勉強能力を最短距離で上げる方法。「努力そのもの」を楽しむと、成績は落ちていく

中野信子さん「勉強能力を最短距離で上げる方法」01

東京大学工学部を卒業後、同大学院医学系研究科で脳神経医学を研究した中野信子(なかの・のぶこ)さん。脳科学や心理学の知見を活かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する幅広いコメント活動を行なっています。

最近では、東京藝術大学大学院国際藝術創造研究科で主にキュレーションについて研究するなど、「学び」に対する飽くなき好奇心は衰えるところを知りません。

そんな中野さんは、興味がないことは覚えられないし、自分がつまらないと思うことを覚えてもたいした意味はないと言います。中野さんが考える、学びの本質とは——。

構成/岩川悟、辻本圭介 写真/塚原孝顕

【学びの格言1】テーマのなかに「入り込む」と忘れない

一般的に、私たちが勉強で何かを記憶するときは、そのまま一語一句を「覚えよう」と努力する——これが、多くの人がもつ記憶(暗記)のイメージでしょう。

でも、私の覚え方は、少し違っています。勉強する内容やテーマに対し、その世界のなかに「入り込む」イメージで覚えるのです。

科目でいえば歴史がわかりやすい例かもしれません。たとえば「本能寺の変」であれば、自分が明智光秀になったような気持ちで教科書を読みます。その人物になりきって、その世界に入り込む——。すると、不思議なことにその事項をよく覚えられて、忘れることが少ないのです。

この方法は、一見ストーリーが想像しづらく思える化学などの科目にも使えます。たとえば、「ファンデルワールス力(※)」について覚えるなら、自分が分子になった気持ちで、「手を恋人つなぎのようにがっちりとつなぐわけじゃなくても、手と手を合わせると気持ちよくてなんだか離れがたいね」というようなイメージで覚えるわけです。

ポイントは、「自分事化」すること。こうして覚えた内容を、一般的に「エピソード記憶(出来事記憶)」と呼び、とても定着しやすい記憶になります。 

多くの人は、教科書の内容は忘れても、よく遊んだゲームのキャラクター名や設定、繰り返し読んだ漫画の世界観とストーリーなど、自分の身に起こった出来事として感情をともなって覚えたものはなかなか忘れません。それと同じ記憶の仕組みを、教科書を読むときにも使えばいいのです。書かれている人や物の気持ちになり、その世界に入り込んで疑似体験するように読むクセをつけるようにしましょう。そうすれば、むしろ忘れるのが難しくなるくらいになるでしょう。

※ 分子と分子のあいだに働く弱い引力。この力のために分子性の結晶ができたり、分子が液体になったりする。分子間力の一種

【学びの格言2】興味がないことは覚えられず、覚えてもたいした意味はない

先の「自分事化」した記憶(エピソード記憶)をうまく活用すれば、大学受験レベルなら十分に乗りきれると私は考えています。教員の負担は大きいものですからあまり期待しすぎては酷ですが、効果的な記憶法として、学生時代にそのメカニズムを詳しく教えてもらえていたら、効率の悪い暗記に時間をかけてしまうかわいそうな同級生がもっと減ったのではないかなと思うほどです。

でも残念ながら、多くの学校では、ただ「覚えろ」「復習せよ」「反復せよ」と言われるだけの場合が多いようです(少なくとも私の学生時代はそうでした)。すると、どうなるでしょうか?

勉強することが苦痛になってしまうのです。

そもそも人間の脳は、他人からの命令に抵抗するようにできています。自分の意思で考えていない物事を「この知識は本当に正しいだろうか?」とことあるごとに疑い、余計な負荷がかかるのです。

かつて親や先生から「勉強しなさい」と言われたときにあまり勉強していなかった人も、それをコンプレックスに感じないでほしいと思います。なぜなら、そういう人は自分の頭で考えることを、興味が感じられないことの暗記よりも大切にできる人だからです。機械的に覚える作業や復習の繰り返しという、無駄になりやすい努力に対して疑問を感じることができる賢さをもっているのです。

興味がないことは覚えられないものです。もっと言えば、自分がつまらないと思うようなことを覚えても、将来、有機的な知識として活かされることはあまりありませんので、結局たいした意味をもちません。

大切なのは「喜びとしての学び」であり、そこにこそ学びの本質があるのです。

中野信子さん「勉強能力を最短距離で上げる方法」02

【学びの格言3】体が少し疲れているほうが、勉強に集中できる

勉強をしていても、集中力がなかなか続かないという人がいます。

じつは、集中力が高い状態というのは、脳の機能が高まっているのではなく、その一部の機能が落ちている状態と言えます。

脳では、前頭前皮質の背外側部(DLPFC)という部位が、注意を分散する機能を担っています。注意の分散とは、いわゆるマルチタスクの機能で、たとえば相手と会話しながら、同時に相手の背後の景色を眺めているようなことは、多くの人に経験があると思います。

このマルチタスク機能を担う部分の働きが落ちてくると、注意が分散されにくくなって集中できるわけです。

では、注意を振り向ける機能が落ちるのはどんなときでしょうか?

まず、取り組んでいるタスクがあまりに好きで、いわば中毒のように入り込んでいる場合です。なにかに夢中になるとまわりが見えなくなって、気がつけば時間が経つのも忘れていたことは、誰でも経験したことがあるはずです。

また、睡眠不足の状態や、運動で体が少し疲れているとき、風邪の治りかけなどでやや弱っているような状態のときも、注意を振り向ける機能が鈍るため意外に集中しやすくなると言えます。

ただ、勉強の集中力を高めるために、睡眠時間を減らしたり、わざわざ風邪をひいたりというのも考えもの。その意味では、適度な運動をして体を少し疲れさせてから勉強するといいかもしれません。

加えて、自分が「好きなこと」「夢中になれること」をテーマに学ぶのが、集中という観点からも適していると言えます。

【学びの格言4】努力そのものを楽しむと、成績は落ちていく

受験や資格取得などの勉強においては、「努力そのものを楽しんでしまう」という罠にはまらないことも大切です。努力は楽しいものですが、結果がついてこなければ、それはただの「『努力』という趣味」です。努力している自分が好きなだけなのか、それとも目的があってそれを達成したいのか。目的があるのなら、無駄なことをせず、最短距離で能力を上げる戦略を実行すべきでしょう。

でも、この罠にはまる人はたくさんいます。私が受験生のときに気づいたのは、最初は成績がよかったのに、途中からみるみる落ちていく人がけっこういたことでした。教員の目からは、異性の目を気にし始めたからだとか、ほかにやりたい趣味ができたからだというのが要因だと分析されていたようなのですが、見ているとそうではないケースも多かったように思います。もちろん、彼ら彼女らは頑張っていました。そうした人たちを見ていて、気づいたことがありました。どうも、わからなかったことをわかるようにする、できないことをできるようにするという目的を忘れて、「努力そのものが楽しくなる」と成績が落ちてしまうようなのです。

勉強ができるようになるということがあと回しになって、頑張ることそのものが楽しくなってしまうのは本末転倒です。

努力自体が気持ちよくなる人を見ていると、たとえ結果が出なくても親や先生が励ましてくれたりほめてくれたりするので、むしろどんどん努力することにはまっていくのがわかりました。とはいえ、まわりも本人もよかれと思ってそうしていますし、成績がいい立場にある自分がそれを指摘するのは、無用な誤解を生みかねず憚られました。学生にとって成績は、デリケートな問題です。

好意的な見方をすれば、この人たちは期待に応えようとするよい子であり、まわりに合わせる力がある人だと言えます。みんながよいと評価するものを適切に汲み取り、そこに合わせていこうとする気持ちがあるのです。別に成績は上がらなくても、周囲から「あの人はまじめにやる人だ」「誠実でよい人だ」と信頼され、人間として高い評価を得られるでしょう。

その意味では、社会により適応できるのは「努力できる人」と言ってもいいのかもしれません。仕事でも同じで、能力自体は平凡でも、「まじめに努力できる人」と見られることが協調性を重視する社会では大事とされる面があり、コミュニケーション方法のひとつとして有効だと言えます。

とはいえ、このやり方をとる人は、狡猾な第三者からその努力を搾取されてしまうことがしばしばあります。結果をないがしろにして、努力のプロセスそのものが報酬だという思考回路ができてしまっている人は、自分が悪意のある第三者から見ればおいしすぎる餌に見えているということを肝に銘じてほしいと思います。

さらに、勉強という視点から見れば、努力の快楽にハマってしまうスタイルはまったく理にかなっていません。ある能力を本気で証明したいなら、成績が上がるなどの結果がついてこなければ、その努力は残念ながら誰の目にも止まることはないのです。悲しいことですが、結果の出ない努力には、なんの意味もないのです。

※今コラムは、『人生の武器になる「超」勉強力』(プレジデント社)をアレンジしたものです。

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人生の武器になる 「超」勉強力

人生の武器になる 「超」勉強力

  • 作者:齋藤孝 中野信子 山口真由
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【プロフィール】
中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者・医学博士・認知科学者。1975年、東京都に生まれる。東京大学工学部卒業後、同大学院医学系研究科修了、脳神経医学博士号取得。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。現在は、東日本国際大学などで教鞭を執るほか、脳科学や心理学の知見を活かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する解説やコメント活動を行っている。著書には、『サイコパス』『不倫』(ともに文藝春秋)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)、『空気を読む脳』『ペルソナ』(ともに講談社)、『悩みと上手につきあう脳科学の言葉』(プレジデント社)などがある。

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