記憶の定着には、「反復学習」および「想起テストを繰り返すこと」が役立つそうです。つまり、インプットにしろアウトプットにしろ、繰り返すことは脳へのアプローチとして最適だということ。
そうした事実をふまえ、ドイツの社会学者が多用していたメモ術「ツェッテルカステン」を、繰り返しの学習用にアレンジしてみました。
なぜ「繰り返し」が脳へのアプローチとして最適なのか
なぜ繰り返すことが脳へのアプローチとして最適なのか、少し探ってみましょう。
1. 反復学習について
東京大学薬学部教授の池谷裕二氏によると、外から入ってきた情報は、まず耳の奥にある脳の海馬が、生存に不可欠な情報かどうかを基準に仕分けるそうです。それで重要(生存に不可欠)だと判断された場合は、脳の大脳皮質に送られ、長期間保存されるのだとか。ところが、たとえ生死に関わらない情報でも、
何度も繰り返し脳に送り続けると、海馬は「これは生きるのに必要な情報に違いない」と勘違い
するそうです。それを池谷氏は「海馬をダマす」と表現し、
「勉強は反復」――反復すれば、情報は記憶として定着するということを覚えておきましょう。
(カギカッコ内含む引用元:WAOサイエンスパーク|こうすれば記憶力は高まる!~脳の仕組みから考える学習法)
と伝えています。
2. 想起テストの繰り返しについて
また、セントルイス・ワシントン大学が、2006年に学術雑誌「Psychological Science」で発表した研究は、テストが学習の評価だけでなく、学習の向上に役立つ強力な手段であることを明らかにしました。この研究で行なわれた実験とは――研究に参加した学生らに資料(約270語のテキスト)を与え、
- 4回の熟読
- 3回の熟読と1回の想起テストの組み合わせ
- 1回の熟読と3回の想起テストの組み合わせ
といった条件を設け、その5分後・2日後・1週間後に最終テストを行なうというものでした。 すると5分後の最終テストでは、【A】の繰り返し熟読を行なった条件が、記憶の改善に役立つと示された(テストの成績がよかった)そうです。
しかし1週間経つと、【C】の繰り返しテストを行なった条件のほうが、大幅に記憶の保持力が高いとわかったのだとか。これは、いったいどうしてでしょう?
(参考:SAGE Journals|Test-Enhanced Learning: Taking Memory Tests Improves Long-Term Retention / 国立大学法人 岩手大学|憶えたければ思い出せ!:想起の学習促進効果)
なぜ想起テストを繰り返すと記憶が強化されるのか?
脳の神経細胞どうしのシナプス(接合部)伝達が強まり、それが長く継続することを長期増強現象(LTP)と呼ぶそうです(参考:京都大学|記憶の持続メカニズムを解明 -あらたな分子記憶の原理を提唱)。
京都大学が2022年に発表した内容によれば、LTPは学習直後と、同日の睡眠中、学習した翌日の睡眠中に起こる現象で、記憶の固定化や、長期記憶の形成に必要なのだとか(参考:J-STAGE|光によるシナプス可塑性制御で明らかになった記憶固定化機構)
また、富山大学大学院医学薬学研究部によって執筆(2014年4月10日原稿完成)された脳科学辞典には、
学習時に活動したニューロン(オレンジ)の間のシナプスではLTPが起こり、ニューロン活動が収まった通常時でも伝達効率が増強されている。
学習時に同期活動をしたニューロン同士は強いシナプス結合で結ばれる
とあり、そのため、
何らかのきっかけで一部のニューロンが活動すると、このニューロン集団全体が活動し、その結果として記憶が想起される。
と説明しています。(参考および引用元:脳科学辞典|記憶痕跡)。
つまり――たとえば記憶Aを思い出すときは、記憶Aの保存時に強いつながりで結ばれた神経細胞のグループが、再び一緒になって活動する可能性があるわけです。想起を繰り返すことで記憶が強化されるのは、当然とも言えるかもしれません。
ツェッテルカステンが役立つワケ
前項では、なぜ繰り返すことが脳へのアプローチとして最適なのかを探りました。次に、なぜ繰り返しの学習にツェッテルカステン(Zettelkasten)を選んだのかを説明します。社会学者のニクラス・ルーマン氏が多用していたという、このメモ術に関しては、以下のSTUDY HACKERの記事でも何度か紹介しているので――
- 『天才社会学者がやっていた。大量アウトプットを可能にする驚異のメモ術「ツェッテルカステン」って知ってる?』
- 『「手書き」と「関連づけ」で理解と記憶が進む。すごいメモ術「ツェッテルカステン」を勉強に活用してみた。』
ここでは少しザックリと紹介しましょう。下の図はルーマン氏のツェッテルカステンを説明するための簡単な図解です。
(図解のなかのメモの中身 参考:J-STAGE|光によるシナプス可塑性制御で明らかになった記憶固定化機構)
上の図にあるように、ツェッテルカステンには、情報を書き込む【メインのメモ】と、参考文献などの情報を書く【文献管理のメモ】と、そのほかにメモが迷子にならないよう別途【タグ管理のリスト】もしくは【索引】などがあります。
【メインのメモ】には識別番号を振り、「1」と「2」のあいだに関連するメモを差し込みたいときは「1/1」「1/2」「1/3」といった具合に階層を増やします。また、離れた番号と関連づけたいときは、該当メモの識別番号を書き込み、それによってリンクを示します。
つまり、どんどん階層が増え、どんどんリンクがつながるこの方式は、デジタルだとすぐに巨大なネットワークと化すわけですが――
アナログなメモの場合は、物理的に考えて、それよりだいぶ小さな規模になるわけです。保管場所を限定すればなおさらのこと。
つまりそれは、あらゆる方向から何度も繰り返し、同じ情報に接することが実現しやすいということ。それに、同じ情報でも、毎回同じ方向からたどり着くより、さまざまな方向からたどり着くほうが退屈しませんよね。
また、情報を書くのは小さな紙なので、一部ひっくり返して、簡単な想起テストにすることも容易なわけです。
(以上参考:PRESIDENT Online|「30年で58冊の名著を量産」天才社会学者がやっていた無駄にならないメモの取り方 だれでも天才になれるすごい方法 / 前出の「STUDY HACKER」内 “ツェッテルカステン” ページ)
では、実際に、繰り返し学習用としてツェッテルカステンを試してみましょう。
ツェッテルカステンで繰り返し学習をやってみた
ルーマン氏は、ツェッテルカステンをインデックスカードに書いていたそうです(前出の「PRESIDENT Online」参考)。つまり、一定サイズに裁断された厚手の紙片のこと。日本では「情報カード」と呼ぶのだとか(参考:Wikipedia|情報カード)。
しかし、それよりも手に入りやすくリーズナブルなので、筆者はA6サイズのメモ帳(白無地)を使います。
(画像の引用元:前出の「STUDY HACKER」内 “ツェッテルカステン” ページ)
また、先の図解にも描きましたが、ルーマン氏はツェッテルカステンを、木製のファイリングキャビネットに保管していたそうです。
しかし、そんな保管場所を確保するのは、なかなか難しいですよね。なおさら今回はリンクを頼りに並べ直して、何度も情報に接し、何度も想起テストを繰り返す取り組みなので、下の写真のような空き箱などに、いったん保管しておいていいかもしれません。
そうして――
「繰り返し」による脳へのアプローチで、ドイツの社会学者が多用していたメモ術「ツェッテルカステン」を、勉強に生かしてみました。
すると、なんだかゲーム感覚で、思っていたよりもずっと楽しく勉強することができました。それに、期待していた以上の発見があったのです。
(メモの中身参考:京都大学|記憶の持続メカニズムを解明 -あらたな分子記憶の原理を提唱 / J-STAGE|光によるシナプス可塑性制御で明らかになった記憶固定化機構 / 脳科学辞典|記憶痕跡)
それは、「この情報のつながり、関連することは何であったか」すぐ考えるようになったことです。つまり、目の前にあるのは小さな紙に書かれた、小さな情報なのに、むしろ背後・周辺にある情報への意識が高まっていたわけです。
先に、結束力の高いニューロン集団(参考:脳科学辞典)について述べましたが、繰り返しによる記憶の定着だけでなく、メモにしても脳にしても “つながり” が、学習効果の範囲をグーンと拡大してくれるかもしれません。それを期待して、もう少し続けてみようと思います。
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「繰り返し」による脳へのアプローチで、ドイツの社会学者が多用していたメモ術「ツェッテルカステン」を、勉強に生かしてみました。これならひとりでも、友人たちとでも、楽しく勉強できるかもしれませんね。
(参考)
PRESIDENT Online|「30年で58冊の名著を量産」天才社会学者がやっていた無駄にならないメモの取り方 だれでも天才になれるすごい方法
STUDY HACKER|天才社会学者がやっていた。大量アウトプットを可能にする驚異のメモ術「ツェッテルカステン」って知ってる?
STUDY HACKER|「手書き」と「関連づけ」で理解と記憶が進む。すごいメモ術「ツェッテルカステン」を勉強に活用してみた。
SAGE Journals|Test-Enhanced Learning: Taking Memory Tests Improves Long-Term Retention
WAOサイエンスパーク|こうすれば記憶力は高まる!~脳の仕組みから考える学習法
国立大学法人 岩手大学|憶えたければ思い出せ!:想起の学習促進効果
京都大学|記憶の持続メカニズムを解明 -あらたな分子記憶の原理を提唱
J-STAGE|光によるシナプス可塑性制御で明らかになった記憶固定化機構
脳科学辞典|記憶痕跡
Wikipedia|情報カード
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STUDY HACKER 編集部
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