人は誰でも嫌な気持ちを感じて悶々とするものですが、その気持ちに引きずられたままでは、どんどん心の余裕がなくなっていきます。そんなときに必要なのは、自分を客観視することではないでしょうか。
脳科学者の中野信子さんは、「嫌な気持ちを客観視して冷静に分析できるのは、人間がもつ特徴的な能力」だと言います。嫌な気持ちを客観視しやすくするための方法と、自分の欠点や嫌な部分をプラスの視点でとらえることの効能に迫ります。
写真/川しまゆうこ
嫌な気持ちを客観視できるのが、人間の人間たるゆえん
自分を客観視することを「メタ認知」といいますが、脳の前頭前野の外側にある「背外側前頭前皮質」という部分がその役割を担っています。
たとえば、「嫌な気持ち」を生じたときにもメタ認知は働きます。「いまなんだか嫌な気持ちを感じているな」「それはどうしてだろう?」と、まるで自分の外側に立って、自分を観察しているような状態です。
そんな嫌な気持ちを客観視して冷静に分析ができるのもまた、人間がもつ特徴的な能力のひとつと見ることができます。
なお、背外側前頭前皮質は、思春期にようやく育ちはじめます。そのため、子どものときは嫌な気持ちを客観視するのはまだ難しいのですが、25歳を超えた頃から少しずつできるようになっていきます。
もちろん何歳になっても、嫌な気持ちと向き合うのは簡単な作業ではありませんが、メタ認知を活用することで冷静でいられると知っておくだけでも大きな助けになるはず。
それこそが、人間の人間たるゆえんでもあるのです。
嫌な気持ちは、書き出して吐き出す
嫌な気持ちを抱えたままでいると、脳のワーキングメモリ(ものを考えるときに使う脳のスペース)が狭くなり、その気持ちを冷静に振り返ったり、ほかのことを考えたりする余裕がなくなってしまいます。
そこで、嫌な気持ちは「文字」にしてアウトプットしてしまいましょう。手書きでもパソコンでもいいので、とにかく自分の外へと吐き出してしまうわけです。
いったん書き出してみると、それだけで自分の気持ちが少し楽になっているのに気づくはずです。そして、あれほど心を乱していた気持ちに対して、客観視しやすい状態になります。
文字にすると、嫌な気持ちが処理しやすい「記号」に変わります。そもそも文字は、感情や思考を圧縮するためのツールです。
記号情報として処理するから、「あの人のどこが嫌なのだろう?」「私はなぜこんな気持ちを感じたのだろう?」と、嫌な気持ちを客観視しやすくなるわけです。
嫌な気持ちを感じたときは、頭のなかで悶々と考え続けてしまう前に、まず文字にしてから向き合うことを心がけてください。
自分の欠点や嫌な部分を、ポジティブな言葉に変換する
また、嫌な気持ちだけでなく、自分の欠点や嫌な部分を客観視できることもまた、人間にとってとても重要な能力です。なぜなら、人は嫌なものから本能的に目を逸らしますが、そこで立ち止まって自分の嫌な部分を認識できるのは、知性が高い証拠だからです。
私がおすすめしたいのは、自分の欠点や嫌な部分を紙に書き出し、ポジティブな言葉に変換してみることです。
たとえば、「なかなか行動できない」ということは、「慎重に物事を検討する力がある」という言葉に変換できます。また、みんなの前で「意見をはっきり言えない」のは、「みんなの意見を受け止めて尊重できる」と変換できます。
どんな欠点でも、プラスの視点でとらえ直してみると、「新しい自分」を発見することができるわけです。それを繰り返すことで、少しずつ自信も備わっていきます。
自分では欠点だと思っていたところが、みんなの役に立つ場面を「妄想」してみるのもいいですよね。それだけでもドーパミンが分泌されてやる気が高まり、脳がどんどん喜んでくれるはずです。
「嫌な気持ち」と、軽やかに付き合って生きていく
自分にとってすごく大切で意味のあることに取り組んだのに、逆に不安を感じたり自信を失ったりしたことがあると思います。そのことが原因で、うまくいっている誰かを妬んだり、理不尽な怒りを感じたりしたこともあるかもしれません。
だからといって、その大切なことに取り組まなければよかったのかといえば、そうとは言えないでしょう。たとえ「嫌な気持ち」になったとしても、自分がやるべきことに向き合わなければ、人生は前へと進んでいきません。
だからこそ、自分のなかから湧いてくる気持ちを、そのまま認めてあげることが大切なのです。
嫌な気持ちが湧いてきたら、きちんと向き合って整理してみる。整理できないときは、しばらく放っておく。あるいは、信頼できる人に愚痴を言うのもいいでしょう。
そうしてネガティブな感情とうまく付き合う自分なりの方法を身につけることができれば、やがてあなたの生きる力へと変わっていきます。嫌な気持ちを、エネルギーに転換することができるようになるのです。
自分の嫌な気持ちに振り回されずに、むしろ軽やかに付き合っていく——。
そうすれば、あなたはいつだって自分らしく、豊かに生きていくことができるのだと思います。
※今コラムは、『脳を整える 感情に振り回されない生き方』(プレジデント社)をアレンジしたものです。
【『脳を整える 感情に振り回されない生き方』より ほかの記事はこちら】
「成長する人」は嫌な気持ちを “道具” として活かす。「成長できない人」はそれを “攻撃” に使う
「協調性の高い人」は「収入が低い」。 “同調してばかり” の人が成功できない納得の理由
『脳を整える 感情に振り回されない生き方』
中野信子 著
プレジデント社(2021)
【プロフィール】
中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者・医学博士・認知科学者。1975年、東京都に生まれる。東京大学工学部卒業後、同大学院医学系研究科修了、脳神経医学博士号取得。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。現在は、東日本国際大学などで教鞭を執るほか、脳科学や心理学の知見を活かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する解説やコメント活動を行っている。著書には、『サイコパス』『不倫』(ともに文藝春秋)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)、『空気を読む脳』『ペルソナ』(ともに講談社)、『悩みと上手につきあう脳科学の言葉』(プレジデント社)などがある。