「これからの10年で学習に革命を起こす」慶應助教が語る “脳の動きが見える時代”

若手脳科学者の出利葉拓也さん

「脳科学」と聞いても、私たちの身近な研究だというイメージは薄いかもしれません。しかし脳科学はもはや「研究者だけが扱う難解な学問」ではなくなりつつあります。脳科学の知見が社会に活用される時代がもう目の前まで来ているのです。

そのような社会になれば、「難関大学に入ることがえらい」「記憶力がよくてすごい」という価値観が一変するかもしれないーー脳科学で学習に革命を起こしたいという野望をもつのが、慶應義塾大学助教授の出利葉拓也さん。

「新進気鋭の若手脳科学者・出利葉さんが考える未来学習」の連載をお送りするにあたり、出利葉さんご本人に脳科学についてのお話をざっくばらんに伺いました。

【プロフィール】
出利葉 拓也(いでりは・たくや)
慶應義塾大学助教・博士課程在学中。牛山潤一研究室所属。自身の学生時代の経験から、脳科学に興味をもち、大学ではヒト脳波を題材にワーキングメモリ、記憶、学習についての研究を行なっている。学部・修士時代からニューロテック事業に携わる。

“頭がいいのがすごい” から脱する社会へ

——脳科学を社会に落とし込むメリットは?

出利葉さん見えないものを可視化できるというのが一番の強みだと思います。たとえば、レントゲンやCTを使えば体内の状態を確認できますよね。それを脳で行なうというイメージです。

私は現在、ニューロテックの会社で脳波などを活用したマーケティングのリサーチャーとしても携わっています。具体的に行なっているのは、消費者の無意識の部分にアプローチできるような実験や質問項目を考えてABテストをする調査などです。

また、教育、ヘルスケア、HRなど、個人差が大きい分野で脳科学が役に立つと考えています。脳波計は精密機械なので被験者が動くと誤差が生じてしまうというのが課題ではあるのですが、たとえば勉強している最中だったら大きく動くことはほとんどありません。

したがって、今後のデータ収集などは比較的やりやすいのではないかと考えています。

——脳科学の研究を進めることで、社会にどのように貢献していきたいと思っていますか?

出利葉さんこれからの10年で、学習分野に革命を起こしていきたいと思っています。

何百人もの脳波をとり、研究をしていると、ひとりひとり脳が全然違うということを実感します。それにもかかわらず、学校や塾では全員同じ方法で勉強をしていますよね。

本当はそれぞれの人に最適なやり方があるはずなんです。自分の脳に合わない学習をしている人の勉強方法を最適化し、楽しく学べる方法を私たちが提供していきたいと思っています。

若手脳科学者の出利葉拓也さん

たとえば、視覚的な思考が得意な人(ビジュアルシンカー)と、言語的な思考が得意な人(バーバルシンカー)がいるといわれているのをご存じですか? それぞれが好む学問に傾向があるといわれています。

  • ビジュアルシンカー
    • 物事をそのまま映像として記憶するのが得意な人:芸術
    • 空間的に考えるのが得意な人:科学、数学
  • バーバルシンカー:人文科学系

もちろんこれは傾向であって、すべての人に当てはまるわけではありません。

しかし、もし自分がどちらのタイプなのかを知ることができたら、「このやり方のほうが私に合っているかも」「いままでの方法は自分にとっては効率が悪そうだ」と考えられますよね。自分に何が適しているのかを考えるときのヒントとして活用することができるのではないでしょうか。

若手脳科学者の出利葉拓也さん

——自分に適したものを探すきっかけになるのは興味深いです。ただ、一歩間違えれば危険な思想につながりかねない、とも感じてしまいます。

出利葉さん:おっしゃるとおりです。「仕事や勉強ができる人がえらい」という価値観はまだまだ根強く残っています。そして、なぜ人々がそのように考えるのかというと、「仕事や勉強の能力は簡単に手に入らないものだから」だと思います。

テストで高得点をとるのは難しく、なかなかできることではありません。だからこそ、それを実現した人を「すごい」「えらい」と感じます。逆に、塩をもっている人のことを「すごい」と思わないのは、塩は誰でも簡単に手に入れられるからです。

しかし脳波を鍛えることで、多くの人がテストで高得点をとったり、仕事で成果を出したりできるようになったらどうでしょうか? いまの価値観は変わるかもしれません。

誰でも脳を効果的に働かせられる社会になれば、「難関大学に入ったからすごい」というような、なにかの指標を “優れている” とする意識を薄めていくことも可能なのではないかと思っています。

そのうえでそれぞれの脳の特性を活かすことができれば、能力に優劣をつけずに適性を伸ばせるのではないでしょうか。私が大学受験生のときに抱いたような無力感を感じているみなさんの希望になるかもしれません。

生成AIを使ってゲームのような学習が可能に!?

——いま注目を集めている分野として、ChatGPTに代表される生成AIがありますが、出利葉さんはどのように使っていますか?

出利葉さん:現状は英語の論文を翻訳したりプログラミングをしたり、道具的な使い方をすることが多いです。

研究対象としてAIを考えるのであれば、脳とAIがどのように違うのかという研究はホットな分野です。AIは仮想的なニューロンのつながりをもっているので、人間のように意識や感情があるかもしれないという研究が進んでいます。

若手脳科学者の出利葉拓也さん

私は、AIが人間より賢くなる未来はありえると思っています。そうなると人間が研究する意味はないのではないか、AIが研究を進めたほうが役に立つのではないかという話にもなるかもしれません。

ただ、私を含め、研究者が研究をするのは、役に立つだけでなく楽しいという理由もあるので、「楽しいから人間が研究をする」という軸はこれからもなくならないのではないでしょうか。

楽しく効率的に学習や研究をするという点で、AIを活用することもあります。私は教科書や本を読んで勉強するのが苦手なのですが、その理由は、知識を受動的に与えられるだけだというのと、即時的なフィードバックがないのがつまらないからだと思っています。

その点、AIを使った勉強は、自分で能動的に質問をして、即座にフィードバックとして回答が返ってくるのですごくおもしろいです。

——「能動性」と「即時的なフィードバック」が楽しさにつながるというのは納得感があります。ゲームと似ているかもしれません。

出利葉さん:まさに “ゲームっぽさ” が学習の楽しさと結びつくと思っています。しかもAIなので「こんな基礎的な質問をするのは恥ずかしい……」とうしろめたく思う必要もありません。

AIはまだ精度が低い部分もあるので正しい答えを返してくれないときもありますが、勉強でこのやり方を使うと、楽しく勉強できる人が増えるかもしれないですね。

***
脳科学を活用することで社会に革命を起こしたいという、大きな目標を掲げている出利葉さん。インタビュアーの質問に対し、「おっしゃるとおりなんです!」や「難しい質問ですね……」と、さまざまなコメントを交えながら回答してくださる様子に、研究への熱量が垣間見えました。

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【「新進気鋭の若手脳科学者・出利葉さんが考える未来学習」連載】

第1弾:脳波を鍛えられる時代が来る? 新進気鋭の若手脳科学者が「学習」に本気で挑む
第2弾:「これからの10年で学習に革命を起こす」慶應助教が語る “脳の動きが見える時代”

【インタビュアー】
黒澤 隆之(くろさわ・たかゆき)
株式会社スタディーハッカー
社長室 室長 / ブランド・マーケティング部 部長

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