言語力、という言葉を聞いたことがありますか?
英語をペラペラ話せる能力ではない。 超長い論文をスラスラ書ける能力でもない。 初対面の人と簡単にコミュニケーションが取れる能力でもない。
じゃあ一体、何?
今日はそんな「言語力」の秘密に迫ってみたいと思います。
言語力って一体何??
「言語力」という言葉自体初耳だ、なんていう人も多いでしょう。それもそのはず。 これ、そもそも文部科学省で提唱された造語なんです。
始まりは2006年。
日本人は外国人に比べ、圧倒的に議論に弱い。 さらに、論理的に話したり、書いたりする技術が劣っている。
そんな指摘が「言語力育成協力者会議」においてなされました。 これは単なる読み書き能力の問題ではないのでは…そういう話になったのです。
読み書き自体の能力は、学校の科目で言えば、いわゆる「国語」の範囲。 でも、国語だけじゃない。
たとえば社会科なら、どうしてその時代にそんな出来事が起こったのか分析する能力。たとえば理科なら、実験レポートや観察レポートのとき、仮説を立てそれを論証する能力。たとえば音楽なら、聴くだけじゃなくそれを分析しながらする能力。
もっと言えば、社会に出たとき。的確に議論を進めたり、相手と交渉したりする能力。
こうした人間としての総合的な能力、
学校教育のすべての科目を通じて個人の自己表現、他者理解、共同生活の能力を助長することを目的として、狭い意味の国語力にとどまらないコミュニケーション能力、思考力
(参考:文部科学省|言語力育成協力者会議(第1回)議事要旨)
それが言語力なんですね。
教育現場が「言語力」でアツい!!
この言語力、一朝一夕で身につくものではありません。
当たり前ですよね。自己表現に他者理解、深い思考力。こういったものがすぐに身につくなら、学校教育なんて必要ないですから。言語力は、小さいころから少しずつ訓練して初めて実践的に使えるようになるんです。
現在、教育の場では「言語力」を養成できるような様々な試みが始まっているところ。
例えば東北大学の邑本氏は、小学生向けのワークショップを行い、コミュニケーションの本質を説く授業を行っているんだとか。ことばを使ったいわゆる「コミュニケーション」だけでなく、劇団の方を招いて、言葉に頼らないやりとりの方法を学んだりもするそう。
他にも、医学生にどんな状況でも対応できるようなコミュニケーション能力を身につけさせるプログラム、ディスカッションやディベートを中心とした大学生向けの英語の授業など、非常に多種多様な方法で「言語力」育成が試されているのがわかります。
大事なのは「客観的な視点」
でも、ちょっと待って。
学生のみなさんは、いいかもしれません。でも社会人の方は?もう学校教育を修了してしまったから、言語力を身につけることはできないのでしょうか。
そんなことはありません。 日常生活の中でも、意識することで「言語力」を鍛えることは可能なのです。
今までご紹介してきた試みは、全てコミュニケーションを考える、というところからスタートしていました。
そもそも言語力という言葉が提唱された文部科学省の会議でも、まず二人以上の人間が行うコミュニケーションの観点から話が進められています。
大事なことは,自分が「客観的」だと思い込んでいる判断を一時中止し,肯定もせず,否定もせず,一時的に物事を肯定と否定の両方から「主観的に」捉える。そして,主観的あるいは客観的に物事を見る両方の見方を子どもたちに意識的に使い分けさせ,このプロセスの客観性が言語を使いこなす上で非常に重要である。
(引用元:文部科学省|言語力育成協力者会議(第1回)議事要旨)
そう、コミュニケーションは、言語力の柱になるものなのです。
その中でも大事なのは、「客観的に考える」視点を常にもつこと。自分が絶対に正しい。このプランが最高だ…そういう風に決め付けず、一度相手の立場になって考えることが「言語力」に繋がってくるんですね。
議論の場。交渉の席。「なんでわかってくれないんだ!」とカッとなる前に。 自分を抑え、どう相手と折り合いをつけるかを考えてみましょう。
参考 福田由紀, et al. "E1. 実践を通してみる言語力の真の姿 (自主企画シンポジウム)." 日本教育心理学会総会発表論文集 54 (2012): 876-877.
文部科学省|言語力育成協力者会議(第1回)議事要旨