非凡な業績を成し遂げ、世界を大きく動かし続けるトップ経営者たち。彼らが膨大な仕事量をさばき、コンスタントに結果を出せているのはなぜでしょうか? その仕事術や思考法には、私たちの仕事に役立つヒントもきっと隠れているはずです。
イーロン・マスク氏、孫正義氏、マーク・ランドルフ氏。3人の世界的経営者の仕事術をのぞき、ビジネスパーソンとしてワンランク成長するための糧としましょう。
「バッチング」——イーロン・マスク氏
宇宙開発事業のスペースX社CEO、イーロン・マスク氏が使っているのが「バッチング」というタスク処理テクニックです。
バッチングは、簡単に言うと「同じようなタスクをひとまとめにして処理する」という仕事術。コンピューターに詳しい方なら「バッチ処理」という言葉を聞いたことがあるでしょう。
(※コンピューターの「バッチ処理」……同種の処理をするデータをためておき、あとで一括処理する手法)
たとえば、自分が抱えている仕事を「メール業務」「リサーチ業務」などいくつかのグループに分類し、同種のタスクをなるべくまとめてやるのがバッチングの例。この場合、「メール業務をやる」と決めた時間はメールチェック・返信などの業務を一気に処理し、リサーチ業務には手を出さないようにするのです。
脳神経外科医の菅原道仁氏によれば、タスクの種類を頻繁に切り替える「スイッチタスク(マルチタスク)」で作業をすると、そのたびに仕事が中断されることになり、短時間ごとに集中が途切れてしまうとのこと(参考:菅原氏の著書『脳神経外科医が教える 一生疲れない人の「脳」の休め方』)。つまり、生産性を損なわないためには、この “タスクの切り替え” をできるだけ減らすことが大切なのです。
習慣化コンサルタントで仕事術に詳しい古川武士氏も、同じ種類の作業はまとめて行なうと効率的と説明します(「プレジデントオンライン|マルチタスクは「シングルモード」で最速処理」より)。その際、たとえば以下のようにタスクを分類するといいとのこと。バッチングを実践する際のひとつのヒントにしてみてください。
(※以下枠内について、〈〉カッコで示した分類は古川氏が提唱しているもの。各分類以下の具体例は筆者が考案したもの)
〈電話業務〉
- A部長への電話
- 取引先のB社への電話
- 顧客のCさんへの電話
〈メール業務〉
- 取引先のB社へのメール
- 受注先のD社へのメール
- E課長へのメール
〈対人コミュニケーション業務〉
- 同僚のFさんへの頼み事
- 経理部のGさんへの相談
- H部長とのミーティング
〈資料を作成する業務〉
- 会議資料作成
- 商談用の資料作成
〈資料を読む業務〉
- 関西地区の売上データを読む
- アンケート調査の結果を読む
「勝率7割」にこだわる——孫正義氏
世界的IT企業ソフトバンク株式会社の創業者である孫正義氏のこだわりは、「勝率7割」。事業などをやるべきかどうか決断するとき、「勝率が7割以上あるかどうか」を判断基準にするそうです。(参考:ソフトバンクアカデミア特別講義 編『孫正義 リーダーのための意思決定の極意』)
勝率が5割(五分五分)程度ではあまりに低すぎるものの、9割の勝率を確信できるまで待っていては好機を逸してしまう――つまり “攻め” と “守り” のバランスがちょうどよくなるのが、勝率7割というラインであるようです。
ただし、この「7割」へのこだわりというのは「だいたい大丈夫そうならやってみよう」のような、いいかげんな態度を指すものではありません。孫氏は次のように述べました。
7割以上勝てることへの100%の確証が絶対に必要なんだ。
考え抜いて、どう考えてもこれは7割以上行けるぞ、というものでないといけない。執念の入った7割でないといけない。
(引用元:新R25|“五分五分の戦い”を仕掛けるのは馬鹿がやること。孫正義が熱弁する「リーダーの資質」)
勝率7割への「確信」が重要なのですね。
また孫氏は、リスクの大きさを見積もる基準としても「7割」という数字を用いているとか。「会社の資産の3割以上を失うリスクは犯さない」「3割以上の損失が出そうになったら迷わず撤退する」など、とにかく会社の資産の「7割」を徹底して守るようにしているそうです。こうすれば「会社が潰れる」という最悪の事態に至ることなく、また次の事業にチャレンジすることができるのです。
経営に限らず、この「7割へのこだわり」は私たちの仕事や日常生活にも応用できる可能性があります。たとえば、
- 資格取得を目指そうか、やめておこうか迷っている
- 温めていた企画を上司に提案してみようか迷っている
- 転職をしたいが、うまくいくか不安
このような場面で、どうやって決断を下せばいいのかわからないときは、「7割」という数字がひとつの基準になるかもしれません。あらゆる要素をふまえて考え抜いた末、「勝率7割以上」と踏んだらトライしてみる価値があるでしょう。逆に「勝率が低いからやめておこう」という “やらない決断” を下すときにも役立つはずです。
成功確率を厳密に計算することは難しいものですが、試験ならば「合格率」、事業の提案なら「市場規模」や「他社の成功事例」、転職なら「有効求人倍率」など、客観的データをできるだけたくさん参照しつつ、おおよその確率を見積もってはいかがでしょうか。
「トリアージ」——マーク・ランドルフ
動画配信サービスNetflix創業者のひとり、マーク・ランドルフ氏が、2021年の講演会「The Education City Speaker Series」にて、「成功する起業家の条件」のひとつとして挙げたもの。それが「トリアージ」というスキルです。
トリアージとは「選別」「優先割当」という意味のフランス語。もともとは医療用語で、患者の重症度別に治療の優先順位をつけることを指す言葉です。転じてビジネスの文脈では、タスクの重要性を見極め、優先順位をつけるスキルのことを意味します。
目の前にある仕事のうち、優先的にとりかかるべきものはどれか? 特に力を注ぎ込むべきものはどれか? 逆に、切り捨てるべきものはどれなのか? ——タスクの優先順位や重要性を見極め、整理するトリアージ能力は、経営者に限らず全ビジネスパーソンにとって重要なスキルでしょう。
医師・経営者で『10の仕事を1の力でミスなく回す トリアージ仕事術』の著者 裴英洙氏は、医療現場における本来のトリアージ法を応用し、仕事の優先順位を以下の4種類に分類・色分けすることを提唱しています。(「ダイヤモンド・オンライン|第1回 これは使える!マルチタスクをミスなく大量にさばける、3つの法則」より。例は、裴氏の解説をふまえて筆者が考案したもの)
- 最優先治療群(赤色)……優先度「高」。一刻も早く取りかかるべき。
(例)今日中が締切のタスク、遅れればほかの人に迷惑がかかるタスクなど - 非緊急治療群(黄色)……優先度「中」。「最優先治療群」よりは急がなくてもいいが、比較的早急に取りかかるべき。
(例)締切が少し先のタスク、遅れても支障がないタスクなど - 軽処置群(緑色)……優先度「低」。いますぐやる必要はなく、後回しにできる。
(例)締切が特にないタスク、手が空いたときにやればよいタスクなど - 不処置群(黒色)……やらずに捨てる。
(例)現状の資源では対処できないタスクなど
たとえば赤・黄・緑・黒の4色ペンでToDoリストを色分けする、4色のふせん紙を資料やメモなどに貼りつけるなどの工夫をしてみるのはいかがでしょうか? 仕事の優先順位が一目瞭然になり、時間や労力を最適に配分できるようになるはずですよ。
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「バッチング」「7割へのこだわり」「トリアージ」。この3つの仕事術を取り入れ、生産性アップに役立てましょう。
(参考)
Medium|Top 10 Elon Musk Productivity Secrets for Insane Success
日経クロステック|バッチ処理は本当に時代遅れか、みずほ銀行も苦しめたその正体
マイケル・ハイアット著, 長谷川圭訳(2020),『フリー・トゥ・フォーカス究極の仕事術 集中力を自在に操り、生産性を上げる』 , パンローリング.
菅原道仁(2017),『脳神経外科医が教える 一生疲れない人の「脳」の休め方』, 実務教育出版.
プレジデントオンライン|マルチタスクは「シングルモード」で最速処理
ソフトバンクアカデミア特別講義 編(2011),『孫正義 リーダーのための意思決定の極意』, 光文社.
新R25|“五分五分の戦い”を仕掛けるのは馬鹿がやること。孫正義が熱弁する「リーダーの資質」
Business Insider Japan|ネットフリックス共同創業者が教える、成功する起業家に必要な3つの資質
コトバンク|トリアージ
ダイヤモンド・オンライン|第1回 これは使える!マルチタスクをミスなく大量にさばける、3つの法則
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。