ノーベル物理学賞を東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章教授が受賞しました。受賞理由は、
for the discovery of neutrino oscillations, which shows that neutrinos have mass
(出典:Nobelprize.org(2015))
つまり、ニュートリノが質量を持つということの確固たる証拠である、「ニュートリノ振動」の発見のため。今回は、ニュートリノ振動とその発見が物理学に与えた影響についてお話ししたいと思います。
ニュートリノ振動とはなにか
ニュートリノとは、物質を構成する最小単位の一つです。 ニュートリノには本来3つの種類がありますが、今回はひとまず、2種類のニュートリノだけを考えましょう。 一方のニュートリノをA、もう一方をBとします。
まず始めにAがあります。時間が経過すると、このAは50%の確率でBに変化してしまいます。残りの半分は、何も起こらずAのままです。 もう少し長い時間をかけて観察してみると、A→Aの確率が30%、A→Bの確率が70%になることもあります。そして、さらに長くすると今度はA→Aの確率が70%、A→Bの確率が30%になることもあります。
このようにニュートリノAが変化する確率が上下動することを「ニュートリノ振動」といいます。
宇宙の起源がわかる!?
理論的に計算していくと、ニュートリノ振動が観測されると、ニュートリノの質量が0ではないことがわかります。 A→Aとなる確率Pを式で表すと次のようになります。
一見複雑そうに見えますが、意味だけを読み取ることは難しくありません。
sinと書かれているところは、確率が(波のように)上下動することを意味しています。sinのかっこの中に入っているtは時間であり、sinのかっこ内に入っていることからsinが時間に依存する、つまり確率の上下動が時間に依存することを示します。
またカッコ内のΔmはニュートリノの質量を表します。 もしΔm=0、つまりニュートリノの質量が0であるとするとsinのかっこ内は常に0になってしまいます。これはsinのかっこ内に変化が見られない、つまり確率が上下動しないことを示します。
今回、観測により、確率が上下動することが確かめられたので、Δmが0ではないこと、つまりニュートリノが質量をもつことがわかります。 このことは、ニュートリノの質量が0であることを前提にして作られた、素粒子の理論(標準理論)を修正しなければならないことを意味しています。
この素粒子の理論というのは、宇宙誕生の謎に迫ることのできる、非常に重要な理論です。つまり、ニュートリノ振動の発見は、宇宙誕生の謎の解明に寄与する大きな発見であったと言えるのです。
研究とは知の地平線を拡大すること
ここまで読んできて、「で、結局それは日常生活になにか役立つの?」と疑問に思う人も多いかもしれません。この疑問に対して、梶田教授は次のようにおっしゃられています。
「研究はすぐに役立つものではなく、いい言葉で言えば人類の知の地平線を拡大するような、そういう研究を個人の好奇心に従ってやっているような分野。純粋科学にスポットを当てて頂いて、非常にうれしい」
(出典:テレ朝news(2015))
同じことを梶田教授の師でありノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊東京大学特別栄誉教授も講演でおっしゃられていました。実際、純粋科学というものはなかなか応用には結びつきません。
しかし相対性理論がGPSに役立ったようにいずれ役立つ日が来ると思います。加えて、我々人類が知的生命体として生きている以上、知の歩みを止めるわけにはいかないと私は思います。祖先から受け継いだ知を進歩させ、次の世代へつないでいくこと、これも我々の重要な使命ではないでしょうか。
だからこそ今回の受賞は大変喜ばしいことであり、それが同じ日本人であることを誇りに思います。
参考文献 J.J.Sakurai,Jim Napolitano(2011),「現代の量子力学 第2版」,桜井明夫訳(2014),吉岡書店,pp.97-99. テレ朝news|ノーベル物理学賞 日本人が2年連続受賞の快挙 Nobelprize.org|The Nobel Prize in Physics 2015