仕事の悩みとひとことで言っても、その中身は多種多様です。しかし、状況は違っても、多くの悩みの原因は「なんとかなる」と思える「処理可能感」の低下にある――こう語るのは、ストレスマネジメント専門家として数多くのビジネスパーソンのカウンセリングを行なってきた舟木彩乃さん。処理可能感を高めるためには、「人を頼る」のが鍵になるのだと言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
舟木彩乃(ふなき・あやの)
千葉県出身。ストレスマネジメント専門家。公認心理師。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。一般企業の人事部で働きながらカウンセラーに転身。その後、病院(精神科・心療内科)などへの勤務と並行して筑波大学大学院に入学し、2020年に博士課程を修了。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」。これまで一般企業や中央官庁、自治体などのメンタルヘルス対策や研修に携わり、カウンセラーとしての相談人数は延べ1万人以上。ストレスフルな職業とされる議員秘書のストレスに関する研究で知った「首尾一貫感覚(別名:ストレス対処力)」に有用性を感じ、カウンセリングに取り入れている。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)、『「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法』(河出書房新社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
まわりに「助けて」と言えないことが、仕事の悩みを生む
「処理可能感」とは、簡単に言うと「なんとかなる」と思える感覚のことです。しかし、なんの武器ももっていないのに、「なんとかなる」とは思いにくいでしょう。人間関係や知力、権力、あるいはお金など、問題に対処するための武器となってくれる資源をもっていると実感できることで、「なんとかなる」とも思えるようになります。
しかし、職場環境によっては、その資源を活用しづらいこともあるのが実情です。特に仕事において重要な資源は、人間関係です。もちろん業種や職種にもよりますが、企業に勤めている一般のビジネスパーソンの場合、その多くがチームで仕事を進めます。ひとりだけで仕事をしているという人はそう多くありません。
ですから、本来であれば、ひとりでは対処できない課題に直面したときには、チームの誰かに助けてもらって課題を解決します。しかし、勤務先が非常に多忙な環境であったらどうでしょうか。
ほかのメンバーが忙しく仕事をしている状況を見れば、「助けてほしいとはとても言えない」と遠慮することになりますし、仮に「助けて」と言えたとしても、まわりからは「助けている場合じゃない」と、助けの手を差し伸べられないといったこともあるはずです。
あるいは、競争が激しい職場もあります。チームのメンバーどうしでありながら、ライバルどうしでもあるという状況のため、やはり「助けて」とは言いづらいですし、まわりから協力してもらえるとは限りません。そうして、「助けて」と言えないことが積み重なり、最終的に「なんとかなる」と思えなくなって多くのストレスを抱え込んでしまうのです。
完璧主義の人は、処理可能感を下げてしまう
そういう人であれば、転職を考えるのも有効な手です。ただし、ここまで述べたような職場環境の問題とは別の要因によって、処理可能感を低下させてしまっている人もいます。このケースの要因は、その人自身です。
じつは、完璧主義の人は、処理可能感を下げてしまいがちなのです。完璧主義の人のなかには、いわゆる優秀な人が少なくありません。優秀であるからこそ、「ひとりでなんとかしよう」というふうに考えてしまうのです。
もちろん、優秀な人ですから、学業成績だってすばらしかったことでしょう。学生時代までの勉強であれば、ひとりでどうにかできたのかもしれません。ところが、勉強の能力が高いからといって、仕事でも大きな成果を挙げられるとは限りません。
すると、社会に出て初めて大きな壁にぶつかります。でも、その人は過去に誰かを頼ってきた経験がないため、誰かを頼ることができないという悪循環に陥ります。
しかも、完璧主義という思考そのものが、人を頼ることを邪魔します。完璧主義ゆえに「100かゼロか」という思考をもち、仮に誰かに助けを求めるにしても、自分の要望に対して「100%応えてほしい」と相手に求めてしまいます。
でも、それぞれが忙しく仕事をしているなかで、要望に都合よく100%応えられる人などそうはいません。そうして、「どうせ100%応えてくれないのなら、最初から人に頼るのはやめよう」と、ますます周囲に助けを求められなくなっていくのです。
人を頼ることができない人に足りないのは、「慣れ」
そのような人がまわりを頼って処理可能感を回復していくには、とにかく誰かを頼ることに慣れていくしかありません。いわば、荒療治です。そうするなかで、もちろん助けてもらえないときもあるけれど、助けてもらえることもあるという経験を積み重ねるしかないのです。
そのヒントとなるのは、「論理療法」という心理療法で有名なアメリカの臨床心理学者、アルバート・エリスのエピソードです。エリスは、10代の頃、女性を目の前にすると顔が真っ赤になって声も出ないような、もともと極度の人見知りで女性不信でした。それは、彼の性格の根本にあった「人に拒否されたらおしまいだ」という思い込みと深くつながっていました。当時の行動療法をヒントに、そんな自分をなんとか変えたいと挑んだのが、1か月で100人の女性をナンパするということ。彼は、行動パターンを意識的に変えることに踏みきりました。20代のときだったそうです。その結果は、残念ながら全敗でした。
ところが、そのナンパの最中に、たしかに自分の成長を感じられたのだといいます。何度もフラれるうち、「女性にフラれたって、恐ろしいことはなにも起こらない!」「フラれたって、人生を楽しめる!」と思えるようになったのです。なぜ彼はそう思えるようになったのでしょうか? その答えこそ、「慣れ」です。
人を頼って断られること、あるいは人を頼ること自体を恐れている人に決定的に足りないのは、慣れでしかありません。助けを求めて応えてもらえることもあれば、断られることもあります。いずれにせよ、そんな経験に慣れていくしかないのです。
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