終身雇用制や年功序列制が崩壊したと言われ、ビジネスパーソンどうしの競争が激化しているなか、「ストレス」を抱えている人は多いものです。心に余裕をもてなくなっている人もいるでしょう。
そんなストレスに対処する力として、「首尾一貫感覚」というものを研究しているのが、ストレスマネジメント専門家の舟木彩乃さん。首尾一貫感覚を構成する「3つの感覚」を高める方法を教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
舟木彩乃(ふなき・あやの)
千葉県出身。ストレスマネジメント専門家。公認心理師。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。一般企業の人事部で働きながらカウンセラーに転身。その後、病院(精神科・心療内科)などへの勤務と並行して筑波大学大学院に入学し、2020年に博士課程を修了。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」。これまで一般企業や中央官庁、自治体などのメンタルヘルス対策や研修に携わり、カウンセラーとしての相談人数は延べ1万人以上。ストレスフルな職業とされる議員秘書のストレスに関する研究で知った「首尾一貫感覚(別名:ストレス対処力)」に有用性を感じ、カウンセリングに取り入れている。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)、『「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法』(河出書房新社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
首尾一貫感覚を構成する「3つの感覚」
私が研究を続け、カウンセリングにも活かしているものが「首尾一貫感覚」という力です。首尾一貫感覚は、「ストレス対処力」という別名でも呼ばれることもあり、まさしくストレスに対処するための力のこと。もう少し踏み込んで言うと、「大変な仕事やしんどい人間関係、ストレスフルな出来事があっても、明るく健康に生きる力」を意味します。
そして、首尾一貫感覚とはひとつの力ではありません。「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」という3つの要素から成り立っています。把握可能感とは、自分の置かれている状況や今後の見通しについて「だいたいわかった」と思える感覚を意味します。
2つめの処理可能感は、「なんとかなる」と思える感覚のこと。しかし、自分の手になにも武器がないのに「なんとかなる」とはなかなか思えません。人脈や知力、あるいはお金など、問題に対処するために役立つであろう資源をもっていると思えることで、「なんとかなる」とも思えるようになります。
3つめの有意味感は、「どんなことにも意味がある」と思える感覚のこと。どんなに困難な問題にぶつかっていたとしても、「これを乗り越えたら大きく成長できるはずだ」など、「この苦境にも意味がある」と思えることで、前進する力を手にできます。
ただ、もう少しつけ加えるなら、「このことには意味がない」と思えるのも有意味感であると考えます。ありとあらゆる問題をすべて解決しようとすると、多大な労力や時間が必要となります。そこで、「このことには意味があるからしっかり取り組もう」と思う一方、「でも、こっちは意味がないから取り組むのはやめておこう」というように判断するのも大切なのです。
転職や異動したばかりの人は、把握可能感が低下しがち
ここからは、3つの感覚それぞれについて、「その感覚を高めたほうがいい人」と、その感覚を高めるための方法を解説していきます。自分にも当てはまるという人は、ぜひその方法を試してみてください。これまでよりストレスに対してずっと強く、そして生き生きと毎日を過ごせるようになっていくはずです。
まず、「だいたいわかった」と思える把握可能感を高めるべき人は、転職や異動をしたばかりの人や新入社員です。事前に確認できていればいいのですが、そういう人は、どうすれば新たな職場で評価されるのか、昇進できるのかといったことが見えない状況に置かれることも珍しくありません。すると、先の見通しが立たず、「だいたいわかった」という把握可能感が不足してしまうことになるのです。
いまは転職がまったく珍しくない時代になりましたから、そのような悩みを抱えている人も増えていると推測します。職場環境が変わったときには、評価基準を上司とともに確認して共有しておくことが大切です。
続いて、「なんとかなる」と思える処理可能感を高めたほうがいいのは、常にストレスを感じている人です。私がカウセリングを行なう人のなかにもストレスを感じやすい人は多く、そういった人は自分がストレスを感じていることやその原因は自覚しています。
そのため、たくさんの愚痴をこぼすのですが、それらのストレスへの自分なりの対処法はまったく把握していないことがほとんどです。なにをしているときが楽しいだとか、休日にはこんな趣味でストレスを発散するのが自分にとっていいといった、いわば自分の取扱説明書をもっていないと言うとわかりやすいでしょうか。
処理可能感を高める「コーピング日記」
では、そのような人が処理可能感を高めるにはどうすればいいかというと、まさに自分の取扱説明書をつくるのです。その方法が、「コーピング日記」というもの。「コーピング(coping)」とは、ズバリ「ストレスに対処する行動」意味します。
コーピング日記は、4つの質問に答えるかたちで進めます。
1. 出来事:どんなことがストレスですか?
2. 思いつくコーピング(ストレスに対処する行動)をいくつか挙げてみましょう
3. 2のなかでいますぐできるものを選びましょう
4. 3を実践して気持ちにどんな変化がありましたか?
以下に例を示しますので、みなさんもストレスを感じたときには自分なりにコーピング日記をつけてみてください。
【コーピング日記の例】
これを続けていくうち、自分のなかでストレス対処法の引き出しを増やしていくことができます。そして、同じような原因によってストレスを感じることがあった場合に、「前にもこういうことでストレスを感じたぞ」「あのときはこうしたらストレスを発散できた」と、すぐに対処法が見つかるようになるのです。
「ありがとう」の声に耳を傾け、自分の存在意義を感じる
最後の「どんなことにも意味がある」と思える有意味感を高めたほうがいいのは、会社を辞めようだとか、転職を考えている人です。もちろん、そんな人のなかには、前向きなステップアップのためにそう考えている人もいるでしょう。
でも、これまで多くの人をカウセリングしてきた経験のなかで、会社を辞めようとしている人には、遭遇した出来事や目の前の課題どころか、自分自身が生きている意味を感じられなくなっている人も多いのです。
そのような人が有意味感を高めるには、「自分がなにかの役に立った」とか「自分が誇らしい」と思える経験が欠かせません。仕事上で言えば、上司などから「よく頑張ってくれた」「ありがとう」と声をかけてもらえればベストですが、職場の人間関係によってはそれが難しいこともあります。
しかし、社会人として働いている以上、すべての人の仕事が誰かの役に立っています。あらゆる仕事は、どこかの誰かの悩み事の解決につながっているのです。そういう構造にあらためて目を向けてみてはどうでしょうか。たとえば、お客さまからのアンケートに目を通してみるのもいいですね。「ありがとう」の声に耳を傾け、自分の存在意義を感じられる経験をなるべく多く積み重ねてほしいと思います。
【舟木彩乃さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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