デジタルデバイスの普及で、手で何かを書く機会はだいぶ減りましたが、あえてその機会を増やす価値は大いにあります。やっぱり「手で書くことには意義がある」と述べたくなる5つの理由を、研究結果を交えつつ紹介しましょう。
1. 手書き習得が「高度な言語能力」に
京都大学大学院医学研究科特定助教の大塚貞男氏、教授の村井俊哉氏ら研究グループが、大学生・大学院生30名を対象に調査したところ、漢字の手書き習得が、高度な言語能力の発達に関連することを発見したそうです。
研究チームはこの結果を受け、漢字の⼿書き習得が妨げられた場合(たとえば早いうちからデジタルデバイス利用に偏るなど)、その影響はさまざまな言語・認知能力の発達にまで及ぶ可能性があるとしています(2021年1月26日,国際学術誌『Scientific Reports』に掲載)。
2. 手書き習得は「思考力の向上」にもつながる
厚生労働省の情報サイト(e-ヘルスネット)によれば、認知機能とはいわゆる知的機能のことで、一般的には記憶・判断・理解・学習・思考・言語といった脳の高次機能を指します。前出の研究グループは「⼿書きが認知能力の発達にまで及ぶ可能性」を示唆しました。つまり、手で書く行為は知的機能にも影響する可能性があるわけです。
また、東京学芸大学教育学部教授の中村和弘氏は、ベネッセ教育総合研究所の教育フォーカス【特集27】で、「思考を支える言葉が思考を促し、思考が促されると言葉は豊かになる」と述べています。
たとえば頭のなかでボンヤリと考えていた内容も、「なぜかと言うと」と “ひとこと” 頭につけ加えるだけで、しっかりと考えたより明確な説明へと導かれるからです。そのため同氏は、言語能力の向上が、思考力の向上にもつながるとの見解を示しています。
前出の研究は、「手書き習得が言語能力の発達に関連する」ことを見出しました。つまり、手で書くことは「思考力の向上」にもつながると言えるわけです。
3. 手書きが「学習のために脳を開放」する
また、ノルウェー科学技術大学(NTNU)の研究チームが学童12名と20代の若者12名を対象に脳の電気的活動を追跡・記録したところ、いずれも脳活動は「キーボードでタイピングしているとき」より、「手書きしているとき」のほうが活発であったそうです(2020年7月28日,学術雑誌『Frontiers in Psychology』に掲載)。
手で書く行為には、ペンで紙を押しつける感覚や、書き出されていく自分の文字が視界に入る感覚、手書きする際の音を聞く感覚がともないます。
研究論文の責任著者でノルウェー科学技術大学教授のオードリー・バンデルメーア氏いわく、手で書くことで多くの感覚が活性化され、よりよく学び・記憶できるとのこと。同氏は手書きが学習のために脳を開放するとも表現しています。
4. 手書きが「記憶形成を後押し」する
2009年の日本認知科学会第26回大会で発表された研究「手書き文字と活字の認識の差に関するfMRI研究 – ノイズ要素の分離の試み –」では、手書きの際の「体性感覚・運動感覚・感情要素」を処理する活動が、記憶パフォーマンスの向上に役立つ可能性が示されました。
また、『ノートを書くだけで脳がみるみる蘇る』(宝島社)の著者で脳神経内科医の長谷川嘉哉氏は、「インプット⇒書いてアウトプット⇒書いたものを見て再インプット」で、その情報は長期記憶化されると述べます。なおさらその際に手書きすることで、「文字を思い出しながら手を使って書く=運動神経と連動しつつ脳のさまざまな機能を働かせる」ので、脳を元気にするとのことです。
つまり、手書きは脳を健康にしつつ、記憶形成も後押してくれるわけです。
5. 手書きは「後頭葉」に優しい?
前項で紹介した研究「手書き文字と活字の認識の差に関するfMRI研究 – ノイズ要素の分離の試み –」では、手書き文字に含まれる歪みや擦れといった「ノイズ要素」の影響で、脳の後頭葉が活性化する可能性が示唆されました。後頭葉は視覚形成の中心と言われる領域です。
一方で東京書芸協会会長の川原世雲氏は、暗い部屋で光の点滅が出続けているテレビ画面をジッと見続けた子どもが、後頭葉に悪影響を受けた事例について言及し、手書きの文字は三原色(RGB)の発光体を凝視するデジタルデバイス入力と違い、後頭葉にダメージを与えないと述べます(ZEBRAサイト「書字で脳を活性化」内“描画と書字では違う”より)。
つまり、手書き文字は後頭葉に優しい――というより、むしろ元気にしてくれるわけです。
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「手で書くことに意義がある」と述べたくなる5つの理由を紹介しました。デジタルデバイスは効率化のために、手書きは脳のために、バランスよく取り入れてくださいね。
(手書きノート内:参考)
日本学術会議|おもしろ情報館
researchmap|石 龍徳 (Tatsunori Seki)
e-doctor|神津仁の名論卓説|Neurogenesis神経再生
Oregon State University|Linus Pauling Institute|レスベラトロール
東洋大学|LINK@TOYO|医学博士に聞く、記憶力・学習力アップに影響する脳機能「シナプス可塑性」とは?
大学ジャーナルオンライン|海馬でわずかに再生する神経細胞が、レム睡眠中に記憶を定着させる
ScienceDirect|Sparse Activity of Hippocampal Adult-Born Neurons during REM Sleep Is Necessary for Memory Consolidation
(参考)
中村太戯留,田中茂樹,田丸恵理子,上林憲行(2009),「手書き文字と活字の認識の差に関するfMRI研究-ノイズ要素の分離の試み-」,日本認知科学会第26回大会,pp.176-177.
PR TIMES|株式会社 宝島社のプレスリリース|【毎月1000人の患者を診察する話題の医師】認知症専門医が教える40代からの“記憶力アップ”術とは!
京都大学|漢字の手書き習得が高度な言語能力の発達に影響を与えることを発見 -読み書き習得の生涯軌道に関するフレームワークの提唱-
ベネッセ教育総合研究所|【特集27】新学習指導要領で求められる「言語能力」の育成とは ~言葉を通して思考力を育む~
ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト|若者も子どもも、タイピングより手書きのほうが、脳活動が活発に
TECH+|漢字の手書き習得が文章作成などの言語能力に影響を与える、京大が解析
ZEBRA | ゼブラ株式会社 | 描画と書字では違う
e-ヘルスネット(厚生労働省)|認知機能
Wikipedia|後頭葉
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