もし、朝日が昇ったら起きて、本能のまま食べて飲んで、日が沈めば寝て……というサイクルを繰り返すだけならば、「生命にかかわることだけを記憶しやすい」脳の特性に任せておけばよいでしょう。しかし、高度に発展した人間社会で暮らしていくには、「意図的な記憶」が必要不可欠です。
加齢やストレス、生活習慣によって脳機能が低下してしまう事態が多発している昨今、みなさんは記憶力維持・向上のために心がけていることはありますか? アルバータ大学の神経科学者らによる新しい研究や、過去の研究、専門家からのアドバイスをもとに、「記憶力維持・向上のためにできること」を紹介します。
記憶力のためにできること1:【教養を身につける】
科学・医学系の論文を扱うWebサイト『IOS Press』に2019年2月11日付で公開されたアルバータ大学の研究では、健康的な記憶力を持つ成人の傾向のひとつとして、【教養がある】ことが挙げられました。
「教養こそが最強の武器になる」と語るジャーナリストの池上彰氏が、日本社会に一番足りないものは「教養」であると2014年に投げかけてから数年が経ち、日本はすっかり教養ブームです。歴史、文学、哲学、芸術、食、科学ほか、さまざまな分野を基礎的に学ぶ「教養」は、世のことわりを見通すのに役立つだけでなく、記憶にも役立つのですね。
教養なんて一過性のブームだと思っていた方も、ご自身の記憶力維持・向上のために、興味がわく内容の教養本を読んだり、専門家の話を聞きに出かけたりしてはいかがでしょう。
記憶力のためにできること2:【多言語の習得】
アルバータ大学の研究では、健康的な記憶力を持つ成人の傾向として、【第二言語の習得】も示されています。
脳生理学者で東京大学教授の酒井邦嘉氏いわく、人間の脳は、もともと【多言語】を獲得できるようデザインされているとのこと。 「門前の小僧習わぬ経を読む」ということわざを挙げ、意味や意義などを確認しようとばかりせず、幼児が言葉を吸収するように、普段から覚えたい言語とごく自然に接していれば、年齢に関係なく多言語が習得できると酒井教授は説明しています。
また、パリを拠点とする作家兼歴史家のコーディー・C・デリストレリ氏によれば、多言語学習には驚くべきプラスの作用があるとのこと。数学や読解、語彙などの能力をはかるテストにおいて得点が高くなる傾向があり、脳の機能低下を抑制する効果もあるそうです。
多言語学習のメリットは、学んだ言語の習熟度に関係なく、学ぼうとするだけで発生するとのことですよ。本記事を読んだのをきっかけに、第二言語、第三言語の習得にチャレンジしてみては?
記憶力のためにできること3:【いったん忘れて復習】
能力開発コンサルタントの高島徹治氏は、覚えたことを忘れそうになったときに再び覚えると、記憶が定着すると説明しています。また、覚えたあと忘れて、再び覚えるという繰り返しは、記憶力強化に欠かせないとのこと。
いったん忘れたあとに覚えなおすのが効果的なのは、覚えた直後よりも一定時間が経ってからのほうが思い出しやすいという「レミニセンス現象」に関連しています。文章など有意味の記憶について起こるレミニセンス現象は、特に「バラード・ウィリアムズ効果」というそうです。心理学者のP・B・バラード博士と、共同研究者のウィリアムズ氏が小学生を対象に実験を行ったところ、授業の「直後」に復習したグループより、「翌日」に復習したグループのほうが、しっかりと授業内容を覚えていたとのこと。
「少し時間が経ってから復習したほうが記憶しやすい」という脳の性質を考慮するなら、「いったん忘れる」のが効果的なようですね。ただし、すっかり忘れてしまわないうちに復習することが重要です。脳研究者の池谷裕二氏によれば、1ヵ月以上の間隔が空いてしまうと記憶が難しいとのこと。まずは覚えた翌日、さらに1週間後、それからさらに2週間後、またさらに1ヵ月後に復習するのが効果的なようです。
いずれにせよ、復習が記憶の維持に効果的なことには変わりがないので、脳の海馬にとって適切なタイミングで復習するか、「覚える→忘れる→覚える」を繰り返すのかは、あなた次第です。
記憶力のためにできること4:【感情を揺さぶって記憶】
『脳の強化書』の著者である加藤俊徳医師は、大脳内の海馬を含んだ領域を「記憶系脳番地」と呼んでいます。思考や感情と連動させながら記憶できる状況をつくり、そのうえで知識を取り入れることで、記憶を定着させやすくなり、衰えた記憶力も向上できるそう。面白い本と面白くない本では、前者のほうがよく記憶できるのも、感情と記憶が連動しているからです。
とはいえ、面白くない本も読まなければならない場合もあるでしょう。 面白くなさそうなことを記憶しなければならないとき、【感情を揺さぶって記憶】を意識してみましょう。
筆者の場合、つい手を伸ばしてしまうのは好きなミステリー小説や、興味の強い脳科学や心理学、思考法などの本。もっと勉強したいとは思っているけれど、経済学の本はいつも後回しになってしまいます。
ですがあるとき、読み始めると止まらないミステリー小説で睡眠時間を削らないよう、読書を中断すべく小説を閉じて、読み始めるとすぐ眠くなる経済学の本を開いてみました。すると、意外にも驚くほど理解しやすく、内容がスッと頭に入ってくるのです。ミステリーを全力で楽しんだ脳は、感情を揺さぶられた状態だったため、苦手な経済学を取り込みやすくなっていたわけです。
理性的に経済学を面白そうだと考えたことはあるけれど、感覚的に面白そうだと感じたのは初めて。「面白そう」と感覚が学ぶ意欲を加速させ、記憶力までも鍛えてくれるのです。
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「記憶力維持・向上のためにできること」を4つ紹介しました。
- 【教養を身につける】
- 【多言語の習得】
- 【いったん忘れて復習】
- 【感情を揺さぶって記憶】
記憶力がよくなればアウトプットが楽しくなり、会話がグンと弾むはず。ぜひお試しください。
(参考)
University of Alberta|Faculty of Science|Study identifies factors for healthy memory at any age
IOS Press|Modifiable Risk Factors Discriminate Memory Trajectories in Non-Demented Aging: Precision Factors and Targets for Promoting Healthier Brain Aging and Preventing Dementia?
The Atlantic|For a Better Brain, Learn Another Language
ダイヤモンド・オンライン| 10歳若返る!簡単に頭を鍛える法|覚える→忘れる→復習、記憶が最も定着する間隔は?
Wikipedia|レミニセンス
酒井邦嘉(2018),「脳科学から見た第二言語習得―自然な言語習得法への試論―」, 第二言語としての日本語の習得研究 第21号, 凡人社, pp.136-148.
池上彰(2014),『池上彰の教養のススメ 東京工業大学リベラルアーツセンター篇』, 日経BP社.
池谷裕二(2011),『受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法』, 新潮社.
加藤俊徳(2010),『アタマがみるみるシャープになる! 脳の強化書』, あさ出版.
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
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