事務所全体のメールの宛先に私が含まれていなかったり、ビザの更新プロセスが理解されていなかったりと、多くの苦労がありました。
日本での当たり前が通用しない環境で、多くの人々の手助けがあって働けることを痛感した経験でした。
——現地では、中国語で仕事を進められていたのでしょうか?
加藤さん:現地で使ったのは、英語と中国語の両方です。現地の会計事務所の社内公用語は英語で、資料やメールなどは基本的に英語で作成していました。
また、中国語でミーティングして、その内容を英語の資料に落とし込むといった作業も行なっていました。慣れるまでたくさんの方に助けていただいたのを覚えています。
——異なる言語でのビジネスコミュニケーションで、加藤さんが最も意識していたことはなんでしょうか?
加藤さん:キーワードを聞き逃さないことです。すべてを聞き取ろうとすると、話に集中するエネルギーを使い果たしてしまい、理解が追いつかない恐れがあります。
そのため、要所要所をうまく押さえて聞くのを常に心がけて会議に臨んでいました。
——現地での滞在で、最も成功したプロジェクトやエピソードはありますか?
加藤さん:コロナ禍前の2019年に東京で開催した青島市企業と日本企業のビジネスマッチングイベントです。両国のビジネス環境に関するセミナーや展示の支援を行ないました。
中国企業と日本企業の双方を取りもつ役割を担い、日中双方の言語・商慣習を理解する人材として現地での信頼を築け、自らの成長を実感できた瞬間でした。
同時に、現地で日本企業をサポートする際は、日本側と現地の双方の目的・価値観を理解したうえで仕事を進める重要さを改めて認識しました。
市場環境の変化に迅速に柔軟に対応するスキルが重要
——日本企業のいまの強みと弱みを、加藤さんはどのようにとらえていますか?
加藤さん:日本企業の強みは管理レベルの高さです。たとえば、工場では整理整頓が徹底されており、紛失や横領が少ない点が挙げられます。
弱みは、意思決定のスピードが遅く、リスクをとれないことです。日本ではジョブ型雇用が普及していないのが背景として考えられるかもしれません。
日本では年功序列や終身雇用の文化が根強く、個々のスキルをより重視するジョブ型とは対照的です。これにより、社員が自身のスキルを活かしきれていないように見えます。
私は会計士の資格を戦略的に取得し、自らのキャリアを築いてきました。会計士になることができれば、新卒から会計の仕事を専門としてキャリアをスタートできると考えたからです。しかし、こうしたキャリア形成は限られた職種以外は難しいのが現状かもしれません。
——近年は市場が変化するスピードが速いため、スキルのアップデートが求められていますね。
加藤さん:はい。グローバル化が進むなかで、終身雇用、年功序列型賃金を前提としたいわゆる日本型の雇用制度では変化のスピードについていくことが難しくなっているように感じます。
多くのビジネスパーソンにとって、学び続け、スキル(*)を磨いていくことがますます重要になっています。
*スキル:どういったスキルを戦略的に学べばいいかは第2弾(近日公開)にてご紹介します。お楽しみに。
人々の挑戦を支援し、活力に満ちた世界を創造する思いから設立
——中国から帰国後、株式会社Linkardを設立するに至った背景を教えてください。
加藤さん:「日本を覆う停滞感・閉塞感の打破」をMissionに、2022年に会社を立ち上げました。起業や海外進出の挑戦の支援によって、活力に満ちた世界を創ることができると考えています。
——具体的にどのような点で日本の停滞感・閉塞感を感じたのでしょうか?
加藤さん:社会問題の解決に関する内閣府の調査結果からです。具体的には「社会問題を解決したい」と回答した人が先進国だと3〜4割ほどなのに対し、日本人はわずか1割しかいなかったのです。
将来への漠然とした不安から、新たな挑戦に踏み出せないことに危機感をもちました。
——その停滞感を打破するために、どのようなアクションが必要だと考えていますか?
加藤さん:挑戦する人を増やすこと、そして挑戦した人がそこで得たものを社会に還元する仕組みが重要だと考えています。
たとえば、日本のサッカー界では、約20年前からトッププレイヤーが海外に挑戦することがスタンダードになりました。こうしたプレイヤーが先陣を切ったことで、若い世代がより早い段階で世界レベルで戦える環境を整えることができています。
このような流れがスポーツだけでなく、ビジネスの世界でも起これば、日本全体の成長につながると考えています。
——Linkardには「Link to “the World”」という理念があるそうですね。どのような思いが込められていますか?
加藤さん:人々の挑戦を支援することで、活力に満ちた世界を創造するという思いを込めて、「Link to “the World”」という理念を掲げています。会社設立当初から決めていました。
留学であったり、転職であったり、新しいことに挑戦する際は、どなたでも不安になります。また、企業にとっても新たな市場・産業への進出というのは大きな期待とリスクがともなうものです。
弊社ではそのような不安やリスクを少しでも小さくし、新たな「世界」とつながる手助けをしています。
加えて、私が中国で働いた経験や、留学した経験から、新しい世界に飛び込むことの大切さを感じていました。会計士としての自分のスキルを社会に還元するためには、個人としてではなく、理念をもった組織として活動することが必要だと考えています。
——Linkardがどのような面で企業の海外展開をサポートしているか教えてください。
加藤さん:弊社では、企業が海外展開で直面するさまざまな障壁を乗り越えるため、財務・税務・戦略面のコンサルティングサービスを提供しています。
また、先ほどお伝えしたグローバル人材育成の重要性から「グローバル研修」サービスを提供し、駐在前から必要な知識を体系的に学べるよう支援しています。
——Linkardの「グローバル研修」サービスについて簡単に教えてください。
加藤さん:海外子会社のマネジメントとして赴任する際には、言語能力はもちろん、財務諸表の基礎知識、税務の概要、内部統制の基礎知識が不可欠です。本来、駐在前に体系的にこれらの知識を理解する機会があれば理想的ですが、そのような機会が少ないのが現状です。
そこで、弊社の「グローバル研修」サービスでは、駐在前から必要な知識をインプットすることで、限られた駐在期間を最大限に活かせるように設計されています。
研修内容は会計や税務に限らず、ガバナンスや事業戦略など、経営に必要な知識を幅広く網羅しているのが特徴です。
また弊社の教育コンテンツでは、インプットに限らず、アウトプットの機会も多く取り入れています。アウトプットの機会を確保することで、より実践的な知識も習得可能です。
——Linkardの今後の展望について教えてください。
加藤さん:将来的には日本だけでなく、海外にも拠点を設けて、世界に挑戦する日本企業・日本人を支援するためによりよいサービスを提供したいと考えています。2026年までにシンガポールに本社を設立する予定です。シンガポールは、成長著しいASEAN諸国の経済的中心であり、様々な民族が暮らす多様性も魅力です。
その後はタイやベトナム、中国などにも拠点を広げたいと考えています。最終的には2030年までに国内外で5拠点設立したいと考えており、数十年後には世界各地に拠点を設けたいです。
同時に、金融教育を通じて長期的に人々のキャリア支援を行ないたいと考えています。小学生向けの金融教育から始まり、生徒たちがキャリアに迷ったときに再び支援できるような体制を整えていきます。
ビジネスパーソンのみなさまの可能性が少しでも広がるよう、教育面でサポートしていきたいと考えています。
【インタビュアー】
黒澤 隆之(くろさわ・たかゆき)
株式会社スタディーハッカー 社長室 室長 / ブランド・マーケティング部 部長
インタビュー後記
グローバル人材育成のプロフェッショナルである加藤さんのインタビュー、いかがでしたか?
インタビューを通して、繰り返し加藤さんが強調されていたのは、相手の文化をリスペクトすること。
加藤さんは忙しいなか、中国のテレビドラマを見ていたそうです。ただ、視聴したドラマが日本での「水戸黄門」のようなドラマで若者はまったく見ない番組だったそう……。そういったことを同僚と話し、笑いながらコミュニケーションをとっていたそうです。
一方で仕事ではドライな面も体験しています。
はじめの頃は、同僚にメールしても返ってこないことがあったそうです。日本で働いていたときには、たとえばメールで現状を報告すれば、相手がすぐに対応するといった阿吽の呼吸が成り立っていました。
しかし、中国では「自分が何をしたか」 「自分が相手に何をしてほしいか」の明確な伝達が大事だと実感し、コミュニケーションを改めていくことで解決していったとのことです。
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第1弾は、海外進出を考えている「企業」を焦点にインタビューしました。第2弾は、海外でのキャリアを切り開きたいビジネスパーソン向けに具体的なアドバイスをいただきます。
■グローバル人材育成、海外就職について インタビュー一覧
第1弾:グローバル人材育成のプロに聞く!日本企業が海外進出で足りない◯◯の視点
第2弾:【海外赴任・海外就職を目指す方必見!】海外ビジネスパーソンに必要なスキル◯◯選