SNSがあたりまえのものとして浸透し、プレゼンテーション力も求められる現代社会では、インプットをするだけでなくアウトプットスキルが強く求められています。頭ではわかっていても、なにをどうすればそれがかなうのかわからないという人もいるでしょう。
そこで、アドバイスを頂いたのは樺沢紫苑(かばさわ・しおん)先生。脳科学にも詳しい精神科医ですが、最新著書『学びを結果に変えるアウトプット大全』(サンクチュアリ出版)の売れ行きが好調なベストセラー作家でもあります。脳科学に裏打ちされたアウトプットスキル向上術とはどんなものでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹(ESS)
「なにを話すか」ではなく「どう話すか」を重視する
アウトプットの基本は「話す」、そして「聞く」という行為です。それらのスキルを上げるための方法をお教えしましょう。それではまず、「話す」ほうから。結論から言うと、「話す内容よりそれ以外の部分を重視する」のが手っ取り早くうまく話せるようになる方法です。
結婚式のスピーチを頼まれたとしましょう。なにを話そうかとせっかく一生懸命に考えたのに、本番になったらガチガチに緊張してしまってまともに話せなかった……。スピーチの原稿がどんなに良くても、これでは誰の心にも響きません。逆に、原稿の内容自体はとりとめのないものであっても、楽しい雰囲気でスピーチすれば、新郎新婦も列席者も笑顔にすることができる。
なぜこういうことが起きるかというと、人間は言語的コミュニケーションより非言語的コミュニケーションを重視するようにできているからです。なにかを話すとなったとき、「なにを話すか」ということに気を取られがちです。でも、実際に聞き手がどんな印象を受けるかということの多くは「どう話すか」によって決まるのです。
ビジネスパーソンならプレゼンをする機会も多いでしょう。どんなスライドをつくるかということにとらわれて、読む練習はほとんどしないという人はいませんか? それでは聴衆の心をつかむことはできません。そうではなくて、きちんと読む練習をする。それも、ただ練習をするだけではなく、自分を動画撮影してみましょう。そうすると、原稿を見ているとか、早口になっているとか、自分の駄目なところが歴然とわかるものですよ。
もちろん、「なにを話すか」ということが重要ではないということではありません。きちんとした原稿をつくる文章力も上げていく必要もあります。ただ、それは一朝一夕でできるものではない。でも、姿勢を正す、笑顔をつくる、服装を整えるといったことは誰でもすぐにできることではありませんか? そういったものには、即効性があるのです。
さて、それでは「書く」スキルも上げていきましょう。先にお伝えしたように、文章力はすぐに身につくものではありません。日々の習慣として書き続ける必要があります。しかも、ただ漠然となにかを書くだけでは、文章力というものは上がるものではない。課題がないと練習にならないのです。
わたしがおすすめするのは日記とSNSですね。たとえば、その日の楽しかった出来事を3つ書く。それが課題というわけです。SNSではその日の一番のイベントをまとめて投稿する。もちろん、課題は別のものでもいいですよ。その日に読んだ本のことでも、観たテレビ番組のことでもいい。ただ、他人に読まれるという前提で書くことがとても重要。「リツイートされたとしたら何千人、何万人に読まれるかもしれない」と意識することで、すごく効果的な書く練習になるのです。
ひらめきは「ぼーっとする」ことで脳が勝手に生んでくれる
「書く」ことについて触れたので、ここで「メモの取り方」についてもわたしの考えをお伝えします。メモの取り方は人によって大きくちがうものです。いいアイデアが浮かんだときだけメモする人もいれば、どんなことでもとりあえず書き留める人もいるでしょう。わたしがおすすめするのは後者です。
頭に浮かぶことの多くは「雑念」とも言えるもの。それが頭のなかに何度も浮かぶと、集中力を奪われてしまうことになる。でも、それをメモすれば、「書いた」という安心感によってその雑念を忘れられるのです。仕事中、妙なことが頭に浮かんだら、そのすべてをメモする。そうすれば、脳がクリアな状態になって仕事に集中できるようになるでしょう。
そして、いいアイデアが浮かんだときのメモはとにかくスピード勝負です。なにかすごいアイデアを思いついた記憶はあるのに全然思い出せないという経験はないですか? それにはこういう理由があります。ひらめきというのはなにかと言うと、「脳の神経細胞の発火」。打ち上げ花火のようなもので、バーンと光って数秒ほど残像を残してすぐに消えていく。つまり、素早く書き留めることがなによりも重要なのです。
頭のなかにある情報から新たな発想を生む——。そう考えると、ひらめきもアウトプットのひとつだと言えるでしょう。企業であれば、ブレストや企画会議がありますよね。でも、そのときにいいアイデアというのはなかなか出るものではありません。しばらくしてパッとひらめくことがほとんどではないですか?
それは、専門用語でインキュベーションと呼ぶ現象です。本来の意味は、卵がかえる「孵化」。では、どうすればインキュベーションを起こせるか。じつは、「発想の4B」と呼ばれるインキュベーションが起きやすい環境があるのです。
・バス(Bus/移動中) ・ベッド(Bed/寝室) ・バー(Bar/飲酒中) ・バスルーム(Bathroom/風呂・トイレ)
これらの4つです。すべてリラックスできる環境ですよね。人間がリラックスしているときにはアセチルコリンという脳内物質が放出されます。これはひらめきや発想に関連した脳内物質です。ブレストでいろいろな情報を頭に入れたら、あとはリラックスして時間を置く。そうすれば、情報を脳がこねくり回していい答えを出してくれる。これがインキュベーションの仕組みです。
リラックスすることは、脳の力を生かすにはすごく重要ですよ。最近の研究で、人間がぼーっとしているときには通常の3倍ほどのエネルギーを使っていることがわかってきました。話したり勉強しているときより、ぼーっとしているときのほうがずっと活発に脳は働いている。このとき、脳はなにをしているかといえば、情報を整理しているのです。
大規模な道路工事は夜間におこなわれますよね。昼間は交通量が多くて工事できないですからね。それと同じようなことが脳のなかでも起こっているということ。工事をする、情報を整理する時間を脳に与えてあげることが重要です。でも、いまはちょっと空き時間ができたら、誰もがスマホをいじっています。これでは脳が情報を整理してインキュベーションを起こすことはできません。
限られた時間を生かして勉強や仕事をすることも大切です。でも、たまには意図的にぼーっとしてみる。そういったことも、とても大事なことだと思いますよ。
【樺沢紫苑先生 ほかのインタビュー記事はこちら】 『記憶効率を上げる黄金比は「3:7」だ。勉強に脳科学を取り入れるべし。』 『アウトプットのプロはなぜ午前中に文章を書くのか? 脳科学に基づく「仕事力アップ習慣」』
【プロフィール】 樺沢紫苑(かばさわ・しおん) 1965年生まれ、北海道出身。精神科医、作家、映画評論家。1991年、札幌医科大学医学部卒業後、札幌医大神経精神医学講座に入局。北海道内8病院への勤務を経て2004年からイリノイ大学に3年間留学。帰国後、東京にて樺沢心理学研究所を設立。メンタル疾患の予防を目的に、インターネット媒体を駆使して精神医学、心理学、脳科学の知識・情報の発信を続ける。
【ライタープロフィール】 清家茂樹(せいけ・しげき) 1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。