脳は “4つ” しか覚えられない。私たちはなぜ忘れるのか?【脳科学で考える未来学習#4】

「出利葉拓也・脳科学で考える未来学習」脳は “4つ” しか覚えられない。私たちはなぜ忘れるのか?

小さなころから大人になるまで、誰しも一度は「なぜあの人はあんなに物事を覚えられるのだろう?」「頭がいい人とそうでない人の違いってなんだろう」と思ったことがあるでしょう。

脳科学という観点から、そんな疑問に挑むのが慶應義塾大学助教授の出利葉拓也さん。どうすれば効率よく勉強できるのか? 脳を鍛えられるのか? という、学習についての研究に情熱を注いでいます。

「新進気鋭の若手脳科学者・出利葉さんが考える未来学習」の連載をお送りします。

【ライタープロフィール】
出利葉 拓也(いでりは・たくや)
慶應義塾大学助教・博士課程在学中。牛山潤一研究室所属。自身の学生時代の経験から、脳科学に興味をもち、大学ではヒト脳波を題材にワーキングメモリ、記憶、学習についての研究を行なっている。学部・修士時代からニューロテック事業に携わる。

脳科学的にパフォーマンスを高める考え方とは?

脳科学的に、仕事や勉強のパフォーマンスを高める考え方とは何でしょうか?

今日は、私の専門分野である「ワーキングメモリ」に着目して、この点を解説していきます。

まずはワーキングメモリのメカニズム、すなわち「なぜ私たちは忘れるのか」といったことを紹介します。そのあと、ではどうすれば、ワーキングメモリの制約を乗り越え、仕事や勉強のパフォーマンスを高められるのかについてお話しします。

ワーキングメモリとは何か?

仕事の指示や料理の手順など、一度にいくつかのことを覚えておくことはよくありますよね。このように、短期的にものごとを覚え、それを使用したり処理したりする能力のことを「ワーキングメモリ」と呼びます。

その制約はとても厳しく、たった4つ程度の情報しか私たちは同時に扱えないことが心理学的にわかっています(※1)。

今日は、私の専門分野でもあるワーキングメモリと学習の関係について紹介していきます。ワーキングメモリは学習とも深い関わりがあるため、その特性を理解することで、これまで以上に学習を効率よく進めるヒントが得られるはずです。

ワーキングメモリと学習の深い関わり

ワーキングメモリの制約はおよそ4つ程度であるという話をしましたが、じつはこの容量には個人差があります。つまり、5つくらい覚えられる人もいれば、3つくらいしか覚えられない人もいます

そして重要なのが、ワーキングメモリの容量が大きい人のほうが学習が得意な傾向がある、ということです。これは心理学の歴史において重要な発見のひとつで、ワーキングメモリの容量は学習の得手不得手と深く関わっていることがわかります。

やはり、同時に多くのものごとを覚えていられるほうが、数学や英語の複雑な問題にも対応しやすいのでしょう。それに、仕事の会議などでもワーキングメモリの容量が大きければ、多くの情報が出てきても話についていくのは容易になるでしょう。

ノートと積まれている本

ワーキングメモリはなぜ少ないか?

それほど重要なワーキングメモリですが、なぜこれほどまでに容量が少ないのでしょうか。そのメカニズムがわかれば対処法もわかるだろうということで、これまでに心理学・脳科学の分野で研究が進められてきました。

私たちがものごとを忘れてしまうメカニズムとして、いくつかの理論が提唱されています(※2)。

たとえば「時間が経つと記憶が薄れて忘れてしまう」という説があります。たしかに、仕事の指示などを一度覚えても時間が経つと忘れてしまう、というのはイメージがつきます。

しかし、この説はどうやら正しくないといわれています。その証拠として、たったひとつの情報を覚えればよいのであれば、いくら時間が経っても覚えておける一方で、4つ、5つと覚えるものが増えると、時間が経たなくても瞬時にそれらを忘れてしまうことが挙げられます

そのため、時間経過によって記憶が失われるという説は正しくなさそうだと考えられています。

では、なぜ私たちは情報を忘れるのか? それは、「情報同士が干渉を起こしてしまうから」だと考えられています。インクを近い場所に垂らすと、色が混ざってしまうようなイメージです。そうすると、元の色はなくなってしまいます。

たとえば、焼肉屋のアルバイトで「牛タン」と「牛ハラミ」と「豚バラ」という注文を覚えておくとしましょう。この場合、どれも肉の種類で似たもの同士なので、脳のなかで混乱が起きてしまうのです。このような混乱を防ぐことは容易ではなく、情報の数が増えるとすぐに干渉し、記憶が失われます。すると、「牛ハラミだったか、牛カルビだったか」というふうに、注文が思い出せなくなります。

その証拠に、「ビール」と「枝豆」と「もつ煮込み」など、互いに関係の似通っていないものどうしを覚える場合は、比較的忘れにくくなります。これは、情報同士の類似度が低く、干渉が起きづらいためだと考えられます。

物事を思い出す人

忘却を防ぐためにはどうすればいいのか

では、干渉による忘却を防ぐためにはどうすればいいのでしょうか。そのヒントが、近年の研究から示されています。

まず、情報が干渉することを防ぐために重要なことは「活性化させすぎないこと」だと考えられます。つまり、一度覚えたものごとを鎮静化しておくことです。

たとえるなら、食べ物を冷凍保存するようなもので、そうすると情報が失われるのを防ぐことができます。脳研究的にいえば、覚えている情報に対応するニューロンの活動を一時停止させておくのです。

意外に思うかもしれませんが、覚えたものごとを活性化しすぎてしまうと、忘却につながると考えられるのです。なので、逆にそれらを抑制しておくとよいということになります。

これを支持する結果が、2018年にラットを対象とした研究で得られています(※3)。この研究では、ラットが「聞いた音の高さ」を覚えるという実験をしています。

そのあと、最新の技術で、一時的にラットの脳活動を抑制するという実験操作を行ないました(正確には、記憶を保持するのに重要と考えられている頭頂葉の活動を抑制しています)。

つまり、覚えた情報を「冷凍保存」してみた、というイメージですね。すると驚くべきことに、通常よりも覚えた情報を正確に思い出すことに成功したのです。普通は脳活動を抑制したら認知機能は下がると考えがちですが、じつは逆だったのです。

私たちは、適切に脳活動を抑制することでパフォーマンスを高められる可能性があるのですね。

私たちのパフォーマンスを高める方法

とはいえ、脳活動を抑制するというのは簡単なことではなさそうです。実験ではラットの脳に特殊な技術を施し、抑制することができましたが、人間ではそうはいきません。

そこで、ヒントとなる簡単な方法をいくつか紹介しましょう。

まずひとつめが、「気楽にやること」です。

「そんなこと」と思うかもしれませんが、2005年に報告された研究にこんな結果が示されています(※4)。

実験では、ワーキングメモリを要する数学の課題を参加者に解かせました。その際、金銭報酬などのプレッシャーを与えると、課題成績が低下したのです。報酬やプレッシャーがあると集中力が上がりパフォーマンスが上がると考えがちですが、必ずしもそうとは限らないようです。

気楽にやるという心持ちは、覚えている情報の過活動を抑え、パフォーマンスを高めるのかもしれません。

勉強をする人

では、どうしてもプレッシャーを感じてしまうときにはどのように対処すればよいのでしょうか? これがふたつめの方法です。

上記からもわかるように、不安はワーキングメモリのパフォーマンスを著しく下げることが知られています。これに対し、とても簡単で効果のある対処法が2013年の研究で報告されています。

それは、「不安をワクワクにとらえ直す」という方法です。

不安を感じているときに、「自分はワクワク(excite)しているのだ」ととらえ直すことで、さまざまな課題のパフォーマンスが改善するのです(※5)。

この「とらえ直す」ということを「リアプレイザル(reappraisal)」と呼びます。研究ではリアプレイザルを行なうことで、カラオケ、スピーチ、数学のパフォーマンスが統計的に有意に改善することが示されました。

これはとても簡単な方法にもかかわらず大きな効果があるので、日常でも今すぐ取り入れられる有効な方法です。

***
今回は、私の専門であるワーキングメモリについて紹介し、それを改善する方法を考えてきました。

あくまで触りの部分だけのお話ではありましたが、ちょっとした考え方やテクニックで、ワーキングメモリは改善できる可能性があります。

仕事や資格試験など、あらゆる場所で活用できると思いますので、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。

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(参考)

(※1)Cowan, N. (2010), The Magical Mystery Four: How Is Working Memory Capacity Limited, and Why?, Current Directions in Psychological Science, 19(1), 51-57.
(※2)Oberauer, K., Farrell, S., Jarrold, C., & Lewandowsky, S. (2016), What limits working memory capacity?, Psychological Bulletin, 142(7), 758–799.
(※3)Akrami A, Kopec CD, Diamond ME, Brody CD.(2018), Posterior parietal cortex represents sensory history and mediates its effects on behaviour, Nature.
(※4)Beilock SL, Carr TH.(2005), When high-powered people fail: working memory and "choking under pressure" in math, Psychol Sci.,16(2):101-5.
(※5)Brooks AW.(2014), Get excited: reappraising pre-performance anxiety as excitement, J Exp Psychol Gen., 143(3):1144-58.

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