部屋が寒すぎて、あるいは暑すぎて、なかなか仕事や勉強に集中できない……と悩んでいませんか? 部屋の温度・湿度といった環境は、仕事・勉強の生産性や集中力に深く関係しています。シンガポールの経済的繁栄を実現した初代首相リー・クアンユー氏も、「国の経済発展に必要なものはエアコン」とまで言ったそうです。今回は、温度・湿度と生産性との密接なつながり、作業効率を上げるために最適な温度・湿度、そして温度・湿度を最適に保つ方法をご紹介します。
温度と生産性の関係
みなさんは、オフィスや自室の室温を気にしていますか? 実際の室温は、エアコンで設定した温度とは異なるので、温度計・湿度計を設置して実際の温度・湿度を確認しましょう。
部屋の温度・湿度に注意を払う理由は、温度と湿度は生産性に大きく影響しているからです。2005年、コーネル大学のAlan Hedge教授、Wafa Sakr教授、Anshu Agarwal教授が、フロリダの保険会社でパソコンを使って働く女性を対象とし、室温と生産性との関係を15分毎・16日間連続で調査しました。結果は以下のとおりです。
室温を20度から25度に上げることで、従業員のタイピングミスが44%減少し、タイプする文字量も150%増加した
(引用元:Cornell Chronicle|Study links warm offices to fewer typing errors and higher productivity)
亜熱帯気候に属するフロリダは一年を通して暖かく、冷房がガンガンにきいていることが多いもの。しかし、室温を20度から25度に上げることによって、タイピングのミスが大きく減少し、こなした仕事量が増加しました。コーネル大学は実験の結果として次のことを示唆しています。
室温を快適な温度に保つことで、労働者1人につき1時間あたり2ドル多くの利益を生み出せる
(引用元:Cornell Chronicle|Study links warm offices to fewer typing errors and higher productivity)
室温と生産性は関係しており、室温を適度に調整すれば生産性を向上させられるわけです。
湿度と生産性の関係
温度だけでなく湿度も生産性に影響します。湿度は体感室温を左右するだけでなく、湿度が低すぎて部屋が乾燥した状態だと健康被害が生じるからです。
早稲田大学理工学総合研究センター客員研究員の堤仁美氏の実験によれば、湿度が35%以下になると、乾燥による不快感を感じるそう。疲れ目やドライアイに悩まされた経験がある人もいるのではないでしょうか。
作業効率が悪くなるのは、まばたきの回数が増えるから。実験でも実証されています。
湿度が低い環境下では、まばたきの回数の増加が見られた(中略)視覚によるデータ収集が必要なタスクにおいて、大きく継続的な負の影響が見られた
(引用元:堤仁美(2004),「低湿度環境が在室者の快適性・知的生産性に与える影響に関する研究」)
さらに、肌のかゆみを感じて仕事に集中できなくなるばかりか、鼻水・鼻づまり、のどの痛み、くしゃみ・せきなども引き起こされるリスクがあります。風邪にかかりやすくなり、仕事に臨む上での体調管理に支障をきたす恐れも。
逆に湿度が高すぎると、皮膚の濡れ率増加により汗が乾かず、不快感を感じるもの。ある実験によると、70%の湿度環境では疲れを感じやすくなるのだとか。また、こんな実験結果もあります。
冬は比較的湿度が高い方がより良いパフォーマンスが見られ、夏には湿度が低い方が回答スピードがやや上がった
(引用元:同上)
温度だけでなく湿度も、仕事や勉強の効率を大きく左右するのです。
室温・湿度の改善による生産性の向上と得られる利益
温度や湿度の変化によって生み出される利益は大きなもの。アメリカのLawrence Berkeley National Laboratoryの研究者FiskとU.S. Department of EnergyのRosenfeldは、1997年の調査で、以下のように推測しています。
アメリカのオフィス内で室温をはじめとする屋内環境を改善すると、0.5%〜5%もの生産性向上に直結する
さらに2011年、以下のように発表。
室内環境の改善による生産性の向上によって得られる利益は、年間170〜260億ドル
(引用元:Optimal thermal environment improves performance of office work)
その額、日本円で約2〜3兆円! 空気環境はこんなにも重要なものなのです。
生産性を上げ、効率よく仕事や勉強を進めるのに最適な温度
では、生産性を上げるのに最適な温度は何度なのでしょうか? 様々な研究をもとに議論が飛び交っていますが、全ての調査結果を俯瞰して見てみると、今のところUniversity College LondonのDavid Shipworth教授が提案する22~24度が最も現実的。
代表的な調査の一つをご紹介しましょう。2006年に行われた、Helsinki University of TechnologyとLawrence Berkeley National Laboratoryの共同研究によると、一般的な職場を想定すると、22度が最適だそう。
この実験の対象になるのは、文書の処理、簡単な計算(足し算やかけ算)、顧客への電話のようなオフィスワークをする人々。
21~22度だと作業効率が上がった(中略)。最も仕事の生産性が高い温度は22度だった。例えば、30度だと22度に比べ、パフォーマンスが8.9%低下した
実験を行ったメンバーの一人、Olli Seppänenが2003年に行った研究では、26度以上でなければ温度による悪影響はないという結果が出ています。
25~32度の間で1度上がるごとに2%パフォーマンスの低下が見られ、21~25度の間では温度の変化によるパフォーマンスへの影響はなかった
シンガポールのリー初代首相も、最適な温度は22度だと信じていたそう。冒頭でご紹介した通り、1999年に熱帯諸国の経済発展に必要なことは何かと聞かれ、「エアコン」と答えて周囲を驚かせたのだとか。
クリエイティブな仕事がメインの人に適した温度
室温は私たちの頭の使い方にも影響を及ぼします。Technical University of DenmarkのDavid P Wyon教授によると、比較的暖かい環境のほうが創造的に考えるのに向いているそう。
以下の仕事をしている人や、創造的なタスクに取りかかるビジネスパーソン、柔軟に考える必要のある科目を勉強する学生は、室温を高めに設定することをお勧めします。
クリエイティブな職種の人
デザイナー・ディレクター・プロデューサー・プランナー・コピーライター・作家・コーディネーター・スタイリスト・アーティスト・フォトグラファーなど
ビジネスパーソン
ブレインストーミングやプレゼンの準備・文章執筆・タイトルやキャッチコピー作りなど
学生
学校の発表の用意・英作文演習・文章/グラフ図表複合型の小論文練習など
一定のタスクの反復作業がメインの人に適した温度
National University of SingaporeのKwok WaiThamとHenry Cahyadi Willem教授によると、脳の回転や作業スピードを速くするには、室温は低めがいいのだとか。さらに、27度以上だと、計算に支障が生じるそう。
以下の仕事をしている人や、事務的なタスクに取りかかるビジネスパーソン、短い時間で効率よく数多く反復学習を行いたい学生は、室温を低めに設定するといいでしょう。
事務処理や計算、データ入力などの一定のタスクを繰り返し行う職種の人
経理・会計・財務・事務・オペレーターなど
ビジネスパーソン
メールの返信・リサーチ・売上高の計算・報告書作成など
学生
数学の練習問題・英文法の問題演習・英単語の暗記・漢字の練習・理科や社会の一問一答など
周りと協力して仕事を進めたいときに最適な温度
もちろん、仕事内容だけで最適な室温が決まるのではありません。仕事の進め方によっても変わってきます。Tilburg UniversityのHans IJzerman教授の実験結果によると、複数の人が集まってグループとして共同で仕事を進めるときは、暖かいほうが適しているそう。
あたたかいお茶やコーヒーを飲みながら一緒に仕事をするだけでも、手や体が温まり、他人に対してより寛大になり、思いやりが持てるのだとか。仕事のお供は、冷たいお茶やアイスコーヒーではなく、ホットドリンクがいいようです。
高い生産性を発揮するのに最適な湿度
「会議区域の換気システムに関する基準」には、以下の記載があります。上記で紹介した湿度と生産性の実験の結果を見ても正しいと言えるでしょう。
人体に対し夏は少湿、冬は多湿が望ましい
(引用元:東賢一(2015),「室内環境における湿度基準と居住者への健康影響問題」)
夏は40~55%、冬は45~60%程度に保つのがよさそうです。
最適な温度は個人差が大きい
上記の通り、一般的に最適な温度や湿度は明らかになってきたものの、やはり個人差が大きいもの。なぜなら、性別・年齢・体質・体型・地域・人種・体を動かす頻度など、感じ方の差を生む要因はたくさんあるから。
頻繁に外出したりオフィス内を動き回る人とずっとデスクに座っている人では、感じ方が異なるのは当然ですよね。
また、2015年のMaastricht University Medical CenterのBoris KingmaとWouter van Marken Lichtenbeltの調査によると、女性は男性より基礎代謝量が低い傾向にあるため、寒さを感じやすいのだとか。快適に感じるためには3度高く設定するといいと主張しています。
さらに、年齢が高くなればなるほど筋肉が衰え、代謝が落ちやすくなるもの。筋肉量が少なかったり代謝が低下したりすると寒さを感じやすくなる傾向があるため、年配者にも同様の配慮が必要になります。
オフィスや家における温度と湿度の現状
「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」及び「事務所衛生基準規則」では、建物内の室温を17度以上28度以下、湿度を40%以上70%以下に保つよう定められています。
さらに「職場快適基準」として、夏季は24~27℃、冬季は20~23℃の温度、50~60%の湿度が日本では推奨されているそう。しかし実際は、快適基準がすべてのオフィスで守られているわけではないようです。
首都圏の冬季オフィス環境においては冬季の乾燥が問題となっており,全測定場所における勤務時間帯のうち30〜40%が相対湿度40%RH未満と,事務所則の基準値(40%RH以上)を満たしていないことがわかりました。
(引用元:労働安全衛生総合研究所|冬季のオフィス環境における低湿度の実態と対策について)
一方、自宅ではどうでしょう? 2011年の日本建築学会関東支部研究報告集に掲載された、2010~2011年に行われた長期的調査によると、家のリビングの夏季の平均室温は冷房がある住宅で27.2℃、冬季の平均室温は暖房がある住宅で17.0℃。湿度の平均は、夏は65%、冬は49%。
リビング学習が効果的だと話題になっている昨今。にもかかわらずリビングの室温は、生産性が高まる温度とはほど遠い結果です。
オフィスや勉強部屋に温度計と湿度計を用意すべき
その原因は、部屋の温度と湿度を知らないからではないでしょうか。みなさん、温湿度計を持っていますか? エアコンの設定温度を確認することはあっても、実際の温度はわからないという人は多いはず。
2005年にダイキンがオフィスで働く20~50代のビジネスパーソン800人を対象に実施したアンケート調査によると、オフィスにおける温度計の設置率は18.3%と、2割以下。湿度計の設置率はさらに低く、たったの8.5%で1割にも満たないのだそう。また、温度計・湿度計が設置してあっても、共に約52%と、半数以上のビジネスパーソンが「あまり注意して見ていない」と回答したのだとか。
仕事の生産性を上げるためにも、まずは温湿度計を用意して、オフィスや家の空気環境の現状を知ることから始めましょう。
必要に応じて加湿器や除湿器も
冬は乾燥しがちな一方、梅雨などの夏の時期は湿気が多くなりがち。そのため、私は勉強場所であるリビングや自室にいつも加湿器と除湿機を置いています。
皆さんもぜひ、必要があれば加湿器や除湿機も併せて活用してみてください。高い生産性を発揮できる温度と湿度を維持できると、仕事や勉強の効率も上がりますよ。
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せっかく仕事や勉強をするなら、できる限りミスを少なくし、効率的に進めたいもの。そのためにも、温度と湿度を少し気にかけてみてはいかがでしょうか。
なお、集中力を保つ方法については、「勉強に集中する方法まとめ。音楽・場所・食べ物を利用しよう」でも詳しく紹介しています。ぜひご参照ください。
(参考)
労働安全衛生総合研究所|冬季のオフィス環境における低湿度の実態と対策について
建築物における衛生的環境の確保に関する法律|第4条 建築物環境衛生管理基準等
2011年度日本建築学会関東支部研究報告集Ⅱ|リビングにおける温熱環境と快適感に関する研究
ダイキン|第7回 現代人の空気感調査--夏のオフィスの空気に関する調査結果総合報告書
安全衛生情報センター|事務所衛生基準規則 第二章 事務室の環境管理(第二条-第十二条)
エステサロン SBS TOKYO|あなたは寒い?暑い?エアコン温度をめぐる仁義なき戦い!? 冬のオフィス大戦争を徹底解剖
マイナビウーマン|あなたの会社の冷房の設定温度は何度になっていますか
堤仁美(2004),「低湿度環境が在室者の快適性・知的生産性に与える影響に関する研究」
東賢一(2015)「室内環境における湿度基準と居住者への健康影響問題」
Cornell Chronicle|Study links warm offices to fewer typing errors and higher productivity
Effect of Temperature on Task Performance in Offfice Environment by Olli Seppänen, William J Fisk, QH Lei
IEQ & Productivity|Linking Environmental Conditions to Productivity Conditions to Productivity
Human Factors and Ergonomics Society|Thermal Effects on Office Productivity
ThoughtCo.|Ideal Office Temperatures for Productivity
Science Direct|Room air temperature affects occupants’ physiology, perceptions and mental alertness
PGi|The Optimal Office Temperature: A Definitive Conclusion to the Age-Old Debate
Science Direct|Effect of humidity on human comfort and productivity after step changes from warm and humid environment
Research Gate|Creative thinking as the dependent variable in six environmental experiments: A review
Wiley Online Library|Estimates of Improved Productivity and Health from Better Indoor Environments
住宅総合研究財団研究年俸No.23|住宅における温熱快適性の評価
Academia.edu|The thermometer of social relations: Mapping social proximity on temperature
BBC|The never ending battle over the best office temperature
Nature Climate Change|Energy Consumption in buildings and female thermal demand
ダイキン「第7回 現代人の空気感調査」総合報告書|夏のオフィスの空気に関する調査結果
Optimal thermal environment improves performance of office work