脳は0.1秒単位で変化する。あなたに最適な学習方法は?【脳科学で考える未来学習#3】

「出利葉拓也・脳科学で考える未来学習」脳は0.1秒単位で変化する。あなたに最適な学習方法は?

小さなころから大人になるまで、誰しも一度は「なぜあの人はあんなに物事を覚えられるのだろう?」「頭がいい人とそうでない人の違いってなんだろう」と思ったことがあるでしょう。

脳科学という観点から、そんな疑問に挑むのが慶應義塾大学助教授の出利葉拓也さん。どうすれば効率よく勉強できるのか? 脳を鍛えられるのか? という、学習についての研究に情熱を注いでいます。

「新進気鋭の若手脳科学者・出利葉さんが考える未来学習」の連載をお送りします。

【ライタープロフィール】
出利葉 拓也(いでりは・たくや)
慶應義塾大学助教・博士課程在学中。牛山潤一研究室所属。自身の学生時代の経験から、脳科学に興味をもち、大学ではヒト脳波を題材にワーキングメモリ、記憶、学習についての研究を行なっている。学部・修士時代からニューロテック事業に携わる。

学習の未来予想図

脳科学は未来の学習方法を一変させます。少なくとも私はそう信じています。 

100年前と比較して、医学も、連絡手段も、生活もすべてが革命的に変化しています。学習も、脳科学の力を借りていまよりもずっと効率よく、楽しくできるようになるはずです。

ではどのように変化するのか? 学習や記憶を専門とする脳研究者として、その未来予想図のひとつを今回は話したいと思います。

画一的な学習方法を変える

いまの教育業界では、「みんな違う脳をもっているのに画一的な学習方法をとっている」という現状があります。

これはおかしなことです。

たとえば医療の世界では、風邪の人には風邪薬を渡し、虫歯の人には虫歯の治療を行ないます。A型の人にはA型の血液を、B型の人にはB型の血液を輸血します。それは、人によって症状が違い、最適な治療方法が異なるためです。

しかし、現状の教育業界では「虫歯の人に風邪薬を飲ませる」ようなことが行なわれているのです。少し過激な書き方になってしまいましたが、実際に脳の形や活動はひとりひとりまったく違います。

それなのに、全員に同じ教科書を渡し、同じ時間に授業をし、同じようなテストを受けさせています。

学校

ビジュアル・シンカーとバーバル・シンカー

ひとつ実験をしてみましょう。

いまから10秒間、「野菜の種類」を少しでも多くリストアップしてみてください。実際に書く必要はなく、頭のなかでリストアップすればOKです。

それでは始めましょう。

いかがでしょうか? トマト、きゅうり、キャベツ、茄子、などいろいろと思い浮かびますよね。

ここで問題なのは、何個リストアップできたか、ではありません。どのようにリストアップしたかです。

「スーパーで野菜を見ている様子を視覚的に思い浮かべてリストアップした」人もいれば「何も映像は思い浮かべず、表のように野菜をリストアップした」人もいるでしょう。

実際、何人かの友人にこのテストをしてみましたが、おもしろいことに、映像に頼ってリストアップした人と、そうではない人はおよそ半々に分かれました。私自身はトマトの赤々とした感じや、スーパーの売り場を視覚的に思い浮かべてリストアップしていたので、そうではない人の存在に少し驚きました。

こんな簡単な例ですが、人によって「頭の使い方」がかなり異なることがわかります。

ここでテストした違い、すなわち「視覚的に考える傾向」は実際にかなりの個人差があることが研究で示されています(※1)。

視覚的に考える傾向が強い人を「ビジュアル・シンカー(視覚思考者)」と呼び、逆に言語的に考える傾向が強い人を「バーバル・シンカー(言語思考者)」と呼びます。

ビジュアル・シンカーの人はやはり視覚的な処理が得意です。ビジュアル・シンカーにも二通りあり、なかでも絵的に映像を捉えるのが得意なタイプと、空間的に映像を捉えるのが得意なタイプがいるようです(※2)。前者は絵画などに優れ、後者は空間図形の処理や科学的な思考が得意な傾向があるという研究結果もあります。

一方、バーバル・シンカーは言語的な処理が得意です。素早くマニュアルを読んだり、文章を書いたりする際に強みを発揮します。活躍している文筆家の多くはバーバル・シンカーなのかもしれません。

想像する女性

脳波はひとりひとり違う

これはとてもわかりやすい例でしたが、実際の脳活動もひとりひとりまったく異なります。私は脳研究者として数百人の脳波を測り、観察してきましたが、同じ脳波をもつ人はひとりとしていません。

脳波には「アルファ波」から「P300」と呼ばれる指標まで、実にさまざまなものがあります。ちょうど血液型や心拍数、身長や体重までさまざまな指標が人体にはあるようなものです。そのどれをとっても、人それぞれ異なります。

このような脳活動の個人差は、まさに先ほど述べたようなその人の思考の癖や、性格、記憶力など、さまざまな側面と関わってきます。したがって、脳活動をみれば、その人に最適な学習方法もおのずとわかってくると考えられます。

個人最適化された学習

私が考える学習の未来は、まさにそのように、個人の脳に最適化された学習ができる未来です。

これは何も特別なことではなく、医療が個人に最適化されていることと同じようなもので、当然訪れるべき未来と考えることもできます。

ビジュアル・シンカーは視覚的な情報に基づいて学習し、バーバル・シンカーは言語的な情報を利用して学習する。そういった学習の個人最適化がこれから進んでいくはずです。

このような脳に合わせた学習は、もっと洗練することができます。最後に、その可能性の例をいくつか紹介しましょう。

クロノタイプに合わせた学習

朝活動し夜は早く寝る「朝型」と、朝起きるのが苦手で夜は長く活動できる「夜型」は、遺伝子によってある程度決まっているようです(※3)。このような朝型・夜型の違いを「クロノタイプ」と呼びます。

朝型人間と夜型人間では光を検知し体内時計をリセットするメカニズムが異なり、それを変えることは困難です。朝型人間が朝にパフォーマンスが高く夜に低いのに対し、夜型人間は逆になります(※4)。

したがって、現在の教育機関のように全員が同じ時間に登校して同じように授業を受けるかたちでは、夜型遺伝子をもった人には不利になってしまうのです。

一律の時間に行動を開始するのではなく、朝型人間は朝に、夜型人間は昼以降に活動することが理想的だと考えられます。私自身がかなりの夜型ということもあり、なにかと朝型が推奨される現在の風潮には違和感を覚えます。

夜に勉強する女性

脳波の個人差に合わせた学習

また、脳波を測ることで認知機能の個人差も可視化できる可能性があります。私がいま注目している「フィードバック関連陰性電位」と呼ばれる脳波は、間違えたときに現れる前頭葉の活動を示します(※5)。

この指標にも個人差があり、この脳波が強いほど課題の学習効率が高いことが示されています。しかし、この指標が低い場合でも悲観する必要はありません。

この指標が低いことがわかれば、学習方法でカバーできます。単に復習頻度を高めることも有効でしょう。学習への取り組み方を変えたり、以前紹介した「ニューロフィードバック」によってこの指標を鍛えたりすることで、学習効率を改善できることも期待されます。

このような対策は脳波を測ってこそ、可能になります。

脳波のゆらぎに最適化した学習

さらに、脳活動というのは時々刻々と変化しています。このことを脳活動の「ゆらぎ」といいます。

朝から夜にかけての「概日リズム」もそのひとつですが、それだけでなく、1秒単位、もっといえば0.1秒単位でも脳活動はゆらいでいます(※6)。このような脳活動のゆらぎは、いいかえれば「最適な学習タイミング」が存在することを示します。

朝学習するべきか、夜学習するべきか、というのは先述したとおりです。そのほかに、コンピュータを用いた学習では、0.1秒単位で最適な学習タイミングを制御できる可能性もあります。

これはまだまだ検証途上といえますが、実際に0.1秒単位で情報を出すタイミングを制御することで、記憶状態に変化が起こせることが報告されています(※7)。

***
ここまで、脳の個人差やゆらぎに着目することで、学習を最適化できる可能性について話してきました。

学習を個人最適化するという未来が、あながち夢物語でもないと感じていただけたのではないでしょうか。むしろ、画一化された学習方法をとっている現状は変えていく必要があります。

私自身も、研究を推進することで学習の未来に貢献していきたいと考えています。

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(参考)

(※1)Kozhevnikov, M., Hegarty, M., & Mayer, R. E. (2002), Revising the Visualizer-Verbalizer Dimension: Evidence for Two Types of Visualizers, Cognition and Instruction, 20(1), 47–77.
(※2)Kozhevnikov, M., Kosslyn, S. & Shephard, J.(2005), Spatial versus object visualizers: A new characterization of visual cognitive style, Mem Cogn 33, 710–726.
(※3)Zou H, Zhou H, Yan R, Yao Z, Lu Q.(2022), Chronotype, circadian rhythm, and psychiatric disorders: Recent evidence and potential mechanisms. Front Neurosci, 16:811771.
(※4)Salehinejad MA, Wischnewski M, Ghanavati E, Mosayebi-Samani M, Kuo MF, Nitsche MA.(2021), Cognitive functions and underlying parameters of human brain physiology are associated with chronotype, Nat Commun, 12(1):4672.
(※5)Holroyd CB, Coles MGH.(2022), The neural basis of human error processing: reinforcement learning, dopamine, and the error-related negativity, Psychol Rev, 109(4):679-709. 
(※6)Buzsáki G, Draguhn A.(2004), Neuronal oscillations in cortical networks, Science,  304(5679):1926-9.
(※7)Wang D, Shapiro KL, Hanslmayr S.(2023), Altering stimulus timing via fast rhythmic sensory stimulation induces STDP-like recall performance in human episodic memory, Curr Biol, 33(15):3279-3288.

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