英語習得に「手遅れ」はある? 臨界期仮説の新たな真実

英語習得に「手遅れ」はある? 臨界期仮説の新たな真実

英語がなかなかうまくならないのは年齢のせい?
小さい頃から英語学習を始めていれば.......
そう感じている方はいませんか。

巷では「臨界期仮説」が注目され、幼少期からの英語学習の重要性が説かれています。なかには「英語は大人になってからでは手遅れ」という誇大広告を見かけることも。

本当に、大人になってしまったら英語の習得は難しくなるのでしょうか? 「第二言語習得研究」(人が母語以外の言語を習得するメカニズムを解明する学問)の知見をもとに、外国語学習と年齢の関係をひもといていきましょう。

関連記事:第二言語習得研究に基づいた英語学習のメリットは? 効率的な学び方と継続のコツ

【監修者プロフィール】
田畑翔子(たばた・しょうこ)
米国留学を経て、立命館大学言語教育情報研究科にて英語教育を専門に研究。言語教育情報学修士・TESOL(英語教育の国際資格)を保持。株式会社スタディーハッカー常務取締役、コンテンツ戦略企画部部長。

堀登起子(ほり・ときこ)
大学で言語学を学び、卒業後は英語講師やPR企業の海外担当として活躍。通訳・翻訳として10年以上のキャリアをもつ。大学院では国際言語教育について学びつつ、多読スクールを運営。脳科学とComplex Theoryの視点から第二言語習得をとらえることがライフワーク。大学の助教として英語を指導したこともある。TESOL修士取得。株式会社スタディーハッカーコンテンツ戦略企画部。

「臨界期」とは?

「いくら英語を勉強しても、ものにならない。やはり大人になってからだと、外国語はマスターできないのだろうか」このような疑問を抱いたことのある方も少なくないはず。

そんななか、「臨界期仮説」(ある一定の時期を過ぎるとネイティブのような言語能力を身につけるのは困難になるという仮説)の話を耳にすると、なんだかギクッとしてしまいますよね。実際のところ、「臨界期」は存在するのでしょうか? そもそも「臨界期」とはなんなのでしょう?

じつは「臨界期」とは、もともと動物行動学の概念。「ある行動を学習するのが唯一可能な期間」を指す用語として生まれました。動物の臨界期としてよく知られているのは、アヒルやガンなどの鳥類の一部に見られる「刷り込み」という現象。孵化して最初に目に入る「動いて声を出すもの」を親と思い込み、その後追いをする現象で、これは生後数時間から数日という短い期間でしか起こりません。

このように、臨界期とは通常、「生物が生きていくための基本的能力を獲得できる期間」のこと。その時期の始まりと終わりが特定できるときに使われます。もともとは、ヒトに限られたものでも、言語に限られたものでもないのです。

「臨界期仮説」のウソ・ホント

そんな「臨界期」を、ヒトの言語獲得に当てはめたのが「臨界期仮説」。元来、第一言語(母語)習得を想定したものでしたが、のちに第二言語の習得を考えるうえでも利用されるようになりました。しかしじつは、人間の第二言語習得において「臨界期」が本当にあるのかは、研究者のあいだで意見が一致していません

長年多くの研究が行なわれてきましたが、臨界期が存在するという説も、存在しないという説もあります。臨界点があるとするならば、思春期(12〜13歳ごろ)だとする専門家もいれば、もっと早い時期やもっと遅い時期だとする専門家もいます。また、発音や文法などの個々の言語領域に異なる臨界点があるという立場も。学術的に見ると、なかなか結論が見えない問題です。

もちろん、第二言語習得において、年齢要因が重要であることはたしか。特に発音の面においては、早く学習を始めたほうが有利だといえるでしょう。

第二言語習得研究には、「大人のほうが早いが、子どものほうがすぐれている(Older is faster, younger is better.)」という考え方があります。年齢を重ねるにつれ、しだいに認知能力が高まる。そのため大人は文法規則などのルールの習得が早く、短期的にはすばやく学習できる。ところが長期的に見ると、若いときに外国語学習を始めた人のほうが、よりネイティブに近いレベルに達しやすい――こんな一般化ができるのです。

こう聞くと、「やはり大人になってからでは遅いのか......」と落胆する方もいるかもしれませんね。しかし、ここで注意するべきことがふたつあります。ひとつずつお話ししましょう。

注意点1. 日本では関係ない!? 

まず、環境の違いを忘れてはなりません。「子どものほうがすぐれている」とする研究の多くは、その言語が日常的に使われている環境において行なわれたもの。バイリンガリズムを専門とする立命館大学の田浦秀幸教授は、「日本のようなEFL環境においては、臨界期は関係ない」と語っています。

英語を例にして考えてみましょう。アメリカやイギリスのような、日常的に英語が話されているところで英語を学ぶ環境ESL(English as a Second Language)環境と言います。一方、日本のように、普段英語で生活を送ることはなく、外国語として英語を学ぶ環境EFL(English as a Foreign Language)環境と呼びます。

英語学習が「若ければ若いほどいい」と言われているのは、主に前者のESL環境で英語を学ぶときの話。日本のようなEFL環境では、インプット量が不足しているので、必ずしも年少者が有利になるとは限りません。たとえば、日本の子どもが学校で週に1時間英語に触れるだけでは限定的な効果しか得られないのは、想像にかたくないですよね。

例として、スペインで行なわれた「バルセロナ年齢要因プロジェクト」をご紹介しましょう。被験者は、EFL環境に住む、スペイン語話者の子どもたち。子どもたちの英語の学習開始年齢を8歳、11歳、14歳、18歳以上の4つに分けて、グループを作りました。測定するのは、学校での英語学習開始から200時間、416時間、726時間終了時点での到達度。リスニング・スピーキング・発音をはじめとしたさまざまな英語スキルを測り、それぞれのグループにおける各時点での到達度を比較しました。

結果、ほとんどのスキルにおいて、遅い年齢で学習を開始したグループが、早く開始したグループの成績を上回っていました。外国語教育を専門とする馬場今日子・新多了教授はこの結果をもとに、十分なインプットのない「EFL環境では、早く英語学習を始めても必ずしも有利にならない」と述べています。

早期英語学習のメリットを享受するには、莫大な量のインプットと質の高いインタラクションが必要になります。「英語漬け」の生活とは程遠いスペインや日本のような環境では、一概に「早ければ早いほどいい」とは言えないのです。

注意点1. 日本では関係ない!?

注意点2. ネイティブ並みの英語力は不要!?

臨界期仮説で議論になっているのは、「ネイティブと同等の語学力」が身につく期間に限りがあるか否か。しかし、そもそもネイティブ並みの英語力は必要でしょうか? あなたの英語学習の目的をいま一度、考えてみてください。

  • TOEICで高得点を取って英語力を武器に転職したい
  • 海外からの顧客相手に商談をして営業成績を上げたい
  • 英語圏の大学に留学したい
  • 好きな俳優の海外ドラマを英語で楽しみたい
  • 世界中に友だちをつくりたい

学習目的は人それぞれですが、達成するのにネイティブレベルの英語力が必要なケースはほとんどありません。完璧な英語力がなくても会話を楽しむことはできますし、ビジネスをすることも可能です。

前出の馬場・新多教授は、こう指摘しています。

大切なことは、まったく英語が使えない状態と母語話者のレベルの二者択一ではなく、「部分的な英語能力」で十分にコミュニケーションは可能だと知ることではないか

(引用元:馬場今日子, 新多了(2016),『はじめての第二言語習得論講義』, 大修館書店. ※太字・下線は筆者が施した)

特に現代では、「土地ごとにいろいろな英語が存在していて当然」だという「World Englishes」の考え方が主流になっています。さらには、たとえ限定された語学力でも「個人が複数の言語で部分的・複合的な能力をもつこと」に価値を置く「複言語主義」も広がっています。実用的なレベルに達していればいいのであって、必ずしもネイティブと同等の英語力は必要ないのです。

ネイティブのような英語に憧れ、勉強に精を出すのはよいことですが、それが達成できないからといって、習得そのものを諦めてしまっては本末転倒。年齢を理由に英語学習に見切りをつける前に、まずは自分にどんな英語力が必要なのか、見つめ直す必要がありそうです。

有力説「母語によるフィルター」

大人のみなさん。「英語学習を始めるのはもう手遅れ」と諦める必要はありません。

思春期を過ぎて英語の学習を始めても、「コミュニケーションの手段」としての英語を習得することは十分に可能である(中略)程度の差こそあれ、「誰でも、いつでも第二言語を学ぶことができる」ということです。

(引用元:StudyHackerこどもまなび☆ラボ|「子どものほうが外国語学習に有利」はホント? 年齢、環境と英語学習の関係 ※太字・下線は筆者が施した)

ココネ言語教育研究所所長の田中茂範氏がこう語るように、語学習得は何歳からでも遅くはないのです。

ただし、外国語学習に向き合ううえで年齢要因を忘れていけないのもたしか。そのため、大人になってから英語を始める学習者は特に、なぜ年齢が外国語習得に影響を及ぼすのか、その理由を知っておくことが大切です。

外国語学習における「子どもと大人の違い」はなぜ生まれるか――その背景を解き明かすのに有力な説のひとつとして、「母語によるフィルター」という考え方があります。乳幼児と成人の言語習得の差を知るうえで重要な概念なので、覚えておいて損はないでしょう。

「母語によるフィルター」をはじめとした「英語習得と年齢の関係」について、時短型英語ジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」でトレーナーとして活躍する “英語の専門家” 中馬剛さんが動画で解説しています。ぜひご覧ください!

  • 年齢と英語習得の関係
  • 「母語によるフィルター」とは
  • 赤ちゃんの言語能力
  • 日本人の大人がRとLを聞き分けられない理由
  • 臨界期仮説の真実
  • 日本にいながらバイリンガルになる方法

>>>英語習得に年齢は関係ある?言語のプロに聞いてみた|英語学習お悩み相談 vol.029

YouTube「時吉秀弥のイングリッシュカンパニーch」では、英語学習中のみなさんを応援するためのお役立ちコンテンツをほかにもたくさんご用意しています。ぜひチャンネル登録をお願いします!

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世間で「臨界期」という言葉だけがひとり歩きしている。そう言っても過言ではないかもしれません。ウワサに惑わされず、正しい知識を身につけて、英語学習に向き合っていきましょう。語学習得に「手遅れ」はないのですから。

(参考)

馬場今日子, 新多了(2016),『はじめての第二言語習得論講義』, 大修館書店.
白井恭弘(2008),『外国語学習の科学ー第二言語習得論とは何か』, 岩波書店.
白井恭弘(2004),『外国語学習に成功する人、しない人―第二言語習得論への招待 (岩波科学ライブラリー) 』, 岩波書店.
白井恭弘(2012),『英語教師のための第二言語習得論入門』, 大修館書店.
山本雅代 編著, 井狩幸男, 田浦秀幸, 難波和彦 著(2014),『バイリンガリズム入門』, 大修館書店.
森島 泰則(2015),『なぜ外国語を身につけるのは難しいのか: 「バイリンガルを科学する」言語心理学 』, 勁草書房.
和泉伸一(2016),『第2言語習得と母語習得から「言葉の学び」を考える』, アルク.
白畑知彦 編著, 若林茂則 著, 須田孝司 著(2004),『英語習得の「常識」「非常識」―第二言語習得研究からの検証』, 大修館書店.
廣森友人(2015),『英語学習のメカニズム: 第二言語習得研究にもとづく効果的な勉強法』, 大修館書店.
大学英語教育学会 監修, 佐野富士子, 遊佐典昭, 金子朝子, 岡秀夫 編集(2011),『第二言語習得―SLA研究と外国語教育(英語教育学大系)』, 大修館書店.
田浦秀幸(2016),『科学的トレーニングで英語力は伸ばせる!』, マイナビ出版.
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