100万部を超えるベストセラーとなり、アドラーブームを巻き起こした『嫌われる勇気』。『幸せになる勇気』は、その続編にあたります。
本書は、ブームの中で、アドラー心理学が本来とかけ離れた文脈で濫用されている現状を受けて、アドラー心理学を実践する際の心がけやその基礎となる考え方を説明するために、刊行されました。そのため、前作の内容を補填するとともに、アドラー心理学のより本質的な部分や哲学的領域に立ち入ったものになっています。扱っている内容自体は難しいものですが、本文は前作同様哲人と青年の対話の形式をとって展開され、初心者にもわかりやすく説明してくれているので、すんなり読むことができます。
人が幸せになるために、いかに考え、生きるべきか?
アドラーは、どのような答えを出したのでしょうか。
(以下、引用は本書より)
幸せになるために向き合うべき、シンプルな課題
アドラーが説く、幸せになるために向き合うべき課題は、非常にシンプルな要素で構成されます。
・対人関係 ・現在(目の前にあるもの)
現在「幸せ」でない人は、この2つに対する取り組み方を間違っているからだというのです。それぞれについて、その中に登場する重要単語の解説を交えながら、見ていきましょう。
対人関係:「信じること」
アドラーは、人々が抱える全ての悩みは、対人関係から生まれるのであり、全ての喜びもまた、対人関係から生まれると説きます。世界に自分ひとりしか存在しなかったら、孤独を感じることもないでしょうし、喜びを感じることもないでしょう。仕事、家族、友人、いかなる関係においても、それらを円滑にし、お互いに幸せになるために必須の条件としてアドラーが掲げるのが、相手を信じることです。
信じる、というのは、相手の存在を認めることでもあります。自分のことを信じてくれる人がいるという実感は、それだけで生きていく勇気になるほど、強力なものです。
そしてアドラーは、信じることを「尊敬」と同義であると指摘します。いかなる相手も「尊敬」し、関心を寄せていくことが重要だと言うのです。
尊敬するための具体的な一歩は、相手の「関心事」に関心を寄せること。相手が関心を持っているものは、相手がその目や耳、心を通して惹かれると感じたものです。それに関心を寄せるためには、相手の気持ちになって考えることが重要。そこで、「もしも私がこの人と同じ種類の心と人生を持っていたら?」と想像します。
これを、一般的には想像力と言うかもしれません。しかし、アドラーは「共感」と呼びます。相手の意見に、「わかる!」「私もー!」と同調することが共感なのではありません。
共感とは、他者に寄り添うときの技術であり、態度なのです。
そして、共感は、技術である限り、誰でも身につけることができます。
注意したいのが、アドラーはあらゆる人を無条件で尊敬しろと言っているのではないということです。アドラーは、仕事においては、条件付きで信じるという「信用」という信じ方が必要だと説きます。利害関係によって結ばれ、個人的な好悪を問わずに関係を結ばざるをえない仕事の場合には、条件つきで相手を信じればいいのです。
アドラーいわく、
「臆病は伝染する。そして勇気も伝染する」
こちらが先に信じれば、おのずと相手も信じてくれます。与えられるのを待つのではなく、先に自分が与えることが重要です。
現在:「いま、ここ 目の前にあることこそが重要」
アドラーは言います。
「人間は、いつでも自己を決定できる存在である」 われわれは過去の出来事によって決定される存在ではなく、その出来事に対して「どのような意味を与えるか」によって、自らの生を決定している
人間が現状維持をしたがる生き物であることは、脳科学的にも証明されています。そのため、現状が良かれ悪しかれ、無意識のうちに現在の自分を「このままでいいんだ」と思いこもうとします。
今の自分におおむね満足している人は、過去について、「いろいろあったけど、これでよかったのだ」と総括します。反対に、今の自分に不満を抱える人は、過去について、「あのときあんなことがなかったら、こんなふうになっていなかった」と総括します。どちらの場合も、現在の自分が過去を意味づけしているのがわかるのではないでしょうか。
人間は誰もが「わたし」という物語の編纂者であり、その過去は「いまのわたし」の正統性を証明すべく、自由自在に書き換えられていく
私たちは自らの生を選び、自らの過去をも選んでいます。このことからわかるのは、自分が向き合っている人生において、過去に原因を求めることは無意味であるということです。
そしてこのことは、対人関係にも言えます。別の相手とならうまくいっていたかもしれないと考えるのではなく、これからどうするかを考えるのがアドラー心理学。要するに、「変えられないもの」に執着するのではく、眼前の「変えられるもの」を直視するということです。
アドラーの原理原則は、「なにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか」。仕事であれば、就いている職業によってその人の価値が決まるのではなく、仕事に対する姿勢でその人の価値が決まります。
アドラーは「いま、ここを真剣に生きる」ことが必要だと言います。なんでもないと思っている日常の一日一日、「いま、ここ」こそが、試練と呼べるほど重要で、大きな決断を求められているものなのです。過去に原因を求めることに意味はなく、未来もわからないこそ、人は運命の主人になることができます。現在に集中し、自分で幸せになる努力をすれば、運命は変えていくことができるでしょう。
アドラー心理学を、自ら解釈し、実践することが大切
アドラーが生きた時代と現代とでは、仕事や人間関係の在り方は大きく異なります。アドラーの考え方は、現代においては必ずしも適切とは言えないこともあるかもしれません。しかしアドラーは、そのことをも予見していました。本書の中で、哲人はこう言います。
アドラーは、自らの心理学が、教科書的に固定され、専門家のあいだでのみ継承されていくことを望みませんでした。彼は自らの心理学を「すべての人の心理学」と位置づけ、アカデミズムの世界から遠く離れた、人々のコモンセンスとして生き続けることを希望しました。
アドラーの心理学をそのまま継承するのではなく、自分たちが向き合う問題に応じてアドラーの考え方を再検討し、自ら更新していくことこそが、アドラー心理学の実践なのです。
まさにアドラー流の「共感」でもって、アドラーならどうするかを考え、その心理学を自分なりに更新しながら現実と向き合っていくことが、幸せになるために必要なのではないでしょうか。
(参考) 岸見一郎・古賀史健 著(2016),『幸せになる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ』, ダイヤモンド社.