認知バイアスとは「物事を感じとる、記憶する、考える」といった心の働きにおける “偏りや歪み” のこと。誰にでもあるもので、時に誤った判断や行動を引き起こす原因になるのだとか。
それなら、いっそのこと逆手にとってしまいましょう。今回は、記憶と関係が深い認知バイアスのひとつ、「気分一致効果」を活かす記憶術を紹介します。
人間の視覚・記憶は意外ともろい
青山学院大学教授で認知科学者の鈴木宏昭氏は、認知バイアスの説明のなかで「人間の視覚や記憶のもろさ」について次のように述べています(※以下、鈴木氏の説明に基づき脳科学辞典やシンク出版株式会社の解説を用いてまとめたもの)。
▼ 視覚のもろさ
- 視覚・空間情報を保持する記憶貯蔵庫の「視空間スケッチパッド」は、一度に3〜5つほどの情報しか保持できない(色・形状・位置関係なども含む)。だから、視界に入ったものをあとで正確に再現するのは難しい。
- 人間の視野は200度程度と言われているが、文字などをハッキリと認識できる中心視は、わずか1~2度くらいしかない。
- 私たちの眼は危険察知のため動きには敏感だが、ゆっくりとした変化の検出は困難である。
- 何かを見た直後に関連のない画像を見せられると、最初に見たものがあとで見たものに上書きされたようになる(=逆向マスキングと呼ぶ)。
▼ 記憶のもろさ
- 一時的な記憶貯蔵庫=「ワーキングメモリ」のもろさ:ほとんど同じだが一箇所だけ大きく違う2枚の絵を交互に見せられると、1枚目を完全に記憶できないので明白な違いでもなかなか気づけない(※前項の「視空間スケッチパッド」はワーキングメモリモデルの一要素)。
- 経験の記憶=「エピソード記憶」のもろさ:実際には起こらなかったことが、経験したかのように記憶されていることがある。その影響がたった一語で増大することもある。
⇒【例】自動車事故の動画を観たふたつのグループに、それぞれ「自動車が衝突したときに窓ガラスは割れたか?」「自動車が “激突” したときに窓ガラスは割れたか?」と聞くと、実際に窓ガラスは割れていないのに、「窓ガラスが割れた」と答える人が存在し、そう答える人は “激突” という強い言葉で表現されたグループのほうが多くなる。
このような “もろさ” が認知バイアスにつながるわけです。次に、記憶とも関係が深い認知バイアスの気分一致効果について説明しましょう。
「気分一致効果」とは
気分一致効果とは、いまの気分と同じ感情的性質をもつものに注意が向いたり、判断が影響されたり、記憶が促進されたりする認知バイアスのこと。記憶に限って言えば、楽しいときは楽しいことを、悲しいときは悲しいことを、覚えやすく思い出しやすくなる現象です。
「脳の学校」代表で医学博士の加藤俊徳氏によると、「記憶をつかさどる脳の海馬が所属する記憶系脳番地(同じ働きをする脳細胞の集まり)は、すぐ前方にある感情系脳番地と密接に関わっている」そうです。だから、感情を大きく揺さぶられた出来事は記憶に残りやすいとのこと。
「気分一致の記憶術」とは
つまり、気分(感情)が記憶に及ぼす影響は大きく、現在の気分と一致している情報はより記憶が促進されるわけです。それらをふまえつつ、専門家の意見を参考にした「気分一致の記憶術」を説明しましょう。
1. 好きな作品×気分一致
記憶のギネス世界記録保持者で「記憶の学校」代表の大野元郎氏は、好きな音楽を聴いたあとに勉強するようアドバイスしています。好きな音楽は感情の宝庫なので、インプットした情報が長期記憶になりやすいとのこと。同氏は失恋ソングを聴いたあとに「heartbreak」という単語を一緒に覚えるといった例を挙げています。まさに気分一致の記憶術ですね。
それなら好きな音楽だけではなく、好きな映画や本、漫画などでも同じ効果が期待できるはずです。たとえば「時間と量子力学がテーマのSF映画を鑑賞したあとで⇒物理学を勉強する」のもいいでしょう。
あるいは「数学者の評伝を読んだあとは⇒数学」「歴史を描いたドラマを観たり歴史漫画を読んだりしたあとは⇒歴史」「経済・金融がテーマの作品なら⇒経済学」「法廷ドラマの鑑賞あとは⇒法学」といったところです。
ここで重要なポイントは「好き」という感情です。 東北大学加齢医学研究所(副センター長)教授の瀧靖之氏によれば「好き」と感じると、感情をつかさどる扁桃体と海馬とのつながりが増し、記憶が定着しやすくなるとのこと。前出の脳番地の説明にも通じますね。
2. 小テスト×気分一致
慶應義塾大学の中室牧子研究室(慶應義塾大学中室牧子ゼミナール)によれば、授業の前に小テストを行なうと、前回学習した内容を思い出そうとするプロセスが生まれ、記憶が定着しやすくなるのだとか。大学生を対象にした国内外の研究で確認されているそうです。
それなら小テストに気分を一致させることで、よりいっそう記憶が促進されるはず。学校や塾で行なわれる小テスト以外に、自分でも簡単にできる小テストを気分次第で取り入れてみてはいかがでしょう。「今日は数学をやらなきゃ」ではなく「いまは数学の気分だから数学の小テストをやろう」にするわけです。
その際は、気分に合わせてサッとできて、紙もペンもいらない、メンタリストのDaiGo氏推奨の小テストがおすすめです(以下手順)。
- 覚えたいページを読む
- いったん本やテキストを閉じる
- 書かれていた内容を思い出そうとする
3. 退屈×気分一致
前出の瀧氏は、人間の脳が「やる気」に満ちている器官であり、生まれてからずっと、大人になっても新しい情報や知識を求めていると指摘します。だからこそ、覚えたい内容が書かれた本やテキストをいつも近くに置き、「退屈だなぁ」と感じたら深く考えずにパラパラとめくってみてください。
ヘアサロンや歯科医院の待ち時間に退屈し、なんとなく眺めた雑誌の内容が記憶に残り、誰かに教えた経験はありませんか? 「退屈な気分」と「(退屈な気分を吹き飛ばす)新鮮なことへの欲求」は紙一重。つまり気分が一致しているのです。パラパラとめくって「へー」を発見したら、無理なくしっかりと記憶してしまいましょう。
***
認知バイアスを逆手にとった「気分一致の記憶術」3つを紹介しました。ぜひ参考にしてみてくださいね。
(参考)
講談社|ブルーバックス|あなたの記憶にかかっているバイアスを心理科学的に検証してみた(鈴木 宏昭)
ダイヤモンド・オンライン|脳医学者が伝授「脳が勉強したくなる8つの作法」、何歳からでも独学可能
東洋経済オンライン|大人の発達障害が疑われる人が持つ脳の特徴
東洋経済オンライン|「忘れるのが早すぎる」自分を変える簡単なコツ
記憶の学校|記憶のプロも使う、感情を刺激するワンランク上の記憶術とは?
錯思コレクション100 Collection of Cognitive Biases|気分一致効果
NIKKEI STYLE|小テストを行うなら、授業の前か後か
NIKKEI STYLE|脳のパフォーマンス最大に 脳医学者お薦めの勉強法
シンク出版株式会社|周辺視野は加齢とともに低下する
脳科学辞典|中央実行系
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
「STUDY HACKER」は、これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディアです。「STUDY SMART」をコンセプトに、2014年のサイトオープン以後、効率的な勉強法 / 記憶に残るノート術 / 脳科学に基づく学習テクニック / 身になる読書術 / 文章術 / 思考法など、勉強・仕事に必要な知識やスキルをより合理的に身につけるためのヒントを、多数紹介しています。運営は、英語パーソナルジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を手がける株式会社スタディーハッカー。