交渉を行い、自分と相手の中でより良い妥協点を見つける。そんな局面が、人生の様々な場面において必ず付きまとってきます。勤務先で給料の引き上げ要求を行うこと。ビジネスを行う際に仲間との分け前を決めること。パートナーと子育てや家事を分担すること……。
しかし、対立を良しとしないのが日本の文化的特徴。このような局面で、つい交渉を避けてしまう人はいることでしょう。無茶な要求だと思われて相手が機嫌を損ねるかもしれない、といった考えはいつも頭をよぎるもの。また、いざ勇気を出して交渉をしようとしても、どう自分の要求を通したらいいのかがわからず、結局相手のいいようにされてしまう、ということもあるかもしれません。しかし、交渉を避け「なんとなく」で決定することのコストは、時に取り返しのつかない歪みとなってあなたを襲うことでしょう。
このように、交渉に対し苦手意識を持っている方に向け、今回の記事では交渉に必要な技術とマインドセットについて解説したいと思います。
BATNAとZOPA
「タフなネゴシエーター」として紹介される人がいたとしたら、あなたはどのような人を想像しますか。体格もよく自信に満ち溢れ、見るからにタフそうな人物を想像する方は少なくないのではないでしょうか。確かにそういう人もいるのかもしれませんが、現実には、気の弱そうに見える人物が意外と交渉上手な場合もありますよね。自己主張がそれほど強くないように見える同僚が、思いのほか交渉術に長けていることもあるでしょう。もちろん、交渉の上手下手と体格にも関係はありません。
こうした交渉上手な人たちに共通するのが、交渉のためのいくつかの重要な原則をおさえていること。それは、BATNA(バトナ)とZOPA(ゾーパ)です。まずは、BATNAについて説明します。
BATNAとは、交渉相手から提示されたオプション以外で、最も望ましい代替案(Best Alternative to Negotiated Agreement)のこと。
(引用元:グロービス経営大学院|MBA用語集 BATNA)
これをわかりやすく言うと、相手が要求してきたことではなく、交渉に先立って用意した代案の中で自分にとって最も利益が大きくなるもののことをBATNAと呼びます。
つづいてZOPAです。
ZOPAとは、交渉が妥結する可能性のある条件範囲。Zone of Possible Agreementの略。
(引用元:グロービス経営大学院|MBA用語集 ZOPA)
何かを値切って買う場面を例にして説明すると、相手の「これ以上なら売ってもいい」と自分の「これ以下なら買ってもいい」が重なる部分のことをZOPAといいます。最終的な価格、つまり交渉による結論はこのZOPAの中に納まるのです。
では、実際の交渉にはこの二つの原則がどのように関連するのでしょうか。
交渉は相手を知ることがすべて
交渉のプロセスは、BATNAとZOPAという二つの概念に集約されます。このことについて、例を用いながら解説していきます。
あなたは特定の領域における高い知見と人脈を持っている求職者。複数の会社から内定をもらっていますが、なかでもA社に入社したいと大方決心がついているとしましょう。そんなとき、辞退の連絡をするつもりのB社から面談をしてほしいとの連絡が来ます。B社の採用担当者は、待遇をよくするからぜひともうちに来てくれというのです。その言葉に心が揺らいだあなたは、試しに交渉してみようという気になります。このとき、あなたはどのように交渉をすればよいのでしょうか。
最初に思い出してほしいのがBATNAです。まずはあなたのBATNAについて考えましょう。あなたは現在、待遇次第ではB社に入ってもいいと考えています。しかし、その待遇が期待を下回ればその要求を拒否し、もともと行こうと思っていたA社に入ることになります。この、A社に行くという選択肢があなたにとってのBATNAです。
次はB社にとってのBATNAを考えます。B社には、お金を積んであなたを雇う、あなたをあきらめてもっと安く雇える別の人を雇う、といった選択肢があります。B社にとってのBATNAは、あなたをあきらめて別の人を探すという弱いもの。
このようにみてみると、両者がそれぞれの条件についてどれくらい譲れるのかが明らかになります。これはすなわち、ZOPAが明らかになっているという状況なのです。
悪いBATNAしかもっておらず弱い立場にあるB社にとっては、再びリクルーティングを行うコストや、得られたかもしれない利益を競合に譲るリスク等を考え、あなたを高値で雇いたいはず。一方、交渉上強い立場にあるあなたは、よほどのことがない限り就職先は変えなくてよい状況にあります。そのことを踏まえると、休暇やボーナス、出勤時間などについてかなり強気に交渉することができますね。このZOPAの中で相互が納得できるラインを探ることで、最終的に交渉がまとまるわけです。
しかしこの例の裏を返すと、もしあなたが弱いBATNAしか持たず、相手が優位にある場合には自分のBATNAを決して悟られてはならないということ。自分のBATNAと相手のBATNAをよく見極め、それにふさわしい対応をすることが、交渉をうまく進めるカギとなるのです。
交渉が怖いというあなたに
交渉がうまいというのは、強気な性格であるとか話術に長けているといったことだけによるものではありません。BATNAとZOPAという二つの原則をおさえて合理的に交渉を進める、というのが交渉上手になる秘訣です。Win-Winの中でもより大きなWinを引き寄せることができるようになるでしょう。
しかし、いくら原則をおさえたとはいえ、こうした交渉をするのはやはり気が引ける、という方は多いと思います。そんなあなたに伝えたいのが、「自分は誰かの代理として交渉をしているのだ」と思うという方法です。これは、自分の個人的な問題についてではなく、顧客の代理人として交渉を行うということ。あなたは代理人として、顧客のためになるべく有利な条件を引き出す役割を担っているのだと仮定するのです。
自分のことについて交渉しているのではなく、誰かの代わりに交渉しているのだと考えるだけで、交渉に対する心理的なハードルが下がるでしょう。多少強欲に感じられる要望であっても、堂々と突き通すことができるはずです。
*** 交渉術は、ビジネスをはじめとする様々な局面で重要なスキルです。ここで紹介したスキルを基本として戦えば、必ず交渉力は鍛えられるはず。苦手意識を払拭し、交渉上手を目指してください。
(参考) 瀧本哲史(2012),『武器としての交渉思考』,講談社. グロービス経営大学院|MBA用語集 BATNA グロービス経営大学院|MBA用語集 ZOPA ビジネスを面白くするナレッジライブラリ GLOBIS知見録|交渉術とは?交渉に必要な「BATNA」と「RV」