記憶力や学習能力を向上させたいなら、できるだけストレスにさらされないよう工夫を凝らし、程よく運動して、しっかりと睡眠をとり、脳の健康状態を良好にしましょう。また、脳には、よく本を読み、よく人と接することのほか、「豊かな環境」も大切です。
環境と脳に関する新旧の研究を紹介し、豊かな環境のつくり方を提案します。
「豊富な環境」で海馬のニューロンが増加
米ソーク研究所の Gerd Kempermann 氏らは、標準的なケージに入れられたマウスに比べ、「豊かな環境」に置かれたマウスの歯状回(脳の海馬にある領域)には、著しく新しいニューロン(神経細胞)が存在することを発見しています(1997年発表・学術誌 Naturen)。
また、認知神経科学者の中野信子氏が著書『脳はどこまでコントロールできるか?』のなかで紹介している、生物学者の利根川進氏ら研究グループによるマウスを使った実験は、環境や育て方で能力を伸ばせると大いに期待させてくれます。
利根川氏らは、生まれつき記憶力がよくないマウスを2グループに分け、ひとつのグループは狭いゲージのなかで、もうひとつのグループは遊び道具がたくさんある、刺激が豊富な環境で育てたそう。すると、「豊かな環境」に置かれたマウスのグループは、記憶力や学習能力が向上していたのだとか。
新生ニューロン増のカギは「コンドロイチン硫酸」
前項のような発見から、五感を刺激する「豊かな環境」は、脳の発達や脳機能維持に重要だとされてきました。
そして、2018年9月26日、米国神経科学学会誌 The Journal of Neuroscience において発表された最新の研究では、「豊かな環境」刺激による新生ニューロン増加のカギが、「コンドロイチン硫酸」であることが示されました。軟骨の成分としても知られる「コンドロイチン硫酸」は、脳内にも豊富に含まれているといいます。
今回、九州大学医学研究院と神戸薬科大学の共同グループが行った研究によると、回し車やおもちゃなどの刺激がある「豊かな環境」で飼育されたマウスは、脳の海馬における「コンドロイチン硫酸」の合成が促進され、新生ニューロンが増加して、記憶力や学習能力が向上したそうです。
ただし、「コンドロイチン硫酸」の合成に必要な酵素の一部を欠損させたマウスは、「豊かな環境」で飼育されても、新生ニューロンの増加や、記憶・学習能力の向上が起こらなかったのだとか。これは、新しいニューロンを増加させるカギが「コンドロイチン硫酸」であることを大いに示しています。
サプリではなく環境で「コンドロイチン硫酸」を増やそう
加齢とともに減少していくといわれている「コンドロイチン硫酸」は、そのまま食べても胃腸で分解されてしまうそう。そのため、研究者は脳内で「コンドロイチン硫酸」をつくる研究を進めるそうです。わたしたちは、科学の発展を待つしかありません。
それに、通常わたしたちには「コンドロイチン硫酸」の合成に必要な酵素があり、マウスによる実験ではありますが、「豊かな環境」が海馬における「コンドロイチン硫酸」の合成を促進することが研究で示されたわけです。
そして、わたしたちはマウスと違い、自ら行く場所を選択し、職場のデスクまわりや、自宅の部屋の雰囲気を変えることができます。ちょっとした工夫をすれば、「コンドロイチン硫酸」の合成を促進できるはずです。
脳を育てる「豊かな環境」とは?
先述した実験でマウスが置かれた「豊かな環境」は、“回し車やおもちゃ”などがある環境でした。それでふと思いだすのは、世界各国にある Google 社のオフィス。
卵型のスペースがあったり、鍾乳洞みたいだったりと、遊びごころと刺激がたっぷりです。しかし、個人で Google 社のような環境をつくることは到底難しいですよね。そこでおすすめしたいのは、気軽に自由に自分自身を「豊かな環境」に置く、以下3つの方法です。
1.コンセプトスペースに行く
全国各地には、ちょっと変わったカフェや、建築物としても素晴らしい図書館や美術館が存在しています。ハンモッグが揺れるカフェ、電車がすぐ目の前を走るカフェ、コンクリートあるいは木を多用した図書館に、圧倒されるような展示物を見せてくれる美術館などなど。
休日、あるいは仕事や学校帰りに、色んなコンセプトスペースを探して足を運んでみてはいかがでしょう。展示物にそったメニューなどがあり、美味しく楽しめる美術館内のカフェもおすすめです。
2.ファブリックスを変える
自宅のインテリアをガラリと変えるのは難しいですが、テーブルクロスやクッション、カーテン、ベッドリネンなど、インテリアファブリックスを変えるのは比較的簡単です。それに、インテリアファブリックスが占める面積は、部屋のなかでとても大きいんですよ。
おすすめは、好みの範疇でガラリと色を変えること。白っぽいものから濃い色に変えたり、反対色に変えたりと、変化を明確にするほど刺激が生まれ、ワクワクさせてくれるはずです。
3.面白いステーショナリーを取り入れる
わたしたちが知らぬ間に、世の中にはどんどん面白いステーショナリーが輩出されています。特におすすめは気軽に揃えられる面白い「付箋」。まるでお豆腐のような付箋から、ハンバーガーの付箋、トーストの上にのったバターのような付箋に、本物のチーズやハムのような付箋など。
また、鉢植えのようなペンに、リアルな“魚のひらき”のペンケースなどもあります。仕事や勉強に身が入らなくなるほど面白すぎてもいけませんが、オフィスや学校、自宅でも楽しめますよ。
*** 環境という概念とはまた違いますが、「コンビニの新しいデザートを買ってみる」「しばらく会ってない友人と待ち合わせする」「普段読まない類の本を読む」といった行動も脳を刺激してくれるはず。いろいろチャレンジして新生ニューロンを増やし、記憶や学習能力を向上させてくださいね。
(参考) 九州大学(KYUSHU UNIVERSITY) | 研究成果 | “豊かな環境”が脳に“効く”仕組みの一端を世界に先駆けて解明 ~脳と心の疾患に対する新規治療法の開発に期待~ 朝日新聞デジタル|コンドロイチン硫酸に脳の細胞増やす効果 マウスで確認 More hippocampal neurons in adult mice living in an enriched environment. - PubMed - NCBI 医療情報サイト m3.com|QLifePro 医療ニュース|脳内コンドロイチン硫酸量で新知見 BUSINESS INSIDER JAPAN|突撃!世界各国のグーグルのオフィスはこんなにクール! 生化学工業株式会社|糖質科学へのイントロダクション - 第5回 コトバンク|コンドロイチンとは 中野信子著(2014),『脳はどこまでコントロールできるか?』,ベストセラーズ.