経験こそが学びの糧になる――。仕事に限った話ではありませんが、そのような考えをもっている人は多いだろうと推察します。
しかし、昭和女子大学キャリアカレッジ学院長の熊平美香さんは、あるポイントを外してしまうと、せっかくの経験からしっかり学びを得られない可能性があると語ります。そのポイントとは、「リフレクション=内省」です。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
熊平美香(くまひら・みか)
昭和女子大学キャリアカレッジ学院長。一般社団法人21世紀学び研究所代表理事。ハーバード大学経営大学院でMBA取得後、熊平製作所の企業変革に従事。日本マクドナルド創業者に師事し新規事業開発を行ったあと、1997年に独立し、リーダーシップおよび組織開発に従事する。2009年より日本教育大学院大学で教員養成に取り組むかたわら、未来教育会議を立ち上げ、教育ビジョンの形成に尽力。2015年に一般社団法人21世紀学び研究所を設立し、リフレクションの普及活動を行なう。昭和女子大学キャリアカレッジではダイバーシティおよび働き方改革の推進、一般財団法人クマヒラセキュリティ財団ではシチズンシップ教育に取り組む。Learning For All等教育NPO活動にも参画。文部科学省中央教育審議会委員、内閣官房教育再生実行会議高等教育ワーキンググループ委員、経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会委員などを務める。2018年には経済産業省の社会人基礎力にリフレクションを提案し、採択される。2021年10月、Eテレ『プロのプロセス』に出演し、リフレクションを紹介。著書に 『リフレクション』(ディスカヴァー)、『チーム・ダーウィン「学習する組織」だけが生き残る』(英治出版)、『ピースフルスクールプログラム』(東洋館出版社)がある。
内省ではなく反省をすると、学ぶことができない
経験からしっかりと学んでいくには、「リフレクション」が欠かせません。リフレクションとは、「内省」という意味です。もう少し踏み込んだ表現をすると、「自分をメタ認知すること」となるでしょうか。
内省と似た言葉に「反省」があります。でも、両者は似ているようでまったく異なる言葉です。「反省から学ぶ」なんてこともよく言われますが、じつは、学びのためによくない作用が反省にはあるのです。
みなさんが反省をしたとき、どんな気持ちになりますか? おそらく、誰かに対して申し訳なく思ったり、あるいは「やってしまった……」と自分を責めたり悔やんだりする気持ちをもつはずです。つまり、反省にはネガティブな感情がひもづいているのです。
じつは、これが大問題。心理学の研究では、人間が学ぶためには心理的安全性が確保されている必要があり、ネガティブな感情を抱いているときには学べないことがわかっています。つまり、反省しているときは学べないのです。
さらによくないことに、反省にはネガティブな感情がともなうため、失敗したり反省したりした事実を記憶の奥底に封印してしまうということも起こりがちです。目をそむけ、二度と振り返らない選択をしてしまうわけです。
結果ではなく、経験そのものに価値を置く
つまり、失敗などの経験からきちんと学んでいくためには、失敗についてネガティブな感情を抱くことなく、オープンに話したり考えたりできる状態をつくるのが重要なのです。
では、そんな状態をつくり、反省ではなく内省をするためにはどうすればいいのでしょうか。そうする方法のひとつは、「結果ではなく、経験そのものに価値を置く」ことです。
反省にあるのは、結果に価値を置いた見方です。そのため、失敗など好ましくない結果に終わったことに対して、ネガティブな感情を抱いてしまうのです。
でも、経験に価値を置いたとしたらどうでしょう? 「成功しても失敗しても、これまでになかった経験をしたのだから絶対になにかを学べるはずだ」というポジティブな心情をもつことができます。そうして、リフレクションによって学ぶために不可欠である心理的安全性を確保できるのです。
経験から学んで賢くなっていける人、そうでない人のあいだにある最大の違いは、内省しているのか、それとも反省しているのかという点にあります。
無意識のうちにも「経験学習サイクル」を回して学習している
もう少しつけ加えるなら、内省のレベルの深さも、経験からより多くのことを学べるかどうかを左右します。
以下は、アメリカを代表する哲学者であり教育理論家のデイビッド・コルブが提唱している「経験学習サイクル」と呼ばれるものです。これについては、その存在を知らない人であっても、無意識のうちにも大なり小なり実践していることが多いものです。
ある経験をしたらそれを振り返り、なんらかの法則や教訓を得て、新たに起こす次のアクションを計画する。みなさんも、仕事に関することに限らず、日常生活のなかでこのサイクルを回しながら学習をしています。
しかし、経験を振り返るとき、その経験が起きたときの環境、それに関わった他者や自分自身の行動についての振り返りまでにとどまっているケースが多いのです。
振り返りの深度を増し、自分の内面まで振り返る
もちろん、行動を振り返ることも大切です。しかし、その経験をしっかり学びに変えていくためには、もっと深いレベルにある自分の内面まで振り返る必要があるのです。なぜなら、自分の行動は、その行動につながる自分の考えに基づいているからです。
私たちは、どんな行動を起こすにも、無意識であれなにをどうするのかを決めています。そして、人間は基本的に自分が幸せになるための行動を選択します。わざわざ自分にとって不利益になる行動を選ぶ人はいません。自分にとってよりよいものだと思われる行動を選ぶのです。
では、その選択をするための自分の考えが間違っていたらどうなるでしょうか。当然、その考えに基づいた行動の選択も誤ることとなり、その先で待っているのは好ましくない結果です。
そこで大切なのは、自分の考えがどのようにできあがったのかを知ること。そのためには、以下のような「認知の4点セット」を活用するのが効果的です。
【認知の4点セット】
意見:あなたの意見はなにか?
経験:その意見に関連する経験(知っていることも含む)はなにか?
感情:その経験にはどのような感情がひもづいているか?
価値観:そこから見えてくる、あなたが大切にしている価値観はなにか?
行動の前提となる考え(=意見)は、それまでの経験、それにともなう感情、そこから生まれた価値観によってつくられます。そうしてできた考えをもとに「こうすればうまくいくだろう」という仮説を立て、人は行動を起こします。ですから、行動が間違っていた場合には、その前提となった考えをつくった経験や感情、価値観を振り返ることが有効となるのです。
ただし、仮説とは「思い込み」でもあり、思い込みは自分自身ではなかなか気づけないものです。そこで、特に仕事の場であれば、チームのメンバーどうしで一緒に振り返るのがいいでしょう。なんらかのミスが起きたとき、ミスで終わらせずに学びを得るため、メンバーどうしでミスにつながった仮説についてオープンに話し合ってみるのです。
そうすれば、「そういう価値観からそんな仮説を立てたんだね」「でも、その仮説にはこういう穴があるかもしれないよ」というように互いに指摘し合うことで、ミスから学びを得られるようになるのではないでしょうか。
【熊平美香さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。