成果をあげるリーダーに必要なものは野心だ。これに尽きる。
リーダーたる者、誰よりも目立って、皆の上に立つべきだ。
もしあなたがリーダーとして、あるいはこれからリーダーを目指す人としてそのように考えているのでしたら、それはあまりにも偏った考え方ですよ。
リーダーに真に求められるものは何なのか。それを、2人の宇宙飛行士の例からご紹介します。あなたのリーダーシップを、より良いものにアップデートしていきましょう。
ニール・アームストロング船長に学ぶ「冷静なリーダーシップ」
1969年、宇宙船アポロ11号に乗って宇宙へと旅立ち、人類で初めて月を歩くという偉業を達成したニール・アームストロング船長。2019年2月に彼を主人公とした『ファースト・マン』という映画が公開されたことでも話題の、言わずと知れた伝説の宇宙飛行士です。
「歴史に残る偉業を成し遂げた人のリーダーシップとは、どれほどまでに野心にあふれたものだったのだろう」そう考える人もいるかもしれません。しかし、アームストロング船長が持っていたものは、野心というよりむしろ「冷静さ」でした。
その冷静さがわかるエピソードをひとつ紹介しましょう。アポロ11号が月に着陸するとき、その宇宙船に残されていた着陸のための燃料の残量は、残り17秒分しかありませんでした。残された時間はたった17秒。成功したら月に降り立つことができるが、失敗したら宇宙の藻屑になるという状況で、複雑な宇宙船を冷静にコントロールしながら、着陸に見事成功しました。人類初の月面着陸は、アームストロング船長が、1つのミスが死につながる極限状態でも冷静に行動し判断を下すことができる人であったからこその偉業だったといえるのです。
多くのビジネスパーソンにとって、1つのミスが自分や同僚の生命にかかわるケースは稀かもしれません。それでも、仕事において冷静であることはとても重要です。
たとえば、経理の仕事をしているビジネスパーソンは、細かな数字をたくさん盛り込んだ資料作りや、大量のデータの集計などをやることがあるでしょう。予定通りに仕事が進めば何も問題は起こりませんが、もしも会議の1時間前に上司から資料の急な変更を求められたとしたらどうでしょうか。
1つ数字を直せば、別の箇所にある複数の数字も直さなくてはいけない。関連する別の資料も直さなくてはいけない。そんなとき、俗な言い方で “テンパってしまう” 人は、修正箇所を網羅できなかったり、時間内に修正が終わらなかったり、余計なミスをしてしまったりなどの失敗をしかねません。
しかし冷静さがある人であれば、直すべき数字はどことどこにあるのか、数字を直すために必要な計算は何か、といったことを落ち着いて考え行動することができるでしょう。冷静さを失うと失敗してしまうシーンというのは、宇宙飛行士に限らず一般的なビジネスパーソンにだって充分あり得るのです。ましてやリーダーならなおさら。
そこで、冷静さを失いがちなときに活用したいのが「セルフアセスメント」というものです。セルフアセスメントとは「自己査定」のこと。具体的には、自分やチームの状態を客観的に評価し、与えられた仕事をしっかりこなすためにはどうすればいいかを明確にすることです。
JAXAの宇宙飛行士金井宣茂氏のレポートによると、宇宙飛行士たちも6時間にも及ぶ船外活動トレーニングをしていると疲れて冷静さを失うことがあるのだそう。そんなとき、セルフアセスメントをすることで、冷静さを取り戻すのだと言います。
たとえば、リーダーであるあなた自身や、あなたが率いるグループのメンバーたちが、長時間の作業の疲れからイライラしている場面を想定してみます。そういうときは、一時作業を中断してメンバーに声をかけ、リラックスさせましょう。そうすれば、自分もメンバーたちも疲労やイライラから解放され、冷静さを取り戻すことができるはずです。
リーダーにとって必要なものは、熱意や勢いだけではないということがおわかりいただけたと思います。セルフアセスメントによって、冷静さをも兼ね備えたリーダーを目指そうではありませんか。
若田光一氏に学ぶ「和のリーダーシップ」
地上から約400km上空にある巨大な有人実験施設、国際宇宙ステーション(ISS)。現在、第59次長期滞在まで続いています。そのISSにおいて、6名のクルーの指揮官となるコマンダー(船長)を日本人で初めて務めたのが、若田光一氏です。
そんなISSの船長という偉大な任務を遂行した若田光一氏のリーダーシップの秘訣は、「和」でした。『若田光一 日本人のリーダーシップ』(2016年、出版当時NHK報道局の小原健右・大鐘良一著)という書によれば、和のリーダーシップとは、相手の思いを尊重し、意思決定までのプロセスを大事にするリーダーシップだそう。そして、和のリーダーシップを発揮するうえでは、「目立たない」ことを心得るべきなのだとか。
良きリーダーであるために、なぜ目立たないことが必要なのでしょう。それは、チームのメンバー全員を活躍させるためです。世界710万人が活用する人材評価システムを提供する米ホーガンアセスメントシステム社の研究によると、自己中心的で目立とうとするリーダーがいるチームのメンバーは意欲が低く、チームとしての有効性も低いそうです。
たとえば、リーダーだけが目立った活躍をしていたら、ほかのメンバーはリーダーを支えるだけの仕事しかできません。逆にメンバー全員が活躍できる、つまりメンバー全員にそれぞれ得意な分野の決定権や責任が与えられれば、メンバーのやる気が増すというもの。チーム全体が主体的に働くようになるのですから、チームの成功にも結びつきやすくなります。仕事のリーダーには、必ずしもトップダウンの命令をくだすことだけが求められるわけではないのです。
そこで、和のリーダーシップを発揮するために、メンバー全員の能力をしっかり把握し、常に仕事の進捗具合を確認するようにしましょう。特に、自分がリーダーだからと意思決定を全て引き受けるのではなく、メンバーの意思決定を尊重するようにしましょう。
もしかすると、一歩後ろで大きく構え、頼れる兄貴肌の上司になったつもりで部下を見守ることが、和のリーダーシップのコツなのかもしれません。同じ宇宙飛行士である星出彰彦氏も、若田氏のことを「困ったときに相談できる頼れる兄貴分」だと言っています。
営業ができる人には営業を任せ、開発ができる人には開発を任せ、リーダーは問題解決できずに困っているところだけを裏方として支えていく。こうしたリーダーシップのスタイルが、より良い組織運営につながるのですね。
次のリーダーにチームを引き継ぐ前の心得
初めて何かを成し遂げた人の名は、いつの時代になっても英雄として語り継がれます。アームストロング船長はまさにその1人ですね。ビジネス界の英雄といえばスティーブ・ジョブズ氏でしょうか。
もしもあなたが、彼らのように初めて何かを成し遂げたリーダーであったとしても、あなたはいつまでもそのチームのリーダーであり続けるわけではありません。いつかは次のリーダーに引き継ぐ時がきます。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』の著者である山口周氏はその書籍の中で、「時代を作る才能を持った天才たちは、企業や実績を立ち上げたあと、その業績を維持することのできるエリートの手に渡すべきだ」という主旨のことを述べています。いつまでもワンマン経営をするのではなく、チームを離れたりリーダーの座から降りたりして、次の良きリーダーにチームを任せる必要があるのです。
そのためには、新たなリーダーに引き継ぐ前に、自分の代で組織をできる限り発展させる必要があるでしょう。先ほど挙げた若田氏は、宇宙事業を継続的に発展させていくためのリーダーとして選ばれました。その若田氏が和のリーダーシップを重視していた理由は、ISSを以前より良い組織にして次のリーダーに引き継ぐため。だから、メンバー全員を活躍させることを重視していたのです。
もしも今あなたがリーダーであるなら、あなた自身が和のリーダーシップを発揮すると同時に、次を託す人としても、目立つばかりではなく、冷静に判断ができチームのために働ける人材を選ぶとよいでしょう。
そして、これからリーダーになりたいという人は、そうした資質を備えたリーダーにふさわしい人間だと認めてもらえるような人になることを目指してはいかがでしょうか。
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2人の宇宙飛行士から学べる最高のリーダーになるために必要な2つの要素とは、「冷静さ」「和」です。野心や情熱、上に立つ人物としてある程度目立つことも大事かもしれませんが、これらの要素を兼ね備えるべきであることも忘れないでください。
(参考)
Wikipedia|ニール・アームストロング
Wikipedia|国際宇宙ステーション長期滞在一覧
小原健右,大鐘良一(2016),『若田光一 日本人のリーダーシップ』,光文社新書.
山口周(2017),『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』,光文社.
パーソルラーニング株式会社|最高のリーダーの発掘
JAXA|金井宣茂の「宇宙飛行士・修行日誌」 その7「訓練先は、・・・水の中!?」
三菱電機|日本人初、若田船長が実践する「和のリーダーシップ」とは?
【ライタープロフィール】
渡部泰弘
大阪桐蔭高校出身。テンプル大学で経済学を専攻。外出時は常にPodcastとradikoを愛用するヘビーリスナー。