作家、伊坂幸太郎さんの小説『魔王』の中に、こんなエピソードが登場します。
イタリアの独裁者ムッソリーニとその妻クラレッタが銃殺され、その遺体が広場に晒されて逆さ吊りになっていた時の話。
クラレッタとムッソリーニは一緒に銃殺されて、二人の遺体は広場に逆さに吊るされたんだって。そうするとクラレッタのスカートがめくれてさ…群集は大喜びだったらしいよ。ただ、その時に一人、ブーイングされながら梯子に登って、スカートを戻して…自分のベルトで縛って、めくれないようにしてあげた人がいたんだって。そいつはそこで、興奮する群集に殺されてもおかしくなかったと思うんだ。
(引用元:伊坂幸太郎著(2005),『魔王』,講談社.)
どんなに自分が少数派であっても、どんなに周りが危険であっても、自分の「正しい」と考えたことを曲げず、それを行動に移す勇気。かっこいいし、憧れますよね。
「クラレッタのスカート」ほど、スケールが大きな事件は、現代にはそうそうないでしょう。しかし、集団の意見が自分の意見と違っている……なんてシチュエーションは、珍しくないはずです。
そんな時、あなたは一体どうしますか? 勇気をもって、自分の意見を主張できるでしょうか。そして、行動を起こせるでしょうか。
今日は、立ち上がる勇気を手に入れるためのマインドをあなたに提供しましょう。
あなたを抑制する「集団思考」の罠
会議を聞いていて、「おや、これは自分の考えと全く違うぞ」「どう考えてもおかしいだろう」と感じたことはありませんか? そんな時、堂々と挙手して発言できればいいものの、そんな勇気、なかなか湧いてきませんね。ひょっとすると、周りのみんなが合っていて、自分が間違っているのかもしれない。そんな風に思えてくるかもしれません。
これは「集団思考」と呼ばれる現象です。集団思考はこれまで、歴史的な意思決定の場面で大きな影響力を及ぼしてきたんだとか。スペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故の原因の一つとしてあげられたり、米国ケネディ政権時に実行された「キューバ侵攻作戦」失敗の直接の原因だとされたりしています。
非常に優秀な人間の集団にも関わらず、自分たちの意見の間違いに気づかないまま、GOサインを出してしまったのです。
人間は状況に逆らえない。恐ろしい実験
でも、こんなの極限状態の、差し迫った場面だったからだろ? 戦争だったり、宇宙開発だったり。極度のプレッシャーがかかった状況だから、そんなことが起こってしまったんじゃないの?
そう考える人がいるかもしれません。
そうかもしれませんね。メンバーは多忙で睡眠不足だったのかもしれませんし、連日の仕事で疲労していたのかもしれません。国の行く末を決定する会議でのプレッシャーは、計り知れませんから。
しかし、ある実験は「特殊な状況でなくても、集団の同調圧力は簡単に発生する」と明らかにしました。
社会心理学者のアッシュは、7~9人の参加者をテーブルにつかせ、実験者が二枚のカードを提示する、という実験を行いました。一枚のカードには直線が一本引いてあり、もう一枚には三本の直線が引いてあるのです。そして実験者は、「三本の中から、このカードに書いてある直線と同じ長さのものを選んでください」と指示します。よくあるだまし絵とは違い、三本のうちのどれが正解なのかは明らかです。
まずアッシュは、普通に実験を行いました。もちろん、何度実験を行っても正解率は100%、誰一人間違えませんでした。
次にアッシュは、参加者のうち一人を除いて全員をサクラに変えました。サクラには、間違った直線を選択するよう仕向けたのです。本物のターゲットはたった一人だけ、というわけですね。すると何も知らないターゲットは、周りのサクラが次々と間違った直線を選ぶのを見て、落ち着きを無くし、しきりに周りを見回していたそうです。
結果は歴然でした。はじめの実験では正解率が100%だったのに、サクラを入れた実験では、1/3もの人がサクラに同調し、誤った直線を選択してしまったのです。
よく考えてください。これは、恐ろしいことです。
目の前には明らかに長さの違った直線が置いてあるのに、それを同じ長さだと言ってしまうのですから。同調圧力に負けたのが参加者の1/3だけとはいえ、無視できない数字です。あなたは、残りの2/3になれますか? 自分の判断が正しいと、本当に主張できますか?
恐ろしい同調圧力から抜け出す方法
同調圧力は恐ろしいですし、どれだけ優秀な人でも集団思考に陥ってしまう可能性があるというのは信じられないことです。しかし、実在する以上、どうしたらそこから抜け出せるのかを考えなくてはいけません。
実は、アッシュは非常に簡単な解決策を見出しています。それは、仲間を一人でもいいから見つけることです。
彼は、満場一致で同じ不正解を選ぶサクラのうち、一人だけ異なる意見を言わせるサクラを用意しました。すると、ターゲットが同調する率は1/3からたったの6%にまで下がったのです。自分以外に一人でもいい、集団とは違う意見を唱える人がいれば、自分の意見を言う勇気が湧いてくるのだといいます。
先ほど紹介したチャレンジャー号の技術会議や、ケネディ大統領を含めた会議。そういった重大でストレスのかかる場では、一人の仲間さえ見つけるのが難しいのかもしれません。
しかし、私たちの暮らす日常生活では、そんなこともないでしょう。きっと一人くらい、自分の味方をしてくれる人、みんなとは違う意見を持つ人が見つかるはずです。その人に、声をかけてみるのです。ひょっとしたら周りの人も、一人で立ち上がる勇気がないだけなのかもしれません。もし少しでも反対意見を表明する人が出て来れば、そうした人たちが立ち上がるきっかけになるでしょう。
*** 集団の圧力に対抗するための方法が「誰かと結託すること」だなんて、皮肉な話ですね。大きな集団に対抗するのは、やはり一人では難しいのかもしれません。
ここで大切なのは、簡単に自分の考えを諦めないことです。
ひょっとしたら、周りの多数派が正しく、少数派であるあなたの考えは、間違っているのかもしれません。でも、それは後にならなければわからないこと。初めから諦めてしまったら、周りの集団を動かすチャンスも、自分の考えが正しいのか確かめる機会も、失ってしまいます。悲しいことですね。
冒頭で紹介した『魔王』の登場人物は「クラレッタのスカート」のエピソードを知った後、こう語ります。
わたしはいつも、せめてそういう人間にはなりたいな、と思ってたんだ(中略)他の人たちが暴れたり、騒いだりするのは止められないでしょ。そうやって、大勢の人が動きだすと怖いし。ただ、せめてさ、スカートがめくれているのくらいは直してあげられるような、まあ、それは無理でも、スカートを直してあげたい、と思うことくらいはできる人間ではいたいなって、思うんだよね
(引用元:同上)
あなたの考えが立派でなくてもいい。勇気が足りず、実際に行動できなくても構いません。とにかく、簡単に自分の意見を諦めないこと。それが、周りを動かし、集団を変える原動力になるのです。
(参考) スーザン・ノーレン・ホークセマ,バーバラ・フレデリックソン,ジェフ・ロフタス,クリステル・ルッツ著,内田一成訳(2015),『ヒルガードの心理学 第16版』,金剛出版. 伊坂幸太郎著(2005),『魔王』,講談社.