コロナ禍では、多くの企業で急激なDX化(※)が進みました。一方で、今後さらにDX化が進むことで8,500万人分の雇用が奪われるという調査結果も発表されています(世界経済フォーラム調査)。
(※DX:デジタルトランスフォーメーション。企業がデータとデジタル技術を活用して、ビジネスモデルや組織を変革すること。コロナ禍では多くの企業において、非対面・非接触のやり取りを必要とされたこともあり、急速に広がっている)
そんななかで注目が集まっているのが、「リスキリング(Reskilling)」と呼ばれる能力の再開発。今回の記事では、「仕事面でDXの必要性を感じているが、何から学べばいいかわからない」などとお考えの方に、DX時代を生きるビジネスパーソンが身につけておくべき3つのスキルと重要なスタンスについて、私グロービス講師の加藤が解説いたします。
「リスキリング・アップスキリング」に注目が集まっている
リスキリングとは、もともと職業能力の再開発、再教育という意味合いで使われてきた言葉です。近年では、デジタル化によって新たに生み出される職業や、仕事の進め方が大きく変わる職業に就くために必要なスキルを獲得することを指して、使われるようになってきました。
リスキリングと似た概念に「リカレント教育」があります。リカレント教育とは、生涯にわたって教育と就労のサイクルを繰り返す教育システムのこと。義務教育や基礎教育を修了し仕事に就いてからも、必要に応じて学校へ戻って再教育を受けるため、「学び直し教育」とも呼ばれています。このふたつの違いをまとめると、次のとおりとなります。
- リカレント教育
→一般的に、キャリアを中断して大学などに入り直すこと - リスキリング
→仕事を続けながら自身のスキルを継続的にアップデートしていくこと
また、リスキリングと並んで使われる言葉に、アップスキリングがあります。アップスキリングとは、すでにもっているスキルを高めること。リスキリングでは、新しく必要とされるスキルを磨くため、リスキリング後の仕事内容や仕事で生み出す価値が変わります。一方、アップスキリングを経ると、その人の生産性や業務の難易度が上がります。
リスキリングへの注目が集まる背景
リスキリングが注目される背景には、デジタルトランスフォーメーション(DX)があります。DXとは、企業がデータとデジタル技術を活用して、ビジネスモデルや組織を変革すること。その目的は、企業の競争上の優位性を確立することです。
DX時代に求められる人材とは、どのような人材でしょうか。業務の各プロセスをデジタルなシステムに置き換えられるエンジニアや、情報データを解析して戦略に反映できるデータアナリストなどの専門人材が挙げられます。しかし、デジタルに特化した人材だけではDXは進められません。DX時代には、すべての人がデジタルで価値を創造するための新しいスキルを獲得する必要があるのです。そこで、必要になるのがリスキリングです。
DXが進展すれば、自動化などを通じて世界で約8,500万人分の仕事が消失する一方、約9,700万人分の仕事が新たに生まれるとの試算もあります。つまり、新たな業務に携わる人材が必要とされているのです。
アメリカでは、2030年までに世界で10億人のリスキリングを支援するプログラムを立ち上げることが決定済み。また欧州では、EUを中心にリスキリングに取り組んでおり、2027年までに最新のテクノロジー職に就ける人材を約26万人増やすことを目指すなど、世界的な盛り上がりを見せています。
とはいえ、アメリカや日本の一部の企業が行なうような積極的なリスキリング支援など、自分のいまの環境ではとても望めないし、そもそも何を学べばいいかわからない……。そんな人も多いはずです。そこで、リスキリング時代に重要な、独学でも学べる3つのスキルについて、次の項で紹介しましょう。
リスキリング時代にこそ押さえておきたい、独学でも学べる3つのスキル
経営学者のロバート・カッツ氏が提唱したフレームワークに「カッツ理論」があります。組織のマネジャーに求められるスキルを3つに分類し、職位に応じて必要とされるスキルの割合をモデル化したもので、その比率は職位の変化とともに変化すると考えられています。
カッツ理論の3つのスキルは、テクニカルスキル(業務遂行能力)、ヒューマンスキル(対人関係能力)、コンセプチュアルスキル(概念化能力)。
(画像引用元:グロービス学び放題|カッツ理論)
DX時代にあっても、じつは普遍性の高いスキルは相変わらず求められ続けています。ことDXとなると、テクニカルスキルに注目が集まりがちですが、対話で成り立つ社会のなかで成果を出すのであれば、コンセプチュアルスキルやヒューマンスキルは必要不可欠。場合によっては、この2つのスキルがよりいっそう求められる時代になるかもしれません。
3つのスキルは、それぞれに学び方があります。
コンセプチュアル・スキルは概念化能力とも言われ、抽象的な考えや物事の大枠を理解する力を指します。具体的には論理思考力、問題解決力、応用力などです。判断や意思決定における確度を高めることのできる重要な能力であるだけに、カッツ理論でも上位の役職になるほど必要性が高い能力であるとしています。
この能力は、論理思考力や問題解決能力に関する書籍や動画などで基本的な知識を理解することに加え、日常的に仕事のなかで判断・意思決定を繰り返すことで高めていけます。たとえば、上司や先輩に何かを相談する場合、「どうしたらよいでしょうか?」ではなく、「自分はこのような判断のうえで、○○を実施したらよいと考えますが、いかがでしょうか?」といったように、自分なりに判断や対策を考えてから相談してみてください。ほかには、上司の判断の背景や理由、中期経営計画の意図などを自分なりに考えてみるのもよい方法です。こうして考える習慣をつけることから始めましょう。
ヒューマン・スキルであれば、リーダーとしてマネジメントの経験を積んだり、リーダーシップについて動画や本で学んだりしてみてください。余裕があれば、心理学や社会行動学に触れてみるとよいでしょう。「なぜ人は感情で判断し、合理的な判断をしないのか」といったことを知っていくと、うまく人づきあいができたり、人をマネージしたりできるようになります。
テクニカル・スキルとは、業務を遂行する際に必要となる知識やスキルのことなので、現場での仕事を通じて学んでいきます。このとき、大切にしてほしいのが「好奇心」です。これからの時代、誰もが先を読めない時代になることでしょう。変化を恐れない人は好奇心をもっています。常にアンテナを張って学んでいます。ですから、新たなサービスやプロダクトが出てきたら、積極的に触れて使ってみてください。
デジタル化で変わる、顧客が求める価値の変化と情報の非対称性
さきほどの3つのスキルに加えて重要なのが、デジタル化による、産業構造変化のプロセスを理解するという点です。以下に示すプロセスのうち特に重要なのが、3番目の顧客が求める「価値」が進化するという点。
(画像引用元:グロービス学び放題|テクノベート・ストラテジー(前編))
今後、既存のサービスでは顧客が満足しなくなるという状況が続きます。たとえば、これまで多くの企業では情報の非対称性を軸に収益を上げていました。つまり、会社のほうが格段に情報をもっていて、その情報を加工したり抽出したりすることで、対価を得てきたのです。
しかし、いまでは多くのサービスがデジタルに置き換えられることによって、逆転現象が起きています。つまり、顧客のほうが企業や情報に詳しく、「どの企業が優れた情報を出してくれる」「どこのメディアの方がいい」などと評価をしている状況です。
そんな時代に身につけるべきスキルは、圧倒的な顧客理解力です。「自分たちのサービスを支持している顧客は誰か」「その顧客はなぜ自分たちのサービスを利用してくれているのか」という質問について、改めて考え直す、考え続けることが重要でしょう。
このような顧客の変化にいち早く気づくためにも、先ほどお伝えした好奇心が非常に重要になってくるのです。デジタル・DX時代は、好奇心をもってさまざまなサービスや情報にいち早く触れ、顧客の変化にいち早く対応できる人材が生き残る――そんな時代だとも言えるでしょう。
(参考)
リクルートワークス研究所|Works Report 2020リスキリング~デジタル時代の人材戦略
グロービス学び放題|カッツ理論
グロービス学び放題|テクノベート・ストラテジー(前編)
【プロフィール】
加藤 剛広(かとう・たかひろ)
グロービス講師。大手メーカーにて通信制御の研究・開発を経てネットベンチャーに参画。複数事業の部門長を歴任しながら、事業拡大と新規事業の立ち上げ、人事制度設計などに従事し、10億円70人への組織拡大に尽力。現在は株式会社グロービスのデジタルプラットフォーム事業部にてデジタルコンテンツや学習インフラの開発、学習データ分析等の統括リーダーとして複数の事業を兼任。加えて大学院の創造系ファカルティに所属しコンテンツ開発、講師育成等も兼務。思考系、ネットビジネス関連科目、ベンチャー系科目、テクノベート系科目、研究プロジェクト等の講師を担当。