20世紀を代表する社会学者のひとり、ニクラス・ルーマン氏は、インデックスカードに手書きしたメモを互いに関連づけるやり方で、本や記事など大量の良質なアウトプットを可能にしたといいます。この方法をツェッテルカステンというのだとか。
じつは、このツェッテルカステンを客観的に眺めてみると、学習にも役立つことが大いに期待できます。とはいえ、ルーマン氏のやり方を忠実にまねるのは、なかなか大変そう……。そこで今回は、現代の学習者にとって少しでも使いやすくなるよう、手書きのツェッテルカステンをアレンジしてみました。
ルーマンの「ツェッテルカステン」
2015年7月10日に公開されたドイツの地方日刊紙「Westfalen-Blatt(オンライン版)」の記事には、木製のファイリングキャビネットが6つ並べられた写真が載せられています。ファイリングキャビネットの引き出しのなかにはインデックスカード(※)がビッシリと入っており、その横にはビーレフェルト大学教授のアンドレ・キーザーリング(André Kieserling)氏らが佇んでいます。
キーザーリング氏は、ビーレフェルト大学の教授でもあったルーマン氏の、同大学における後継者なのだとか。そして、うしろには、にこやかな表情をしたニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann)氏の写真が置かれています(参考:Westfalen-Blatt|Kunsthalle zeigt Luhmanns Zettelkasten)。
つまり、その「木製ファイリングキャビネット」と「インデックスカード」が、ルーマン氏のツェッテルカステンというわけです。
(※日本では「index card」を「情報カード」と呼ぶ。一定サイズに裁断された厚手の紙片を指す/参考:Wikipedia|情報カード)
このツェッテルカステンを、自身の著書『TAKE NOTES!』(日経BP)で紹介した教育・社会科学分野の作家・研究者のズンク・アーレンス(Sonke Ahrens)氏によれば、ルーマン氏も以前はごく普通にメモをとっていたのだとか。しかし、それでは不十分だと考え、
「ひとつのアイデア、ひとつのメモの価値は、文脈によって決まる」、そして「その文脈は、必ずしもメモを採録した文脈とは限らない」
(引用元:PRESIDENT Online|「30年で58冊の名著を量産」天才社会学者がやっていた無駄にならないメモの取り方)
と気づき、ツェッテルカステンへと発展させたそうです。その “気づき” を、筆者なりの解釈と表現で説明してみると、たとえば「深呼吸が身体にいい」という情報の文脈(前後のつながり)が――
- 「呼吸は脳に酸素を送る」という話と、「ゆっくりとした呼吸は集中力を回復させる」という話なのであれば、勉強や仕事時間のアイデアおよび価値となり、
- 「呼吸はストレス緩和にいい」という話と、「ゆっくりとした呼吸は緊張感をほぐす」という話であれば、休憩寄りのアイデアおよび価値となる
――のではないでしょうか。この原理で考えていくと、新たなアイデアや価値は、もはや無限大に膨らみそうですよね。
では、ルーマン氏がどうやってこのアナログなメモどうしの相互リンクを実現していたかといえば――それは、こんな具合に数字を書いて関連づけていたのだそう。
(ツェッテルカステンのやり方の参考と、画像の引用元:STUDY HACKER|天才社会学者がやっていた。大量アウトプットを可能にする驚異のメモ術「ツェッテルカステン」って知ってる?)
こうして四方八方につながった膨大な量のメモを、木製のファイリングキャビネット(アーレンス氏は「木の箱」と表現)に保管していたわけです。では、これらをどうやって分類・管理していたのでしょう?
「ツェッテルカステン」の分類方法
アーレンス氏によると、ルーマン氏はメモを以下のとおりに分類していたそうです。
- 【文献管理用(補助)の箱】:参考文献の情報と、その内容に関する短いメモ。たとえば読書の際のメモは、書誌情報をカードの片面に書き、その裏側に自分のメモを書く。
- 【メインの箱】:文献管理用の短いメモや、そのほかの走り書きメモなどを見直し、すでにあるメモとの関連性を考えながら、新しくメモを書く(1枚に1アイデア)。
※上記の内容から、走り書きしたメモもあるが、これは箱に保管しない。
また、メインのメモにおいては、
たいていの場合、新しいメモは前のメモに直接続き、連続した長いメモの一部になります。そして、必要に応じて、新しいメモとこれまでのメモにリンクを追加しました。
(枠内参考元および引用元:前出の「PRESIDENT Online」記事)
とのこと。
つまり、メモを書いてそれを「1」にした場合、関連するメモは「2」「3」と続き、あいだにメモを挿入したい場合は「1/1」「1/2」「1/3」、さらに挿入したい場合は「1/1/1」「1/1/2」「1/1/3」といった具合になりますが――
必要に応じて前出の図解のように、「新規」と「既存」のメモを数字でリンクさせるわけです。
(ツェッテルカステンのやり方の参考と、画像の引用元:前出の「STUDY HACKER」記事)
また、ルーマン氏は参考元の「アイデアや言葉をただそのまま写し取るのではなく」、「できるだけ原文の意味を維持しつつ、自分自身の言葉を選んでいくという作業」を行なっていたそうです。これについてアーレンス氏いわく、「もとの文の内容をただ引用するよりも、消化して自分のものにしたほうが、メモとしてはるかに価値があります」とのこと。
ちなみに図解では(仮に)数字だけの識別番号にしていますが、ルーマン氏は「21/3d7a6」といったアルファベットと数字を交互に入れたものを使用していたそうです。
(カギカッコ内引用元および参考元:前出の「PRESIDENT Online」記事)
「ツェッテルカステン」が学習に有用だと考える理由
これまでの内容をふまえると、ツェッテルカステンの客観的な特徴は、
- 手書きする
- 自分の言葉で書く
- 常に再構成する(関連づけによって同じメモを別の文脈でも活かす)
と言えるのではないでしょうか。これらは、ツェッテルカステンが学習に有用だと考える理由になるはずです。なぜならば、これらの特徴は理解と記憶を助けるものであり、脳の働きや、記憶のメカニズムの原理にも似ているからです。詳しく説明しましょう。
手書きは「自分の言葉で再構成」する
プリンストン大学のパム・A・ミューラー氏と、UCLAのダニエル・M・オッペンハイマー氏は3つの研究により、パソコンでメモをとった人は、手書きでメモをとった人よりも、内容の理解が乏しくなると明らかにしたそうです(2014年4月23日にオンラインで公開された研究論文の概要を参考にした)。
逆に手書きの場合は、内容の理解と記憶によい結果が出たとのこと(明治大学法学部教授・堀田秀吾氏による同研究の紹介を参考にした)。この結果に対する識者らの見解は次のとおりです。
- 【研究者らの見解】パソコンなどで記録する人は、情報を処理して自分の言葉で再構成するの “ではなく”、情報をそのまま転写する傾向がある。これは学習に有害であることを示している。
- 上の内容を逆から読み取ると、手書きの場合は「頭のなかで情報を処理して自分の言葉で再構成する」傾向があると考えられる。
- 【堀田氏の見解】手書きはパソコンなどより記録スピードが遅いため、頭のなかで自分なりにまとめる作業が発生し、脳内で要約する負荷がかかり、記憶の定着に結びつきやすい。
また、堀田氏はノルウェー科学技術大学の研究(手書きで多くの感覚が活性化されるなど)を挙げ、紙と筆記具の使用が脳に刺激を与えているとの考えを述べています。
(この項目の参考元:「PRESIDENT Online|10分間散歩した後、誰かに教えるつもりで、手書きでノートにまとめると、絶対に忘れない」および「SAGE Journals|The Pen Is Mightier Than the Keyboard: Advantages of Longhand Over Laptop Note Taking」。
記憶は「常に再構成」されている
認知神経科学者で京都大学教授の月浦崇氏は、2003年4月の「AIST Today(産業技術総合研究所)」のなかで、機能的磁気共鳴映像(fMRI)装置の脳イメージング法を用いた発見について、次のように伝えています。
この研究から、海馬のヒトの記憶の想起に関与する本質的役割は記憶を思い出す際に記憶に含まれる多くの要素を正しく組み合わせ、それを再構成することであることが示唆された。
(引用元:AIST: 産業技術総合研究所|記憶は再生時に海馬を介して再構成される)
同氏は京都大学の授業(2016年5月30日)でも、「記憶は、憶えて・保存して・思い出すといった行為を繰り返しながら、少しずつ変化している」「記憶はこの3つの過程を通して、常に再構成されている」と伝えています。
(カギカッコ内参考元:京都大学広報誌『紅萠』|記憶は脳の中でどのように表現される?)
――これらの内容は、ツェッテルカステンの客観的な特徴「手書き・自分の言葉で書く・つねに再構成する」に相通ずるものがあるのではないでしょうか。
「ツェッテルカステン」を使いやすくアレンジする
前項をふまえ、「手書きのツェッテルカステン」は学習の理解と記憶を助けると判断し、ここからは学習用に使いやすくアレンジしていきます。学習に有用だと考えられる要素(手書き・自分の言葉で書く・関連づけによる再構成)以外は、自由にアレンジする意向です。
そこで、まず選んだのはA6サイズの小さなノートです。補助の役割をもつ【文献管理用】のメモに使います。
本来のやり方とは違い、こちらでは走り書きも一緒に書いてよしとします(書いていいのか悪いのか、迷う状況をつくらないため)。
(ノートの中身参考:BLP-Network著(2022),『NPOの法律相談[改訂新版]――知っておきたい基礎知識62』,英治出版.)
そして、【メイン】として使うのがA6サイズのメモ帳です。文献管理のメモや、走り書きしたメモなどを見直し、すでにあるメモとの関連性を考えながら、これに新しいメモを書いていきます。
とりあえずメモ帳は切り離さず、1ページに覚えたい1情報(自分の言葉でまとめたもの)を書き、関連した情報を次ページ、次ページへと書きつなげ、そのまま続きの番号を振っていけばいいのではないでしょうか。
あいだにメモを挿入したいときは、白紙のメモを切り離して内容を書いて、あいだに差し込み、「1-1」「1-2」もしくは「1-a」「1-b」といった具合に番号を振っていきます。
たとえば、まったく違う本や参考書、あるいは各メディアやニュースで見聞きしたことなどでも、
- 内容に関連性がある
- 一緒に覚えやすい
- 新たな解釈が生まれる
- 並べて比較しやすい視点の違いがある
といったことで、「新規」と「既存」のメモをリンクさせたいときは、下画像のように、リンクしたいメモの番号を書きます(手法は本来のものと同じ)。取扱説明書にも必ず関連ページが記載されていますが、そのイメージにも似ていますよね。
(メモ帳の中身参考:BLP-Network著(2022),『NPOの法律相談[改訂新版]――知っておきたい基礎知識62』,英治出版./NOMURA|ソーシャルインパクトボンドの発展と今後の課題)
また、先の【文献管理・走り書きメモ用】の小さなノートには、メモと一緒に参考文献の情報も書いていますが、その文献ごとに番号を振っておき、メインのメモにはその文献番号も書いておきます(上画像の右上)。
もしも面倒でなければ(なおかつ複数でなければ)、文献情報はそのままメインのメモにも書いていいかもしれません。そのほうが便利かも。
さらに――
関連づけられた複数のメモに大きな流れ、あるいは大きなひとつの解釈などが見えたら、新たなメモを使い、自分の言葉でそれらをまとめてもいいのではないでしょうか(下画像の左下)。そのほうが理解を深め、記憶にも残りやすくなるはず。
メモ用紙がいっぱいになったら、右上のイラストのように輪ゴムなどでとめ、その1冊を判別できるよう、表紙に番号や語句を入れておくといいかもしれません。
やってみた感想
理解と記憶の促進に期待をかけ、手書きの「ツェッテルカステン」をアレンジしながら、少しだけ勉強を実践してみました。普段から使っている小さなノートと、同サイズのメモ帳なので、たいして保管には困らなそうです。
正直なところ「アレンジのおかげでまったく面倒くさくない」とは言えませんが、走り書きしたメモを見直して、自分の言葉で書き直したり、メモを並べたり、あいだに差し込んだりしているうちに理解が進み、その内容が頭のなかに浸透していったのは確かです。
また、外出の際にどれか1冊のメモを持って出かけ、的を絞ってスキマ時間に勉強できるのも大きなメリットかもしれません。まだまだ改善の余地がありそうですが、よろしければヒントにしてくださいね。
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手書きによる感覚の活性化で、脳へのいい刺激になっていることも実感できましたよ。ぜひお試しあれ。
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
「STUDY HACKER」は、これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディアです。「STUDY SMART」をコンセプトに、2014年のサイトオープン以後、効率的な勉強法 / 記憶に残るノート術 / 脳科学に基づく学習テクニック / 身になる読書術 / 文章術 / 思考法など、勉強・仕事に必要な知識やスキルをより合理的に身につけるためのヒントを、多数紹介しています。運営は、英語パーソナルジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を手がける株式会社スタディーハッカー。
(参考)
STUDY HACKER|天才社会学者がやっていた。大量アウトプットを可能にする驚異のメモ術「ツェッテルカステン」って知ってる?
SAGE Journals|The Pen Is Mightier Than the Keyboard: Advantages of Longhand Over Laptop Note Taking
PRESIDENT Online|10分間散歩した後、誰かに教えるつもりで、手書きでノートにまとめると、絶対に忘れない
PRESIDENT Online|「30年で58冊の名著を量産」天才社会学者がやっていた無駄にならないメモの取り方
BLP-Network著(2022),『NPOの法律相談[改訂新版]――知っておきたい基礎知識62』,英治出版.
AIST: 産業技術総合研究所|記憶は再生時に海馬を介して再構成される
京都大学広報誌『紅萠』|記憶は脳の中でどのように表現される?
NOMURA|ソーシャルインパクトボンドの発展と今後の課題
Westfalen-Blatt|Kunsthalle zeigt Luhmanns Zettelkasten
Wikipedia|Zettelkasten
Wikipedia|Niklas Luhmann
Wikipedia|情報カード