「友人は転職に成功し年収もアップ。それに比べて自分は……」
「同僚は昇級試験に一発で合格。それに引きかえ自分は……」
このように、ほかの誰かと自分を比べて気分が落ち込むことはありませんか?
脳科学のスペシャリストいわく、他者と自分を比較してしまうのは、脳の性質上、仕方のないこと。しかし、「比べたがり屋」な脳の性質を上手に使えば、落ち込むどころか、自己成長のチャンスをつかむこともできるそうです。では、その方法をご説明しましょう。
そもそも、なぜ私たちは人と比べてしまうのか?
「私たちが人と比べてしまうのは、脳がステータス(=序列)を重視するから」だと、神経科学を活用したリーダーシップ開発を行なうコンサルタント、デイビッド・ロック氏は述べます。
ステータスの優劣を決める基準はさまざま。肩書や賢さ、経済力だけでなく、ユーモアセンスや容姿などで比較する場合もあります。脳には社会的なつながりを大事にする性質があり、人と比べて自分のステータスが低下したと感じると、命に関わる危険が起きていると脳が判断するのです。
一方でロック氏いわく、これだけステータスを重視しながらも、脳にはステータスを測る決まった尺度がなく、他者より上なのか下なのか、脳は時と場合によって容易に判断を変えてしまうとのこと。そのうえ、実際問題としてすべてにおいて1番をとり続けるのは不可能なので、常に人と比べていては、落ち込み続けるしかありません。
人とではなく「過去の自分」と比べるほうがいい理由
そこでロック氏は、「他者とではなく、過去の自分といまの自分を比べる」ことをすすめています。というのも、脳は、昔の自分と比べて成長したと感じた場合も、ステータスが向上したと判断するからです。
ロック氏によると、脳が「自分のステータスが向上した」と判断すると、報酬に関わる脳回路が活性化するそうです。このとき、幸福感に結びつく神経伝達物質・ドーパミンとセロトニンの分泌量が増加するとのこと。結果的に、落ち込むことを減らせると言います。比べたがり屋な脳の性質をうまく利用して幸福度を高めるには、比較対象を「過去の自分」にするのが賢明なのです。
また、過去の自分と比べるとプラスアルファのメリットも得られるとロック氏。ドーパミンは、行動を起こす意欲にも結びつきます。さらに、ステータスの向上によって報酬回路が活性化すると、集中力や自信を向上させるテストステロンの分泌量も増加するそうなのです。
そして、他者との比較をやめたことで命を脅かされる心配がないと脳が認識すると、脳の限りあるエネルギーを、前頭前皮質(前頭前野)のために確保できるのもメリットだとロック氏は伝えています。
東北大学加齢医学研究所所長の川島隆太氏いわく、前頭前皮質は「考える」「記憶する」「アイデアを出す」「感情をコントロールする」「判断する」「応用する」といった人間にとって重要な役割を担っているとのこと。この部位の働きがよくなると、仕事や勉強に前向きな影響を与えてくれるそうですよ。
「過去の自分」と比べて成長ポイントを見いだすコツ
過去の自分と比べて成長したと感じられる瞬間と言えば、「資格を取得した」「ノルマを達成した」といった、よい結果が出たときをイメージする人は多いかもしれません。しかし、結果よりもプロセスを重視したほうがよいと、『神モチベーション 「やる気」しだいで人生は思い通り』著者の星渉氏は述べます。
なぜなら、成功という結果だけに注目すると、成功できそうなことしかやらなくなる、つまり新しいことに挑戦しなくなってしまうからです。
たとえば、「資格取得」という結果にこだわり、難易度の低い資格ばかりをたくさん取得して成長したつもりになってしまう。「売り上げノルマの達成」という結果にこだわり、購入につながりそうな常連客しか相手にしなくなる。こうした状況が、ある種の学習によって起こりえるでしょう。これは成長とは言えません。
プロセスのなかでも特に注目したいのは、失敗したときのプロセス。星氏いわく、失敗からなんらかの「学び」を得られたかどうかを成長の基準にするとよいとのことです。
また、結果にばかり注目すると、成長を感じるまでに時間がかかってしまうという点でも、日々のプロセスに着目するほうがよいと言えます。結果を出すために時間をかけて頑張ったのに、失敗した……となれば、結局落ち込みかねません。
脳神経外科医の菅原道仁氏によると、小さくとも成長を積み重ねていくと、ドーパミンを持続的に分泌させられるそう。日々のプロセスに着目して、新たな学びを得たことを成長の基準とすれば、他者と比べて落ち込む必要はなくなるのです。
失敗から得た学びは紙に書き出そう
星氏は、失敗から得た学びを紙に書き出して可視化し、学びを確かなものにすることをすすめています。
記録の仕方に決まりはありません。ですが、手軽に始められるよう「一行日記」を取り入れてみてはいかがでしょうか。一行日記とは、Zホールディングスグループの企業内大学「Zアカデミア」学長で、人材育成を手がける伊藤羊一氏による、自分を振り返るための日記メソッド。このメソッドを活用すれば、失敗した過去の自分と比べて、どのように成長したのかを実感できます。
記録するのは次の3項目です。各項目について、一行ずつ記録しましょう。
- その出来事の自分にとっての意味
- 気づき
- 次にとれる行動
たとえば、顧客に自社の新サービスをうまく説明できなかった場合、次のように記録できます。
- その出来事の自分にとっての意味
→人前で話すのが苦手という弱点を克服するチャンスになった。 - 気づき
→根本の原因は、説明内容の理解が不十分で自信のなさが態度に出たこと。 - 次にとれる行動
→質問を事前に想定して不明点を上司へ確認し、別途レジュメも用意する。
独自の情報整理術や知的生産術を提唱する奥野宣之氏も、「失敗こそ記録したほうがいい」と述べています。体験を知識化することで、同じ失敗を繰り返さずにすむほか、将来ノートを見返したときにあらためて自己成長を感じられるからです。
先の例なら、今後似たシチュエーションがあったときに同じ失敗をしないよう、事前にしっかり説明の準備ができるはず。そうして苦手を克服してから一行日記を見返せば「あの頃は人前で話すたびに緊張していたなあ、昔の自分と比べると成長したものだ」と思えるかもしれませんね。そのあかつきには、他者と比べて落ち込んでいる自分はいなくなっているはずですよ。
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失敗をしてもそこから何かを学べれば、昨日の自分よりも成長している。そう考えれば脳のステータスを上げることができます。比べたがり屋の脳の比較対象を過去の自分にするために、ぜひ「学び」を記録する一行日記を取り入れてみましょう。
(参考)
デイビッド・ロック (2019), 『最高の脳で働く方法 −Your Brain at Work』, ディスカヴァー・トゥエンティワン.
Active Brain CLUB|人間らしく生きるためには「前頭前野」が大事
脳科学辞典|前頭前野
STUDY HACKER|「結果だけ」見て喜ぶのは二流の証。成長し続ける一流は「これ」を重視していた
ダイヤモンド・オンライン|多くの人が気づく前にやめている、ライフログの本当のメリット
菅原道仁 (2017), 『「めんどくさい」がなくなる100の科学的な方法』, 大和書房.
東洋経済オンライン|50代で成長し続ける人が毎日振り返っている事
【ライタープロフィール】
かのえ かな
大学では西洋史を専攻。社会人の資格勉強に関心があり、自身も一般用医薬品に関わる登録販売者試験に合格した。教養を高めるための学び直しにも意欲があり、ビジネス書、歴史書など毎月20冊以上読む。豊富な執筆経験を通じて得た読書法の知識を原動力に、多読習慣を続けている。