ビジネスの現場では、周囲が協力的であればあるほど物事がスムーズに運びます。だからといって、自分よりも他者の利益を優先する利他的な人ばかりが周囲にいればいい、というわけでもないようです。
2017年の研究では、利他主義者も、利己主義者も、「時間」を味方につけることによって、うまく協力行動を引き出せる可能性が示されました。その研究内容と、タイプ別「協力要請のコツ」を紹介します。
「利他主義」と「利己主義」
「利他主義」とは、自分の利益よりも、他者の利益を優先する考え方を指します。 「利己主義」とは、自分の利益を重視し、他者の利益を軽視・無視する考え方を指します。
それぞれに大きく傾いた、一貫利他主義者と、一貫利己主義者は、180度の違いがあるといってもいいでしょう。しかし、協力行動においては、意思決定までにかける時間を考慮することによって、双方から得られる可能性があるのです。
利他主義者は素早く、利己主義者は時間をかけて協力
玉川大学脳科学研究所、青山学院大学、「人工意識」の開発と実用化を目指すアラヤ・ブレイン・イメージングらの研究によると、利他主義者は意思決定が早い人ほど協力的に振る舞い、利己主義者は意思決定に時間がかかる人ほど協力的に振る舞うそう(2017年5月31日・米国の科学雑誌「米国科学アカデミー紀要」オンライン版に掲載)。
研究者らは2012年から2017年までの間、20代~50代までの男女443名の参加者に複数の経済ゲームを行ってもらい、協力行動と意思決定の早さの関連を調べたとのこと。その際、仮想的なお金を自分と他者の間でどう分配したいか尋ね、その複数の回答結果によって「利他主義者」と「利己主義者」に分類しました。
熟考するか否かが「協力行動」を変える
一貫して利他主義者と分類された人は、早く意思決定するときには協力的なのに、意思決定に時間をかけてしまうと、なぜか非協力的になったそう。その理由は、行動を起こす前に考える時間が長いと、「他者から搾取される恐れ」について思考を巡らせてしまうため、協力をためらうからだと考えられます。
また、一貫して利己主義者と分類された人は、素早く意思決定を行うとあまり協力的ではないのに、意思決定に時間をかけると協力的になったそうです。これは、意思決定に時間をかけることにより、目先の利益だけではなく、自身の評判などを含めた長期的な利益を考慮することができるため、協力的になると示唆しているそう。
この研究結果を見ると、他者を優先する「利他主義者」だからといって、常に安定した協力を得られるとは限らないし、自己を優先する「利己主義者」だからといって、あまり協力を得られないというわけでもないことがわかります。
「利他主義者」と「利己主義者」の見分け方
ジョージタウン大学心理学部准教授のアビゲイル・マーシュ氏は、MRIスキャンを使用し、19人の利他的腎臓ドナーの脳と、ドナー経験のない20人の神経活動を記録したそう。すると、利他主義者の右扁桃体の体積は、非利他主義者よりも大きいとわかったのだとか。
扁桃体は、感情の形成において最も重要だといわれる部位。大きな扁桃体を持つ人は、他者の不安や怯えをより繊細に感じ取ることができるといいます。利他主義者は他者の表情の変化に気づきやすく、恐怖をより深く認知することができ、困っている人を敏感に察知するのです。
ちなみに、京都大学大学院工学研究科教授の藤井聡氏によると、人間の社会には「暴露原理」というものが存在しているため、人は利己主義者を見分ける能力がきわめて強力に備わっているそうです。暴露原理は、「取り繕ってもすぐ利己主義者であることがバレてしまう」ということを意味します。
したがって、先述した玉川大学脳科学研究所などの実験結果も踏まえた「利他主義者」と「利己主義者」の見分け方は、恐らく多くの人が想像するであろう以下の内容になります。
「利他主義者」
・他者の表情や声で気持ちを察する ・あなたが困っていると声をかける ・協力要請にいち早く立ち上がる
「利己主義者」
・他者の行動は察するが、どう思うかは察しない ・困っている人に声はかけない ・協力要請してもすぐに立ち上がらない
「利他主義者」と「利己主義者」に協力要請するコツ
「利他主義」と「利己主義」それぞれの特徴をお伝えしました。ここで、たとえば昼食のあと、「あなたの部署が翌日に行うイベントの準備が間に合わず、同じ部署の先輩から、他の部署のメンバーにも協力を要請するよういわれた」場合を想定し、それぞれのタイプにどう協力要請するかご紹介します。
【「利他主義者」に協力要請する場合】
「実は、明日に行うイベントの参加者が大幅に増えてしまい、困っています。いまから午後3時まで、2階Aスペースの椅子の配置を変える作業を、手伝っていただけると助かります」
利他主義者の人は、考える時間が長くなるほど「かなりの時間を搾取されてしまう」と思考を巡らせてしまい、積極的な協力を得ることができなくなる可能性があります。いますぐ始めてもらえる協力を要請しましょう。もちろん、表情は豊かに! 「利他主義者」はあなたの困った顔を敏感に察知してくれます。
【「利己主義者」に協力要請する場合】
「実は、明日行うイベントの参加者が大幅に増えてしまい、ノベルティの数が足りなくなってしまいました。布の巾着に新商品のサンプルをいくつか入れるだけの簡単な作業ですが、人手が足りません。午後3時以降に行うので、手伝っていただける方は2階Aスペースまでお願いします。〇〇部長のチームも手伝ってくれるそうです」
「利己主義者」の人は、考える時間が長いほど、自身の評判などを含めた長期的な利益を考慮して協力的になります。協力要請の際に、評価をする立場にある人や、有用なつながりを示すこともポイントです。ただし、ものすごーく困った顔をしてもムダ。利己主義者の人は、あなたの表情を見ても困っていることを察しません。
*** 慶應義塾大学名誉教授の岡部光明氏によれば、「利他的な行為は個人的満足という報酬を得るので、真の利他主義とは認められない」という心理学的見解や、「利他主義的な行動の動機は、利己主義的なものに帰着する」という経済学的見解など、利他主義にはさまざまな捉え方があるそうです。
それに、人は変わることもできるはず。今回ご紹介した内容は、「利他主義」寄りに見えたり、「利己主義」寄りに見えたりする人々に対して協力要請をする際、ちょっぴりスムーズにしてくれるコツだとお考えくださいね。
(参考) 玉川大学:研究所|【脳科学研究所】利他主義者は素早く協力し、利己主義者は時間をかけて協力する-米国の科学雑誌"米国科学アカデミー紀要(オンライン版)に論文を発表- カラパイア|親切なのは生まれつき? 利他的な人と利己的な人では脳の構造が異なることが判明(米研究) Daily Mail Online|Can you be BORN kind? Scientists look at brain patterns of selfless people TED Talk|アビゲイル・マーシュ: 人が利他的になる理由 プレジデントオンライン|解明! 運がない人は、なぜ運がないのか Wikipedia|利他主義 Wikipedia|利己主義 岡部光明(2014),「利他主義(altruism)の動機と成立構造について」,2014年度既刊ディスカッションペーパー,慶應義塾大学湘南藤沢学会,SFC-DP 2014-002.