数年前に登場し一世を風靡した『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』すなわち『もしドラ』の作者が送る、ドラッカーの著作『イノベーションと企業家精神』をわかりやすく解説した小説第二弾です。
故ドラッカー氏の原著ではやや抽象的な部分も、高校野球という私たちにわかりやすいシーンに落とし込んでくれてあるため、具体性をもって理解することができます。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』 岩崎夏海著 ダイヤモンド社 2015年
(以下引用は本書より)
本書では、主人公である夢と彼女の親友である真実が、部内でドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読みながらマネージャーとして野球部にイノベーションをもたらすことを目標にするという物語が展開されます。
イノベーションを生み出すことで競争しなくても勝てる野球部を創建する彼女らですが、本書の核心はドラッカーの考案した法則に従って物事を進めていく点です。
イノベーションの七つの機会
「さらに――」と、真実は続けた。「ドラッカーは、こう結論づけています」 この新しいものを生み出す機会となるものが変化である。イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである。(十一頁)
もしドラ第二弾のメインテーマと言える「イノベーション」ですが、そもそもイノベーションとは何たるかをわかりやすく高校の野球部の出来事に結びつけて説明しています。
意識的かつ組織的に変化を探すことこそがイノベーションと定義される一方で、ではこの変化はどのようなものなのかという疑問が生まれます。ドラッカーは、この変化を以下のように七つに分類しています。
第一 予期せぬことの生起 第二 ギャップの存在 第三 ニーズの存在 第四 産業構造の変化 第五 人口構造の変化 第六 認識の変化 第七 新しい知識の出現
字面だけを見ていてもなかなか理解できませんが、本書の素晴らしいところはこれらの変化それぞれを非常にわかりやすく具体例でもって説明しているところです。
例えば第二、三の「ギャップの存在」「ニーズの存在」ならば、「マネジメントを勉強したい」という思いをニーズと捉え、「にも関わらず高校にはマネジメントを学ぶ場所がない」という現状をギャップと捉えます。
そこでマネジメントを学ぶ場所として野球部を作り上げることで、ギャップとニーズの存在である「変化」を活かし「野球部でイノベーションを行った」ことになります。
野球部の民営化
本書の大きな骨組みである「イノベーションの七つの機会」に沿って物語が進みながら、企業家に必要な概念がいくつも登場します。
「この民営化について、ドラッカーはこんなことをいっているわ――」 われわれには、資本形成に資する事業、すなわち利益を上げる事業として組織できるものを、資本消費する事業、非営利の事業として運営する余裕はない。(百六十四〜百六十五頁) 「どういう意味?」 「うん。NTTも国鉄も、民営化されるまでは国民の税金で運営――つまり非営利の事業として運営されていた。でもドラッカーは、せっかく利益を上げられる事業なのに、それを非営利にしておくのはもったいない、我々の社会には、もうそんな余裕はない――といったの」
こうした概念を受け、夢と真実は「資本消費する事業」である学校の部活動を資本形成に資する事業に変えるため、野球部の民営化に取り組みます。
非営利の事業として運営されているものが必ずしも民営化して利益を上げる事業として組織できるわけではありませんが、企業家のひとつの着眼点のひとつとして有効であることをわかりやすく説明していますね。
マネジメントとは居場所を作ること
ドラッカーの『マネジメント』と元祖もしドラである『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』の内容を踏まえ、マネジメントに活かしているシーンも登場します。
「『人事』というから堅苦しく聞こえるけど、要は『居場所を作る』ってことなんだよ」
マネージャーそれぞれが役割を持って臨む野球部の中で、夢は人事担当になりました。環境や監督、それから選手の一人一人まで「マネジメント」しなくてはいけないわけですが、彼女にはいまいちどうすれば良いのかわかっていませんでした。
物語では前述の二冊の本の内容を紹介しつつ、夢がどのように野球部を「マネジメント」していけば良いのか、そして実際に「マネジメント」していくのかが語られています。
元祖もしドラを読んでいなくとも、第二弾を読むだけで触りがわかるようになっているのです。
イノベーションや企業家精神は実は身近なもの
企業家でも社会人でもない人間が読んだところで果たして面白いと思うのでしょうか。私も初めはそう思いました。
しかし実際に読んでみたところ、ドラッカーの考え方は現実社会にすとんと落とし込めるものばかりで、企業に全く関係ないところにたくさんのイノベーションの機会が転がっていることがわかります。
利益は別にお金だけではありません。中高生が部活動やクラス内での出来事に応用して、人生を豊かにすることにも繋がります。
本書の良いところは、一見すると自分と無関係そうなイノベーションと企業家精神が、実は非常に身近であることを教えてくれる点にあります。企業家精神を持って日々を生きることで、見えてくることがたくさんあるでしょう。
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イノベーションには年齢や社会的地位は全く関係ありません。本書は、企業家精神を心に灯し日々を生きることで現実が全く違った見え方をすることを私たちに教えてくれます。退屈な日々を色とりどりの毎日に変えるための視点が欲しい人は一見の価値ありでしょう。
扱っている内容自体は難しいものの、物語や文体自体は中高生にわかりやすく工夫されているので、イノベーションと企業家精神の初学者にももってこいの小説です。