脳波を鍛えられる時代が来る? 新進気鋭の若手脳科学者が「学習」に本気で挑む

若手脳科学者の出利葉拓也さん

「なぜあの人はあんなに物事を覚えられるのだろう?」
「頭がいい人とそうでない人の違いってなんだろう」

小さなころから大人になるまで、誰しも一度はそう思った経験があるのではないでしょうか。

脳科学という観点から、そんな疑問に挑むのが慶應義塾大学助教授の出利葉拓也さん。どうすれば効率よく勉強できるのか? 脳を鍛えられるのか? という、学習についての研究に情熱を注いでいます。

「新進気鋭の若手脳科学者・出利葉さんが考える未来学習」の連載をお送りするにあたり、出利葉さんご本人に脳科学についてのお話をざっくばらんに伺いました。

【プロフィール】
出利葉 拓也(いでりは・たくや)
慶應義塾大学助教授・博士課程在学中。牛山潤一研究室所属。自身の学生時代の経験から、脳科学に興味をもち、大学ではヒト脳波を題材にワーキングメモリ、記憶、学習についての研究を行なっている。学部・修士時代からニューロテック事業に携わる。

東大生は○○したときの脳波が違う

——脳科学というと、素人としては「ヘルメットのような機械を装着して脳波を測る」「アハ体験」などを思い浮かべます。出利葉さんは具体的にどのような研究を進めているのでしょうか?

出利葉さん:学習を最適化するために、脳波がどのように活用できるかを研究しています。

同じように勉強しても学習が得意な人と苦手な人がいるはず。具体的にその違いはなんなのか、学習が苦手な人に適した学習方法はどんなものなのか、などに興味をもっています。

そのなかでも専門にしているのは「ワーキングメモリ」です。

ワーキングメモリは、一時的に物事を覚えておいて使うという一連の記憶のシステムです。料理のレシピを見て「砂糖大さじ1」「醤油大さじ2」と覚えておくようなシーンを想像してもらえればわかりやすいと思います。

ワーキングメモリは仕事や日常生活のあらゆる場面で使う認知機能です。聞いたことがある方も多いかもしれませんね。

ワーキングメモリは心理学的には個数で数えるのですが、人によって差があり、だいたい単語4個だと言われています。ただ、3個の人もいれば5個の人もいるので、学習の得意・不得意とワーキングメモリには関連がありそうだと仮説を立て、研究を進めてきました。

——ワーキングメモリが多いと学習が得意になるということなのでしょうか。

出利葉さん:最初は私もそう思っていたのですが、いまはワーキングメモリの数は結果でしかないのではないかという仮説をもっています。つまり、ワーキングメモリが多いことと学習が得意であることの、両者の根幹に共通する脳の特徴があるのではないかということです。

ですから、学習が得意な人の脳の特徴をとらえるには、ワーキングメモリよりもっとコアの部分の研究が必要だと考えています。その一環として去年、東大生など学習が得意な人と、そうでない人の脳波を測る実験を行ないました。すると、興味深い結果が出たんです。

学習が得意な人と、そうでない人のあいだで、ほとんどの脳波に明確な違いはありませんでした。しかし、問題を間違えたときの脳波には大きな違いがみられたんです。

問題を間違えたとき、東大生は学習が得意ではない人に比べて、前頭葉が活発に動いていました。東大生は、まず間違いに気づき、その間違いに対して「ここの計算を間違えたから答えが違ったんだ」「この文には○○という単語を使うんだ」などを考える傾向にありました。そのため、前頭葉が活性化したのではないかと推測しています。

これは、学習が苦手な人が脳科学的な視点でアプローチするなら前頭葉の活動を高める訓練が効果的だということを示唆しています。これには、脳波を可視化することによって脳活動を高める「ニューロフィードバック」というやり方が有効な可能性があります。

若手脳科学者の出利葉拓也さん

——前頭葉の活動を高める訓練ができるかもしれないとは驚きです。ニューロフィードバックとは具体的にはどのような方法ですか?

出利葉さん:一般的な方法としては、リアルタイムで脳波を画面に表示させることで可能です。

ある指標が強いときは画面が赤くなり、弱いときは黒くなる、というように脳波の働きをわかりやすく可視化させます。これを繰り返していくことで「指標が高いときはこういう感覚だ」というのを覚えていきます。まだ十分なエビデンスはないものの、私が自分自身で試してみたときは効果がありそうだと感じました。

学習とは外れるのですが、マインドフルネスの分野では、リラックスしているときの脳波を測る機械が4万円ほどで売っているんですよ。学習時の脳波を測れるものに関しては、私たちがいま開発しているところなので、実用化できるよう研究を進めています。「脳波を鍛える」というのも夢ではないかもしれません。

「同じように勉強をしているのに、なぜ差が出るのか」という疑問

——脳科学の研究に情熱をもって取り組んでいらっしゃいますが、興味をもったきっかけや原体験などはありますか?

出利葉さん:脳科学というものを知ったのは、子どものころテレビで観たのが最初だったと思います。ただ、幼少期は脳よりも恐竜や宇宙に関心があり、「絶対に脳科学者になるんだ!」という夢をもっていたわけではありませんでした。

脳に少しずつ興味をもち始めたのは小学生のころ。学習塾に通っていて、初めは成績がよかったのですが、だんだん他の子に追い抜かされていったのがきっかけです。「みんなと同じように勉強をしているのに、なぜ差が出るのだろう?」という疑問を抱きました。

若手脳科学者の出利葉拓也さん

また、第一志望の大学に合格できなかったのも大きな理由のひとつです。

受験生時代はもちろん一生懸命勉強していたのですが、私はどうしても1日4〜5時間しか集中することができないタイプだったんです。「クラスメイトのなかには1日10時間以上勉強していた人もいたのに、なぜ自分は短い時間しか集中できなかったのだろう?」と、まわりとの差を感じて無力感を抱えることもありました。

そして、この疑問を解決する鍵は脳にあるのではないかと思ったんです。

しかしそれも漠然とした興味だったので、いま所属している慶應義塾大学に入学した時点でも、まだ脳科学の道を志してはいなかったんです。だから大学入学時は理工学部に在籍していました。

そんななかでSFC(環境情報学部・総合政策学部がある湘南藤沢キャンパス)で牛山潤一先生の講義を受け、本格的に脳科学の道に進もうと決めました。理工学部から環境情報学部に転部し、それ以降、牛山研究室で学習などについての脳科学の研究をつづけています。

***
現在進めている研究などについて、インタビュアーやSTUDY HACKER編集部にもわかりやすく丁寧に説明してくださる出利葉さんの姿が印象的でした。

自身が経験した挫折・無力感を解決する方法として脳科学を選んだといいますが、第2弾では、今後脳科学をどのように社会に活かしていきたいかという野望を伺います。

【「新進気鋭の若手脳科学者・出利葉さんが考える未来学習」連載】

第1弾:脳波を鍛えられる時代が来る? 新進気鋭の若手脳科学者が「学習」に本気で挑む
第2弾:「これからの10年で学習に革命を起こす」慶應助教が語る “脳の動きが見える時代”

【インタビュアー】
黒澤 隆之(くろさわ・たかゆき)
株式会社スタディーハッカー
社長室 室長 / ブランド・マーケティング部 部長

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