仕事をしているとき、「上司や同僚とのコミュニケーションがうまくいかない」「どうしてあの人にはできて自分にはできないのだろう」などと感じることはありませんか?
そこにはたしかに、実際のスキルが不足しているといった問題もあるでしょう。しかし、もっと根本的な部分に目を向けてみると、「メタ認知能力の低さ」が原因になっているかもしれないのです。
メタ認知能力とは、そもそも何なのか。メタ認知能力が高い人と低い人とでは、どんな差が生まれるのか。そして、どうすれば高めていけるのか。以下で詳しく見ていきましょう。
メタ認知能力とは “自分を客観視できる” 能力
このメタ認知という概念は、1970年代に発達心理学の分野で生まれました。最近では耳にすることも多くなりましたが、はたして、このメタ認知能力とはどんな能力なのでしょうか?
独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センターの入來篤史氏が担当編集を務めた記事では、次のように解説されています。
自己の認知活動(知覚、情動、記憶、思考など)を客観的に捉え評価した上で制御することである。「認知を認知する」 (cognition about cognition) 、あるいは「知っていることを知っている」(knowing about knowing) ことを意味する。またそれを行う心理的な能力をメタ認知能力という。
(引用元:脳科学辞典|メタ認知 ※太字は筆者が施した)
「もうひとりの自分が、高い場所から自分を眺めている」感覚をイメージすればわかりやすいでしょうか。自分の現状や感情について、自分が客観的に観察しているような状態です。さらに、この客観的に自分を見る力を使って行動を変えていくといったことも、メタ認知能力に含まれます。
たとえば、前日の仕事の疲れを引きずりながら仕事をしているとき。メタ認知能力の低い人は、「なんだか不調だな……」とぼんやり感じるだけで、それが前日の疲れだとは自覚できずに、無理な労働を続けてしまいます。
一方で、メタ認知能力の高い人は、「この疲れはきっと、昨日夜遅くまで頑張りすぎたせいだな……」などと感じ取れます。そのため、疲れをとるために休憩を挟んだり、残業を避けて早めに帰宅したりするなど、そのあとの行動を変えて自分自身を管理できるのです。
そしてほかにも、メタ認知能力の高い人と低い人とで大きな差が現れる場面が、いくつもあるようですよ。
【大きな差1】メタ認知能力が低い人は「ミス」が多い
ANAの整備士として働き、現在はANAビジネスソリューションで「ヒューマンエラー対策研修」の講師をしている中村恒徳氏は、ミスを起こしやすい人の共通点として「メタ認知能力の低さ」を指摘しています。
たとえば、仕事で作成した書類に「ミスがたくさんあった」と上司から注意を受けたとしましょう。このとき、メタ認知能力の低い人は「時間がなかったから仕方ない」「自分のせいではない」などと自分の欠点を受け入れず、改善しようとはしません。自分を客観視することができていないからです。
一方で、メタ認知能力の高い人であれば、自分がなぜ怒られているのか、なぜ注意を受けているのかを冷静に把握しようとします。その結果、「自分は注意散漫なところがあるんだ」と自身の傾向や癖を受け入れ、念入りなセルフチェックを行なったり、注意の必要な作業には慎重に取り組んだりしようとするのです。
このように、メタ認知能力を働かせることで、ミスの繰り返しを未然に防ごうと心がけることができます。
【大きな差2】メタ認知能力が低い人は「過大評価」しがち
1999年にコーネル大学(アメリカ)のデイヴィッド・ダニング氏とジャスティン・クルーガー氏が定義した「ダニング=クルーガー効果」をご存じですか。これは、能力の低い人が、実際よりも自分自身に高い評価を行なってしまう優越の認知バイアスのこと。
自分の実力やキャパシティではとうてい無理な依頼を、つい「やります」と引き受けてしまう。上司から業務内容を説明されて、理解が不充分なまま「わかりました」と言ってしまう。こういったこと、皆さんにもありませんか。
これらも、自分自身を客観視できていない証拠。メタ認知能力が低い人は、自身の能力を過大視してしまう傾向にあるのです。これでは、自分を追い込んでしまいかねません。
【大きな差3】メタ認知能力が低い人は「対人関係」が下手
仕事でのストレスや悩みは、なにも仕事そのものに関したことだけではありませんよね。「上司との付き合い方」や「同僚とのコミュニケーション」など、対人における問題を抱えている方も多いのではないでしょうか。
ここでも、メタ認知能力が低いと厄介なことに。メタ認知能力の低い人は、自分自身を客観視することが苦手なため、こと対人関係において、感情にとらわれがちになるのです。
たとえば、新しいプロジェクトを立ち上げるときの会議での場面。思いがけず反対意見をもらったとき、それを自分に対してのネガティブな評価だと受け止め、感情的な態度をとってしまいます。冷静に、今がどういう場面なのか、相手はどう考えているのか、そして今の自分の状況を、俯瞰して見ることができないためです。
ところが、メタ認知能力の高い人は、自分の考えに客観性を持つことが得意なので、「ここは会議」であり、「この意見は、この時間を建設的なものにするためのものだ」と判断することができます。そしてもし、議論している相手から挑発的な言動をとられたとしても、「相手は何を考えているのか」「どういう態度で接すればいいのか」と、相手を思って配慮を想像することができるのです。
毎日の「一行日記」でメタ認知能力は高められる
それでは、このメタ認知能力は、具体的に何をすれば高めていけるのでしょうか。
株式会社ネットマン代表取締役社長であり、行動変容の専門家でもある永谷研一氏は、毎日の振り返りに「一行日記」を書くことをすすめています。やり方は、毎日、自分の気持ちを感情のマークで表し、隣にその理由を一行で短く書き記していくだけ。とてもシンプルですね。
たとえば、「今日はプレゼンがうまくいって嬉しい」と感じたのならば、にこにこしている表情のマークを。「繁忙期にもかかわらず、業務でミスをしてしまった……」と落ち込んだのならば、泣いている顔のマークを。上司から急に仕事を振られてイライラしたならば、怒っている顔のマークを。もちろん、理由を一行書くことも忘れないでください。
(画像は筆者にて作成)
これを毎日続けておくと、あとで振り返ったときに気づきを得ることもできます。
たとえば、1ヶ月前の日記を振り返ると、泣いている顔が続いている……。理由を読むと、「新しいプロジェクトに慣れない」「残業をしてしまった」「ミスを連発してしまった」などと書いてあります。ところが、2週間前になると、泣いている顔が減り、怒りや笑顔のマークもでてきました。その理由は、思い通りに動かない部下への怒りだったり、上司から「頑張っているね」の一言で励まされたことだったりするかもしれません。そして今、日記を読みながら振り返ると、ここ1週間くらいは笑っている顔が続いています。
すると、「自分は新しい仕事を任せられると混乱するんだな」という自身の傾向に気づき、さらにどのくらいの期間で自分は新しい仕事に適応できるのか、おおよその目安も知ることができるのです。
永谷氏はこう述べています。
このように人間は、何かあったときに「感情」がわき起こりますが、なぜそのような感情になったのか、冷静にその理由を考えることで、感情と認知を分けることができるのです。(中略)成果を出す人は、必ず経験から学んでいます。一度立ち止まり、考えてから、前に進みます。経験したことを、よりよくしようと磨き上げているのです。私たちが成長し、自己実現を果たすために「振り返り」は欠かせないステップなのです。
(引用元:ダイヤモンド・オンライン|感情に振り回されたくない人が実践すべき「一行日記」とは? ※太字は筆者が施した)
一行日記を書き、その日を思い返す。そして、少し期間を置いて振り返ってみる。こういった行為を繰り返すことで、自分自身をより知ることができるでしょう。それは同時に、「客観的な自分」というメタ認知を養うことにもなります。そして、振り返りで感じたこと、気づいたことから学び取り、自分の行動を変え、メタ認知能力を高めることができるのです。
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メタ認知能力は、ビジネスパーソンとして欠かせないスキルのひとつです。適切な自己認識を持つことで、成功への歩みが着実となり、よりいっそう理想の自分へと近づくことができるでしょう。
(参考)
脳科学辞典|メタ認知
マイナビニュース|人はなぜミスをするのか? - 元ANA整備士に聞く、ミスの起こらない組織とは
現代ビジネス|なぜ能力の低い人ほど自分を「過大評価」するのか
野村證券|【メタ認知特集:前編】今話題の“メタ認知”。仕事に活かせる3つの理由とは?
ダイヤモンド・オンライン|感情に振り回されたくない人が実践すべき「一行日記」とは?
【ライタープロフィール】
青野透子
大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。