大流行したのが記憶に新しい「いつやるか? 今でしょ! 」というフレーズ。このように、やるべきことは可能な限り早く取り組むべきだ、というのが世の中の常識です。しかし、著者フランク・パートノイ氏はこの本の中で、それが必ずしも正しくないことを主張します。
あらゆる場面において、時短や効率が求められるこの時代。そんな中で、意思決定とタイミングを科学的に研究し、そこから見出された「先送り」の重要性について論じているセンセーショナルな一冊です。
『すべては「先送り」でうまくいく ――意思決定とタイミングの科学』 フランク・パートノイ著、上原裕美子訳 ダイヤモンド社 2013年
先送りとは、時間の制御である
先送りというと、そこから連想されるのは「仕事ができない」や「怠け者」のように、ネガティブなイメージです。しかし、先送りは、人類の歴史の中で、大きな利点をもたらしているといいます。
特に、意思決定の場面でこれは顕著。生物は通常、極めて高速な神経回路を駆使することで、外界からの刺激に対して、脳や体が性急に反応することができます。しかし、人間の場合はというと、高速な神経回路を持ち合わせながらも、心臓の拍動の変化等で神経のコントロールが行われ、性急な反応が阻止されているのだそう。そのため、反応が先送りされ、その前に「検討」というプロセスが挟まれることによって、最善の決断をすることが可能になるのです。この、先送りする能力のおかげで、今日まで人類は進化することに成功したのだと著者は言います。
「時間の節約」で被る思わぬデメリット
吉野家などの牛丼チェーンや、マクドナルドなどのハンバーガーショップでは、食べ物が提供される早さがその特徴の一つです。仕事の合間など、時間がない時にそれらの店を利用する人も多いことと思います。しかし、この時間の節約に思わぬデメリットがあると著者は言います。
なんと、こうした時短メニューが、それを食べる人の時間に対する認知をゆがめるというのです。例えば、ファストフード店を利用する人は、読書や音楽鑑賞などの、時間をかけて行う活動に対しせっかちになり、ひいてはそれらに対する満足感まで減少させてしまうのだそう。時間を作り出すための選択によって、かえって余暇が楽しめなくなってしまうという、皮肉な結果が明らかになっています。
直観の功罪
人間の思考には、とっさに働く無意識の思考「システム1」と、意識的に働く分析的な思考「システム2」があるとされます。
ある分野のエキスパートであれば、このシステム1によって、とっさの場面においても正確な判断ができると思われがちです。しかし、エキスパートであっても、これまで自分が遭遇したことのない場面においては、素人同然になってしまうのだとか。そして、エキスパートほどそのことに気付かずに自分の直観を過信し、ひどく不都合な結果をもたらすことがあるといいます。
1988年に、アメリカのミサイル巡洋艦が民間旅客機を敵機と間違えて撃墜し、乗客290人が死亡するという事件が発生しました。これは、エキスパートの誤った直観によってもたらされた事件の一例だとされています。
直観的な判断によるミスを防ぐには、事前の分析こそが重要である。そしてそれでも対処できない問題に対しては、手を止め、成り行きを見守ってみるしかないのだと、著者は主張します。
時間に縛られずに意思決定するために
一般的な考え方とは裏腹に、人間は稼げば稼ぐほど、時間に対するプレッシャーを感じるようになっていくということが明らかにされています。そうなると、余暇を楽しむ余裕がなくなり、ひいては生活全般の幸福度が低下してしまうのだそう。
テクノロジーの進歩により、時間の流れは速くなる一方。ますます人は意思決定にかけられる時間が少なくなり、その分、正確な判断も難しくなっていきます。経済成長やイノベーションを生み出す流れは、現代社会よりもゆっくり動いているかもしれません。思い切って一度時計を外し、時間に縛られないで生活してみることを、著者は提案しています。
*** 時間の節約やスピーディーな判断など、何かと急ぐことが美徳とされがちな現在の世の中に対し、一石を投じた一冊だといえます。この本を参考に、いい「先送り」の仕方を学べたらと思います。