組織を率いるリーダーにとって、正しい意思決定を行なうことは何より重要です。ところが、どんなに優秀に見えるチームでも、ときに信じがたい失敗や不合理な判断を下すことがあります。
その背景にはさまざまな要因が考えられますが、そのひとつとして挙げられるのが「ダニング・クルーガー効果」という認知バイアスです。これは「能力が低い人ほど自分の能力を過大評価し、高い人ほど過小評価しやすい」という心理的傾向を指し、自信と実力のかい離が起こりやすいため、意思決定に思わぬリスクを伴う可能性があります。
本記事では、ダニング・クルーガー効果が組織やリーダーの判断をどのように歪めるか、そしてそれを避けるために何ができるのかを考えていきます。いま組織を率いている、あるいはリーダー候補として活躍中の方は、ぜひ自分とチームを客観視するヒントとしてご覧ください。
- 組織で起こりがちな「自信と実力のミスマッチ」例
- リーダーの責任——どうやって間違いを防ぎ、組織を導く?
- ダニング・クルーガー効果を克服する4つのステップ
- 事例:有能なメンバーが遠慮していた組織を変えたリーダーRさん
組織で起こりがちな「自信と実力のミスマッチ」例
ダニング・クルーガー効果が組織内で引き起こす典型的な問題をいくつか見てみましょう。これらのパターンは、一見すると個人の性格や態度の問題のように見えますが、じつは認知バイアスが根底にある組織的な課題なのです
チーム内で「自分は完璧」と思い込んでいる人ほど積極的にアイデアを押し通し、周囲もその熱意に引きずられてしまう。実際は知識不足や情報不足で危険性が高い企画でも、「あいつはやけに説得力ある」と勘違いしてしまう。
本来なら高度な分析ができるメンバーが「いや、自分はまだまだ」と声を上げない。結果、組織は宝の持ち腐れ状態で、せっかく優れた知見を活用できない。
一定の実績を挙げたリーダーが、まったく新しい領域でも「自分ならいける」と思い込む。実際は未知のリスクを軽視しており、プロジェクトが後で破綻するケースがある。
リーダーの責任——どうやって間違いを防ぎ、組織を導く?
リーダーには自身の判断に加えて、チームメンバーの意見をしっかりと聞き、それらを反映した意思決定を行なうことが求められます。
しかし、ダニング・クルーガー効果によってメンバーひとりひとりの自己認識と実際の能力にズレが生じると、組織としての適切な判断が難しくなってしまいます。
この問題に対してリーダーが特に注意を払うべき理由は複数あります。
まず、メンバーの自己評価をそのまま受け入れてしまうと、組織全体が過度な自信過剰に陥ったり、逆に必要以上に委縮したりする事態を招きかねません。
また、リーダー自身も「豊富な経験があるから十分理解できている」という思い込みに陥りやすく、そうなると新たな状況への対応が困難になってしまいます。
さらに、こうした状況が続くと、過大評価する人ばかりが目立つ一方で、控えめな姿勢の有能な人材が埋もれてしまい、組織として大きな機会損失を被ることにもなりかねないのです。
ダニング・クルーガー効果を克服する4つのステップ
ダニング・クルーガー効果の克服には、組織的かつ体系的なアプローチが必要です。以下に、実践的な4つのステップを紹介します。これらの取り組みを組織に定着させることで、より健全な自己認識と効果的な意思決定が可能になります。
複数の視点を導入:
部下、同僚、上司、取引先など、いろいろな角度から評価してもらう仕組みを定期的に行なう。「自分が優れていると思っていた部分は、周囲から見るとそうでもない」「逆に軽視していた強みが高評価だった」と判明することもある。
外部コンサルや客先の声:
社内だけの評価はバイアスが入りやすい。外部のコンサルタントや顧客アンケートなどを組み合わせ、実力を客観的に測る。
数字が曖昧だと自己評価も曖昧:
仕事であれば売上・顧客満足度・プロジェクト完遂度など具体的指標を設定し、定期的にモニタリングする。
学習の場でも:
テストスコアや模試結果をきちんと記録する。成果が出ないのに「まあ大丈夫」と思いこむのを防ぎ、妥当な方向修正ができる。
リーダーの目配り:
「謙虚で控えめだけど、本当はスキルのあるメンバー」がいないかを観察。1on1ミーティングで「◯◯の分野、じつは得意なのでは?」と問いかけ、少し大きめの仕事を任せて成長機会を作る。
失敗を恐れさせない風土:
ダニング・クルーガー効果で遠慮してしまう人は、ミスに厳しすぎる組織文化を苦手とする。チャレンジや意見発信しやすい環境づくりが、彼らの本来の実力を引き出す手段になる。
反対意見を意識的に取り入れる:
会議などで、あえて「この提案に反対する立場」でリスクを洗い出す役を設ける。
過剰な自信を牽制:
もしメンバーや自分が「絶対イケる!」と思っていても、悪魔の代弁者が鋭い突っ込みを入れると、必要な準備や追加調査が行われる。
メリット:
「言いにくい意見」を歓迎する文化→ 多角的な見方が得られ、ダニング・クルーガー効果を和らげる。
事例:有能なメンバーが遠慮していた組織を変えたリーダーRさん
このケーススタディでは、ダニング・クルーガー効果によって組織の生産性が損なわれていた状況を、あるリーダーがどのように改善したのかを具体的に見ていきます。この事例は、適切な施策によって組織文化を変えることができることを示しています。
有能なメンバーが遠慮していた組織を変えたリーダーRさん
Rさんのチームでは、声の大きい社員が中心に企画を進め、大半が賛同してしまう雰囲気だった。
実際のスキルは中程度なのに「自分は完璧」と思っているメンバーが影響力を持ち、当初の企画はあまり成果が出なかった。
• Rさんは、チーム内に「デビルズ・アドボケイト」を設置。「どんなに優れて見える案でも、問題点を指摘してくれ」と依頼した。
• さらに、控えめだったメンバーには「あなたのデータ分析力は高い。もっと意見を出してほしい」と働きかけ、1on1で課題を共有。
• 週1回の振り返りで数字(顧客獲得数やコスト削減率)をきちんと見て、過剰な自信を是正しつつ、低評価だった人に必要以上の遠慮をしないようサポート。
声の大きい人が一方的に企画を進める状況が減り、分析や客観データを踏まえて議論が進むように。
埋もれていた優秀メンバーが表舞台に出て、プロジェクトを適切にリード。組織全体の成果がアップした。
ダニング・クルーガー効果は、能力と自信のギャップを生み、組織の意思決定を歪める潜在的な落とし穴です。しかし、その存在を理解し、フィードバックの仕組み・数値検証・デビルズ・アドボケイトといった手段を組み合わせることで、組織を正しい道へ導くことができます。
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リーダーとして大事なのは、「自分たちはどうせ大丈夫」と油断しないこと。過信や遠慮による不均衡を避け、的確な自己評価と他者評価を回し続ける――それこそが、高い成果を生む鍵なのです。
Dunning, D., & Kruger, J. (1999). "Unskilled and unaware of it: how difficulties in recognizing one's own incompetence lead to inflated self-assessments." Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1121-1134.
大谷佳乃
「なぜ?」という疑問を大切に、日常に潜む人とモノとの関係性を独自の視点で読み解くライター。現在は、私たちが何かを選ぶときに働く「見えない力」に注目し、そのメカニズムを探求中。休日は、古書店で先人たちの知恵に触れるのが、自分にとっての「特別な時間」。