不満といったネガティブな感情を抱くことは、仕事にはつきものです。しかし、なかには、同じ仕事にも生き生きと幸せそうに取り組める人もいます。日本における幸福学研究の第一人者である前野隆司先生(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、武蔵野大学ウェルビーイング学部学部長)は、両者の違いとして「視野の広さ」を指摘します。せっかく仕事をするのなら、幸せな状態で取り組みたいもの。幸せに働ける人になるためのコツを教えてもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
前野隆司(まえの・たかし)
1962年1月19日生まれ、山口県出身。1984年、東京工業大学工学部機械工学科卒業。1986年、東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年、キヤノン株式会社入社。その後、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。2024年より武蔵野大学ウェルビーイング学部学部長・教授兼任。研究領域は、ヒューマンロボットインタラクション、認知心理学、脳科学、イノベーション教育学、創造学、幸福学、哲学、倫理学など。『60歳から幸せが続く人の共通点』(青春出版社)、『幸福学の先生に、聞きづらいことぜんぶ聞く』(大和書房)、『幸せな大人になれますか』(小学館)、『ディストピア禍の新・幸福論』(プレジデント社)、『幸せな孤独』(アスコム)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
視野が狭い人は、仕事に「やらされ感」を覚える
普段の仕事に対してつらさや不満を抱いてしまう――つまり、不幸せな状態で仕事をしている人には、「視野が狭い」という特徴があります。
かなり骨が折れるにもかかわらず今日中に終わらせないといけない仕事があるとします。視野の狭さゆえにその作業量の多さだけに目が向かうと、「これはキツそうだ……」「どうしてこんな仕事をしなければいけないんだ……」と、そこに「やらされ感」が生まれます。
やらされ感は、「主体性」の反意語と考えていいでしょう。幸福学において、主体性と幸せの関連性は非常に強いものだと考えられています。主体的に生きている人は幸せなのです。人間は、なにをするにも主体的に自己決定したことなら、意欲的に取り組めます。そうして、幸せになれるのです。
主体的に生きていない人は、言葉は悪いですが奴隷のようなものと言っていいでしょう。自らが決めるのではなく、誰かに命令されてやりたくもないことをやる奴隷のような人生が幸せなはずはありませんよね。
一方、視野が広い人は、先の例のような困難な仕事をやるのでも、その仕事の先に目を向けることができます。「この仕事がよりよい製品をつくることにつながる」「最終的にはたくさんの人に喜んでもらえる」「自分は世のなかのために役立っている」「地味かもしれないけれどいい仕事をしているじゃないか」ととらえられ、主体的に仕事に臨めるのです。
好きな趣味と同じように仕事に取り組む
ほかにも、幸せに働くために実践したほうがいいことを紹介しましょう。いま挙げた「視野を広げる」ことにつながるもので言えば、「仕事の意義や改善法について同僚とコミュニケーションをする」というものがあります。
同僚との仕事に関するコミュニケーションは、愚痴や悪口ばかりになりがちです。「上司がムカつく」「こんな仕事、やってられない」などネガティブなコミュニケーションを繰り返してしまうと、どうしてもやらされ感を覚えてしまいます。
そうではなく、仕事の意義や改善法について話すのです。そうすることで、より主体的に仕事に関われるようになり、幸せを感じられるというロジックです。
これは、仕事以外の場面だと自然にやっている人も多いものです。プライベートで草野球などのチームに所属している人なら、「次は絶対に勝つぞ!」「そのためにはどうしたらいいだろう?」といった会話をチームメートとしているのではありませんか? その会話は、まさに幸せに直結する行為です。
ところが、仕事となるとそうしない人が多いのです。でも、それは本当にもったいないこと。みなさんも、そもそもは自分で選んだ仕事に携わっているはずです。もちろん挫折して本当にやりたかった仕事には就けていないという人もいるはずですが、とりうる選択肢のなかから自分にとって最善だと思われる仕事を自ら選んだはずです。ベストではなくともベターな、自分が好きな仕事を選んだのです。
そうであるなら、スポーツなど好きな趣味と同じように取り組んではどうですか? しかも、趣味と違って仕事の場合は給料だってもらえます。私としては、こんなにお得で幸せなことはないと思っています。
同僚と自己開示をし合い、心理的距離を縮める
また、趣味つながりで言えば、「同僚の趣味を掘り下げる」のもおすすめです。「オン・オフ」という言葉もあるように、多くの人が仕事とプライベートを完全に分けて考えがちです。そのため、同僚に対しては「仕事のメンバーだから、仕事の話をしなければならない」と考えますが、趣味をはじめプライベートの話もすればいいのです。
そうしてほしい理由は、脳が錯覚するからです。脳は意外と単純にできています。仕事の話をすると相手をただの仕事のメンバーだと思いますが、プライベートの話をすると相手を友人だと錯覚するのです。
そのように自己開示をし合うことで相手との心理的距離が縮まり、それによって自分のなかでの安心感が増し、結果として幸せな気分になることができます。
ポイントは、自分を知ってもらおうという気持ちと、相手を知ろうとする気持ちの双方をもつことです。自己開示するだけでは一方的に自分語りをするだけになり、相手からうっとうしく思われかねません。
話をうまく聞けない、上手に質問できないという人は、まずなによりも相手に好奇心をもちましょう。傾聴のベースにあるのは相手に対する好奇心であり、その起点は相手の話をおもしろがることです。相手の長い話も「面倒くさいな」「つまらないな」と思いながら聴くのと、「そんなに強い思い入れがあるのか」とおもしろがりながら聴くのでは、心理的距離の縮まり方が大きく違ってきます。
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