人間だれしも幸せに生きたいもの。
怒りや不安、退屈などのネガティブな感情を抱きたい人はいないでしょう。 近頃はビジネスの世界でも幸福の重要性やそれによるメリットが注目を浴びています。 曰く、ポジティブ感情は収入アップ、免疫力アップ、親切心の高まりなど様々な利点を生み出す、と。 しかし、これだけ幸福が求められているにもかかわらず世の中には幸福でない人がたくさんいます。 また、ネガティブな感情というのは不必要なのか。本当に要らないのであれば進化の過程で無くなっているのではないか。
『ネガティブな感情が成功を呼ぶ』
ロバート・ビスワス=ディーナー (著), トッド・カシュダン (著), 高橋由紀子 (翻訳)
草思社 2015年
本書は、成功を得るため、そして正しく幸福を追求するために何をしたらいいのかを心理学的に検討した本です。幸福に生きるために大切なのは、すべての感情を活かしきることでした。
人間に与えられた自然な感情を全て活かせる人、すなわちポジティブな感情もネガティブな感情も受け入れいて幅広く活用できる人が、もっとも健全であり、人生において成功する可能性が高い
幸福は万能ではない
文明の発展により人間は常に快適な状態にいることが出来るようになりました。しかしそのために「少し不快」な状態(硬い床で寝る、雑菌の含む水を飲むなど)に対する抵抗力を失った「快適中毒」に陥っていしまいました。
心の面でも同様のことが起きています。 現代人はスマホを開けばいつでも「退屈」から逃れられる、交通機関を駆使して「イライラ」とオサラバ、TVやゲームで人と係わって傷つくリスクから逃れられる、と不快な感情を抱くことを避けられます。
これにより何が起きたのでしょうか。 人々は最上級の幸福を求めるあまりちょっとしたことに喜びを見出せなくなり、社会の不安などにより強く反応するようになりました。すなわち、幸福を求めるほどにその幸福が手の中をすり抜けてしまっているのです。
ネガティブ感情の持つ強い力を活かす
「ネガティブな出来事、経験、人間関係、心理状態は、ポジティブなものに比べ、人の感性により強い影響を及ぼす」
怒りという原動力がなければ様々な民族運動はあれほど大きくならなかったでしょう。 不安や緊張感がなければ人々は些細なことを見逃し、大事故となるかもしれません。 また、「自信がない」からこそ、人は自省でき傲慢にならずにいられます。
このように、ネガティブな感情は大きな力を持ち、また、我々が生きていく上でかかせないものです。 幸福は様々なメリットを持つことは確かです。しかし、過度に楽観的な人に飛行機の運転を任せられるでしょうか。弁護士を頼むならご機嫌でいい加減な人より小さいことにもうるさい気難し家のほうが良いのではないでしょうか。
個人においても、集団においてもネガティブな感情、あるいはそれを持つ人の存在は不可欠です。 幸福の素晴らしさに惹かれ、ネガティブなものを忌避するばかりに忘れていたネガティブな感情の重要性を本書は強調しています。
ポジティブ、ネガティブを含め、私たちのすべての感情が利点を持つことを考えれば、人にはスーパーパワーがひとつどころか、たくさんあることがわかる。 勇気をもたせてくれる「怒り」、道に外れた行いを正してくれる「罪悪感」、危険を見張っていてくれる「不安」などである。
バランスをとる
自分の行動や感情を意識し、そのまま観察する心のエクササイズ、「マインドフルネス」と、 これに対して無意識の行動やなんとなくの決断に身をゆだねる「マインドレスネス」。 生活をするうえで「意味があること」か「楽しいこと」か。 これからすべき仕事は「新規性」のあるものか、それとも「安定性」をとるか。 これらの相反することはどちらにも利点がありバランスをとることが重要です。
最近の「成長すること」「過去から脱却すること」といったことばかりがもてはやされる現状に違和感を覚える方も多いのではないでしょうか。 「ポジティブな感情」「ネガティブな感情」についても同様です。 大切なのは「中庸」であり、ありのままの付き合っていくことこそが成功への道筋となるのです。
ネガティブな資質を、抑圧したり、無視したり、隠したりしてはいけない。それらに気づき、価値を理解し、ここぞという時に活用すればいい。それによって幸福を得られ可能性は広がる。
タイトルこそネガティブ感情の利用を強調していますが、第7章では「ありのままの自分と付き合う」としており、重要なのは自分の思考や感情、状態をありのままに利用すること。 現代の幸福追求一辺倒の社会に対して一石を投じ、無理することはないと救いの手をさしのべてくれる一冊です。