著作権が切れた書籍を電子化し、インターネット上の図書館となっている青空文庫。 そのアクセスの手軽さから読書好きに絶大な人気を誇っています。 最近はスマートフォンの普及によって一層読みやすくなったわけですが、今回は普段あまり読書をしない人のために青空文庫で読めるおすすめの小説を紹介します。 青空文庫が読書に目覚めるきっかけになってくれると嬉しいです。
夏目漱石『三四郎』
東京の大学へ入学を契機に地元熊本から上京した三四郎は、今まで自分がいた世界と東京で体感する新しい世界の違いを目の当たりにしました。 友人や先生らと交流しつつ、ある女性に恋をした三四郎は「ストレイシープ」という有名な言葉のように生き方を模索していきます。 ともすれば淡白に見えるかもしれない恋愛ですが、思わせぶりな彼女に対して現代の日本人が失ってしまった奥ゆかしさをもって彼は接します。 恋愛小説が好きな人は間違いなくこの清々しいけれど切ない恋の虜になるのではないでしょうか。 100年前の恋愛を垣間見ることができる名作中の名作です。 ちなみに東京大学の池の名前の由来にもなりました。
芥川龍之介『羅生門』
平安時代、天変地異が襲って荒廃した京都で暮らす下人は、主人に暇を告げられ降りしきる雨の中羅生門で雨宿りをします。 このまま餓死するか、それとも盗人になって生きながらえるか迷っていた彼は、楼閣の上で死体の髪を抜いて鬘を作ろうとする老婆に出会いました。 生前は悪人だったこの死体の主をどうしたって構わないという姿勢の老婆を前に彼は盗人になる決意をし、老婆の着物を剥いで逃走します。 高校の現代文の教科書で読んだことがあることが多いと思います。 「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ」という言葉が有名ですが、その元になった本がこの『羅生門』です。 短いのですぐに読めるおすすめの一作です。
太宰治『人間失格』
3編の手記を中心に構成されるこの小説は、自分が幼少の頃から人と感覚が異なっていることがコンプレックスで、人間に対する最後の求愛の形が道化を演じることだと結論付けた主人公の語りから始まります。 彼は幸福や自らのコンプレックスのからの解放を求めて酒やタバコや左翼思想、果ては病気を原因に麻薬に溺れていき、精神状態はさらに荒廃していきます。 結局、他者から狂人というレッテルを貼られた主人公は自らをもって人間を失格したとし、廃人となって終わるという物語です。 「恥の多い生涯を送って来ました。」という語りから始まる本編は人間の自己愛や自我を描いた名作で、永遠の人間のテーマを投げかけてくれているような気もします。 読み終わった後で、長い思索に耽ってみるのはどうでしょうか。 余談ですが日本で二番目に売れている小説だそうです。
堀辰雄『風立ちぬ』
主人公の婚約者の節子は重い結核のせいでサナトリウム(療養所)に入院します。 かなり重い病状もあって療養所を離れられない彼女に対して、主人公は付き添いながら愛を育みます。 日に日に近づく死を前にして覚える生の実感が、彼らの会話を通じて繊細に描かれています。 宮崎駿監督の『風立ちぬ』で再び脚光を浴びたこの小説ですが、映画はこの話に零戦を生み出すという堀越二郎のエピソードを付け加えてできたものです。 生の感覚や幸福というものが透明感をもって描写され、ここまで読者の心に響いてくる小説もなかなかないと思います。 上で紹介した『三四郎』とは違った形の恋愛小説で、二人の間に確かに存在する愛を柔らかく描写した名作です。
吉川英治『宮本武蔵』
最後は少し毛並みを変えて、エンターテイメントです。 江戸期の剣豪宮本武蔵がどのような生涯を送ったのか、万人に楽しめるように描かれています。 時は関ヶ原、天下に名をなすには戦いに勝つしかないという時代から、安定した江戸時代への変遷の過渡期です。 武蔵はこの過渡期の中で自分がどう生きて成長するのか、あらゆる苦難を乗り越えながら悩みます。 武蔵と仲のよい又八は対照的にちゃらんぽらんで、武蔵の想い人であるお通は美しくも武士のように絶対に筋を曲げません。 彼らに囲まれながら宮本武蔵がその名を天下に轟かすまで、息も止まらぬ楽しさで進んでいくので、面白いこと間違いなしです。 井上雄彦が描く漫画『バガボンド』の原作にもなっています。
*** 青空文庫は前述した通り、全て無料で読むことができます。 上に挙げたもの以外にも、この電子図書館で読める本は限りがありません。 今回紹介した中で特におすすめなのは最後の『宮本武蔵』です。 80年前に書かれたとは思えないほどの面白さで、まさに大衆文学の代表作といったところなので、いわゆる純文学から入るのを苦とする人はこちらから読み始めてはいかがでしょうか。