東京大学法学部を卒業後、同大学大学院で教育学を研究した齋藤孝(さいとう・たかし)さんは、テレビのコメンテーターとしてもおなじみの日本を代表する教育学者です。
これまで多数の著書を出版し、著者累計出版部数は1,000万部を超えています。日本語ブームを生み出すなど、老若男女問わず教育分野をリードしてきました。
そんな齋藤先生は、「スキルや経験などとは異なり、思考力は勉強しなければ身につかない」。そして、「勉強し続ける人だけが得られる、大切な力」があると語ります。
構成/岩川悟、辻本圭介 写真/塚原孝顕
【学びの格言1】勉強とは「自分を広げること」
勉強についてよく聞かれるのが、「なんのために勉強するのですか?」「勉強してなんの役に立ちますか?」ということです。
まず、明確な目標(受験、資格取得など)がある人は、勉強することで、その目標を達成できます。これはわかりやすいでしょう。
でも、目標がはっきり定まっていない人は、自分が何をしたらいいのかがよくわかりません。そこで、先のような疑問が生じるわけです。
こうした場合には、「自分を広げるため」と大きくとらえて、少しでも何かを学ぶことで、自分という器を広げていくのだ、と考えればいいと思います。
わかりやすく言えば、成績や偏差値を上げるという意味ではなく、幅広い知識を得ることで自分の頭の働きをもっとよくしていくために、勉強をすればいいと思うのです。
仕事や生活を通して自然と積み上がっていくスキルや経験などとは異なり、思考力は何もしなければ、自然には身につきません。
勉強という、知識を得て考える力を養うためのトレーニングをしながら、自分で磨いていくものなのです。
【学びの格言2】勉強すると「見晴らし」がよくなり、適切な行動をとれる
勉強をすると、「遠くの景色が見える」ようになります。積み上げた知識を土台にして高い位置に登り、より遠くまで見渡せるようになります。
すると、人はどうなるか? 「寛容さ」を身につけることができるのです。
世のなかには、さまざまな見方や考え方があります。そして、勉強をすればするほど視野が広がり、自分の考えが必ずしも正しいとは限らないとわかるので、いろいろな見方や考え方に対し、聞く耳をもてるようになっていくのです。
そうして勉強を続ける人は、さらに知識や見識を深めていくことができるわけです。
高い位置に登らなければ、見渡せない物事はたくさんあります。もちろん、予言者のように未来を見通せるわけではありませんが、少なくとも、いま現在起きている事態について適切な理解ができるでしょう。そして、常に暫定的かつ妥当な判断を下すことができます。何が起きても、パニックにならずに行動できるのです。
勉強をすればするほど、世のなかのいろいろな物事の、真の姿が見えてくる——。
それこそが、勉強し続ける人だけに与えられる、最大のご褒美です。
【学びの格言3】学んでいない人は、もって生まれた素質だけで勝負することになる
あなたが、たとえば宮沢賢治について学び、彼の全集を読み込んだとしましょう。すると、あなたの心に賢治が棲みつきます。そして、いくつになっても、自分の心を支える礎石となってくれるでしょう。
誰もが、賢治から直接学ぶことはできませんが、本を通じてならいつでも、賢治から人生について教わることができます。
でも、学ばずにいる人は、自分のなかに文化や人類の遺産が入ってきません。そのままこの世を去った場合、人類がその歴史において積み上げてきた文化遺産と、まったく関わりがない存在として終わってしまうのです。
つまり、学んでいない人は、自分がもって生まれた素質だけで勝負することになる。人生の楽しみもまた、自分ひとりでたどり着いた範囲のものとなるでしょう。
宮沢賢治を読んだ体験が、実際の人生にどの程度活かせるかはわかりません。もちろん、それは人それぞれです。
しかし、賢治の世界のなかで遊ぶ、そのすばらしく充実した時間は、決して無駄にはなりません。
偉人たちと会話し、心を通わせる時間が、はたして無駄になるなんてことがありえるでしょうか?
【学びの格言4】「思考中毒」になろう
私はよく学生たちに、「君たちは将来、考えることがストレスになる人と、ワクワクして考える人に分かれるんだよ」と伝えています。
仕事、家族、人間関係など、人がおよそ人生で直面する困難やハードルを乗り越えるには、まず「考える」ことが求められます。考えるのが習慣になっていない人は、何か起こるたびにストレスがたまり、やがて心身が疲れ果ててしまうでしょう。
かたや、さまざまな種類の本を読んで幅広く勉強をしてきた人は、思考習慣が身についています。どんな物事に対してもワクワクしながら考え、挑戦できるのです。
人の脳内で働く神経伝達物質のひとつに、βエンドルフィンがあります。友人と会話したり、おいしいものを食べたりして、快感を得たときに分泌されます。
そして、最もβエンドルフィンが分泌されるのが、困難を乗り越えて何かを達成したときです。
考えることが習慣になると、常にチャレンジして困難を乗り越えることができ、どんどん気持ちよくなっていきます。
エンドルフィンとは、「体内性モルヒネ」を意味する略称です。まさに、勉強をして「思考中毒」になると、一生ワクワクしながら生きることができるのです。
【学びの格言5】自分が考えたことを記録し続けると、思考習慣ができる
運動習慣を身につけるのにも、ダイエットを続けるのにも、まず大切なのは現状の把握です。自分の状態を客観的に把握するからこそ、適切に課題に対処できるからです。
そして、これは思考においても同じです。現状把握をしないまま、ただ「考えよう」と頑張っても、いつも同じ物事で繰り返し悩んだり、曖昧な思考を続けたりしがちになります。
よい思考習慣を身につけるには、思考している内容と時間を書き出すことが有効です。
多くの人は、スケジュール帳に「Aの件で打ち合わせ」「B社で商談」などと予定だけを書きますが、そのときに、予定の隣に「打ち合わせで決断するには?」「商談を成功させるには?」と、自分の思考の内容を記録するのです。
そうすれば、スケジュール帳を開くだけで、思考の課題を目にすることになり、スキマ時間などを活用しながら、常に考えるきっかけをつくれます。
また、思考した時間を記すと「何をどこまで考えていたか」という軌跡もわかるので、すぐに思考を再開でき、ぐるぐる悩まずに考えが明晰になっていきます。
こうして自分が考えた物事を記録し見返していれば、自然と思考習慣を身につけることができます。
いったん思考習慣ができれば、仕事でも勉強でも、創造的なアイデアや解決策をどんどん出せるようになるでしょう。考えるのが苦にならないので、ストレスをためることもありません。ぜひ試してほしいテクニックです。
※今コラムは、『人生の武器になる「超」勉強力』(プレジデント社)をアレンジしたものです。
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【プロフィール】
齋藤孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授。1960年、静岡県に生まれる。東京大学法学部卒業後、同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現職に至る。『身体感覚を取り戻す』(NHK出版)で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化賞特別賞、2002年新語・流行語大賞トップテン、草思社)がベストセラーになり日本語ブームをつくった。著書には、『読書力』『コミュニケーション力』『新しい学力』(すべて岩波書店)、『雑談力が上がる話し方』『話すチカラ』(ともにダイヤモンド社)、『大人の語彙力ノート』(SBクリエイティブ)、共著書に『心穏やかに。人生100年時代を歩む知恵』(プレジデント社)などがある。