英語教育学者である、故・若林俊輔先生は、次のような言葉を遺しています。
英語は教わったように教えるな
時代の変化に伴い、求められる英語教育も異なってきます。ひと昔前の教え方と今の教え方は、決して同じであってはならない——こんな訓戒が込められているのでしょう。

とはいうものの、公教育の現場レベルではまだ、“旧来の教え方” が根強く残ってしまっているようです

慶應義塾大学環境情報学部兼大学院政策メディア研究科名誉教授・ココネ言語教育研究所所長の田中茂範(たなか・しげのり)先生、元獨協大学外国語学部および同大学院教授・阿部一英語総合研究所所長の阿部一(あべ・はじめ)先生、そして社会人向け英語パーソナルジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を運営する株式会社恵学社より、ENGLISH COMPANY担当取締役の田畑翔子(たばた・しょうこ)氏、コンテンツ開発室シニアリサーチャーの谷原英利(たにはら・ひでとし)氏をお招きし、日本の英語教育の現状と課題について教えてもらいました。

英語教育の課題は “現場” にあり!?

——小学校での英語教育の義務化、2020年大学入試改革に伴う英語4技能教育の推進など、私たち社会人が学生だった頃に比べると、英語教育の世界も大きく変わってきています。現在のこの流れ、先生方の目にはどう映っているのでしょうか?

田中先生:
じつは2018年3月に、文部科学省から新しい学習指導要領が発表されました。英語教育の方針として「“真に使える英語力” を身につけさせる」ことを明確な狙いとして定めたのです。グローバル化が進むこれからの時代、自分の人生を切り開いていくうえで、英語を使いこなせることは絶対に必要不可欠な素養です。非常に正鵠を射ていますよね。

また、私自身も高等学校の検定教科書作りに携わっていますが、じつは日本の英語教科書の質は非常に高い。辞書も同様ですね。多くの研究者や専門家らが集結し、文部科学省の意図をきちんと汲んだうえで、英語ネイティブたちも納得する “徹底的に完成されたもの” を作り上げています。世界最高峰の質と言ってもいいでしょう。


田中茂範先生

——文部科学省の狙いもすばらしい。教科書や辞書の質も高い。ここまで聞いていると、問題なく順調に来ているように思えますが……?

田中先生:
しかし現実問題として、「英語が苦手」「英語が嫌い」という生徒は一向に少なくならない。日本の英語教育がうまく機能していない証拠です。そして私たちは、実際に生徒に教える立場の “現場の英語教師” に課題が残っていると見ています。

阿部先生:
学校の英語の先生は、英語が大好きだし得意であるはず。ところが “教え方” の部分で課題を抱えています。どのような原理原則に基づいて英語を教えるのが効果的なのか、どういう教材を使ってどう指導すれば生徒に確かな学びを提供できるのか、といったところで戸惑ってしまうのです。

だから結局、自分もかつて教わってきたような、教科書や参考書を型通りに教えて答え合わせをするという旧来の授業形式から抜け出せない。生徒から「答えを教えて」「訳を教えて」と言われるから、そのまま教えてしまう。知識を上から下に流すだけのヒエラルキーが出来上がってしまうのです。

でも、そんな教え方で、はたして “真に使える英語力” が身につくでしょうか。これからの時代に求められるのは、英語という言語を使って、自分の思いを表現したり意見を伝えたりして “相手と対話的にコミュニケーションを取れる能力” であるはずなのに。


阿部一先生

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誤解されがちな「文法力」と「単語力」

——裏を返せば、知識を教わるだけの英語教育を受けてきたのが、私たち社会人の世代だと思います。ENGLISH COMPANYで実際に指導されるなか、そういう方々が直面する苦労で特に多いのはどんなものなのでしょう?

田畑氏:
特に受験勉強にきちんと取り組んでこられたような方ですと、確かに英語の知識はお持ちです。でも、やはり “知識はあるけれども実際には使えない” という課題を抱えられている方は非常に多いように感じます

また、学生時代の勉強の名残りなのでしょうか、英文を読む際に “文法的な説明” を欲しがる方も多い。英語には正解不正解があり、文法知識がしっかり身についているからこそ正解にたどり着けるはずだ——こんな “英語は問題を解いていく教科だ” という感覚が、依然として体に染みついてしまっているようです。


田畑翔子氏

田中先生:
そこには根深い原因が隠れています。じつは、これまでずっと、英語教師になるために必要な能力として「文法をプロフェッショナルに教えられる」ことが重要視されてきました。確かに、私たちが日本語を自在に操れるのも日本語の文法を無意識のうちに身につけたからですから、文法が大切であることは事実なのです。しかし、ここで問いたいのは「“文法力” を育てていますか?」ということなんですね。

阿部先生:
実際に現場の先生方に聞いてみると、やはり皆さん、最も自信があるのは「文法」だと答えます。不定詞を例に挙げれば、名詞的用法と形容詞的用法と副詞的用法の3つの違いを理解し、それぞれの代表的な用例を挙げることができる、ということですね。

しかし、これはあくまで「説明が得意だ」という意味での自信です。こういう教え方をして、生徒たちは試験の問題を解けるようにはなるかもしれませんが、実際に使えるようになるとは限らない。まさに「文法力がない」状態を作りだしてしまっているわけです。

田中先生:
単語についても同様ですよね。大学受験のための何千という英単語の意味を覚えたものの、実際には基本的な単語さえ使いこなせない人、たくさんいます。これは「“単語力がない”」状態ですね。

——文法知識が豊富だ。多くの英単語を知っている。これだけでは「文法力がある」「単語力がある」とは言えないのですね。それらの知識をベースに “使いこなせる” のが本当の力だし、教師側にもそれを実現する指導が求められると。

谷原氏:
弊社はENGLISH COMPANYのほかに予備校も運営しており(※編集部注:「烏丸学び舎」「学び舎東京」「学び舎東京plus」)、生徒たちには、ただ大学受験を突破するためだけではない “使える英語” を身につけてもらうべく指導に当たっています。

しかし予備校である以上、親御さまが第一に求められるのは大学受験突破。学校で知識偏重の教え方が続けられている以上、「学校ではこういうふうに教わっているから」と、“使える英語” を習得する重要性になかなか気づいていただけないというもどかしさは感じますね。


谷原英利氏

英語教師が変わるためには “ディレクション” が必要だ

——日本人は昔から「スピーキングが弱い」と言われ続けてきました。一方で、知識を与えるだけの英語教育がこのまま続くとなると、はたして克服していくことはできるのでしょうか……?

阿部先生:
昔に比べれば、今の中学校や高校では、音声面のトレーニングも実施されるようになってきています。でも正直に言うと、量が全然足りない。ましてや、いま社会人である世代であれば、トレーニングなんてしたことのない方がほとんどでしょう。

音声面のトレーニングが不充分だと、スピーキングはもちろんリスニングにも影響が出てきてしまいます。なぜならば、自然な英語を聞き取ることができないから。結果、会話にも全くつながっていかない。“真に使える英語力” とは程遠いですよね

田畑氏:
ENGLISH COMPANYで指導していても、リスニングがセンター試験に導入される2006年以前に高校時代を過ごされた方に、その傾向が特に顕著に表れているように感じます。英語を「聞く」ことさえおぼつかなく、「話す」「書く」というアウトプットにも非常に大きな苦手意識をお持ちです

阿部先生:
そして、じつは学校の先生自身も、スピーキングとリスニングにはあまり自信を持っていないという致命的な問題が現実に横たわっています。文部科学省としても、スピーキング力や音声表現力の向上を今後の課題として充分に認識しているにもかかわらず、です。

田中先生:
英語教育の世界が大きく変わろうとしているいま、現場の先生方も本当は変わりたいと思っているはずです。でも、実際にどう変わればいいのかわからない。“真の” 文法力や単語力が身につく指導が必要だ、生徒には英語で表現できる力を身につけさせるべきだ——頭では理解しているものの、変わるための具体的なディレクションを誰も与えてくれていないのです。そこに矛盾があります。

“真に使える英語力” 習得のために必要な指導指針を、現場の先生方が納得できるレベルにまで落とし込む。まずはそれが、今の英語教育界で早急に求められていることなのではないかと思います。

【田中茂範先生・阿部一先生 × 株式会社恵学社 田畑翔子氏・谷原英利氏 ほかの対談記事はこちら】
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