速読、流行っていますね。書店に行っても速読のハウツー本が沢山並べられているのを目にします。 一瞬で驚くほど多くの文章を読む、という夢のような技術。とても便利であることは間違いありません。
しかし、速読は全ての面で有用であるとは言えないかもしれません。
理解力は読書速度に反比例する
1987年にカナダ・ビクトリア大学のマイケル・マーソン教授が行った実験で、通常は読書の速度が上がれば上がるほど理解度が低下するということが明らかになりました。
この実験では、読書の速度によって被験者を通常スピード群、流し読み群、速読群の3つのグループに分けました。被験者らに文章を読ませ、その後理解度を調べるテストを行ったところ、流し読み群と速読群のテストの成績が通常群より著しく悪かったということです。
つまり、速読では、読書スピードを上げるために内容の理解が犠牲になっているのです。
また、速読を習得していない人でも、流し読みの習慣が付いている可能性があります。これについて次のような調査結果をご紹介しましょう。
232人を対象にウェブページをなぞる目の動きを追った06年の調査では、人々が「F」の文字のパターンで読書していることが明らかになった。つまり、テキストの冒頭行は全部目を通すが、次の数行は半分くらいまでしか目を通さず、やがて視線は下に向かって垂直にページ左側をなぞるようになっていく。
(引用元:THE WALL STREET JOURNAL|スローリーディングのすすめ―集中的読書がもたらす効果)
意識はしていなかったかもしれませんが、言われてみれば自分も「F」のパターンで流し読みしている、と気づいた人もいるはずです。
ネットのニュースや簡単なハウツー本であれば、速読や流し読みでも問題はないでしょう。しかし、これらの読書法ばかり行っていると、理解力が落ち、難解な文章を読むのが苦痛になったり、小説などの行間をじっくり味わうことができなくなったりする可能性があります。
そこでおすすめしたいのが、「スローリーディング」です。
ゆっくり、読む
ニュージーランドには、「スロー・リーディング・クラブ」というものが存在します。このクラブの目的は、本について語り合うことではなく、スマートフォンの着信音から離れとにかく読書にふけること。週に一度、彼らは首都ウェリントンのカフェに集まり、このスローリーディングを実践しています。
スローリーディングは、静かな環境で気を散らされることなく連続して直線的パターンで読書する習慣に回帰することを意味する。(中略)スマホやコンピューターを遠ざけ、快適なイスに座り、少なくとも30~45分時間を割くことを推奨している。
(引用元:同上)
「連続して直線的パターンで読書する」というのは、途切れることなく、全ての文字を読むということを意味します。つまり、重要な単語のみを拾っていく速読や流し読みとは真逆の読書法と言えるでしょう。
究極のスローリーディング、『銀の匙』授業
また、究極のスローリーディングを実践していたのが、元灘中学・高等学校国語教師の橋本武さんです。橋本さんは、中学三年間をかけて、中勘助の『銀の匙』を1冊を読み上げるというスタイルの授業を行いました。『銀の匙』のページ数は201ページ。これを三年間かけて読むのですから、まさに「スロー」リーディングですね。
なぜそんなに時間がかかるのかと言えば、橋本さんの授業は「横道に逸れる」ことをテーマにしていたからです。作品中に駄菓子が出てくれば、それを買って食べ、「丑」の字が出てくれば、十干十二支から甲子園という名前の由来にまで話が及ぶ。
一見、国語の授業としては、無駄なことばかりのようにも見えます。しかし、五感を使って主人公の体験を追い、わずかなきっかけから多くのことを学ぶ授業によって、生徒たちは好奇心を掻き立てられ、自主的に様々なことに興味を持つようになりました。
この『銀の匙』授業は絶大な効果を発揮し、橋本さんの受け持った代は多くの東大合格者を輩出。結果として灘中学・高等学校は誰もが知る進学校となりました。
橋本さんは次のように述べています。
すぐ役立つことは、すぐに役立たなくなる。自分で見つけたことは、一生の財産になる
(引用元:朝日新聞 平成23年1月1日朝刊 ひと)
*** 速読は本当に便利な技術です。しかし、その特性から、自分の考えを深めることには決して向いていません。得た知識も付け焼き刃で終わってしまうことが多いはずです。
もしあなたが、読書によって「財産」を得たいと思うのなら、ぜひスローリーディングを実践してみてください。スローリーディングで得られた知識、またはスローリーディングそのものが、あなたの内面を豊かにしてくれることでしょう。
(参考) THE WALL STREET JOURNAL|米国で速読ブームが再燃-読書アプリも続々誕生 THE WALL STREET JOURNAL|スローリーディングのすすめ―集中的読書がもたらす効果 Wikipedia|橋本武 朝日新聞 平成23年1月1日朝刊 ひと