海外と比べて生産性の低さが指摘されることも多い日本のビジネスシーンにおいては、スピードが強く求められています。「スピード仕事術」「高速仕事術」とうたうビジネス書も多く、「速読」ならぬ「速考」といったテーマもよく見られます。
「速く考えられれば、それだけ生産性が上がる」とも思えますが、その名も最新刊『遅考術』(ダイヤモンド社)を上梓した関西大学総合情報学部教授の植原亮(うえはら・りょう)先生は、「遅く考えることに大きなメリットがある」と語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
遅考術がもたらしてくれるメリット
私が著書などを通じて提唱している「遅考術」とは、文字通り「遅く考える」思考法のことです。この遅考術は、ふたつの柱からなります。ひとつは、「最初に思いついた仮説に飛びつかない」ということ。私たちは、つい「最初に思いついた仮説」に飛びつきがちなのです。
たとえば、ファッションが好きでちょっと変わった服装をしている人が、仕事で大きな失敗をしたとします。すると、「普段から服のことばかり考えているから、仕事で失敗するんだ」というように、失敗の原因を探るときに、最初の思いつきに飛びついてしまうのです。でも、しっかりと検証してみないことには、「服のことばかり考えている」ことが失敗の本当の原因かどうかはわかりませんよね。
遅考術のもうひとつの柱は、最初に思いついた仮説に飛びつかないようにしたうえで、「適切に思考を進めるためのツールを使うこと」です。私が言う「思考を進めるためのツール」とは、簡単に言えば思考法です。こういう場面ではこういう思考法を使うべきといった、考える内容に適した思考法が存在するのです。
そして、この遅考術を使いこなせるようになると、ふたつの柱に対応した2点のメリットが生じます。まず、最初に思いついた仮説に飛びつかないようにすることで、妥当な因果関係を導き出したり人物の評価をしたりするといったエラーが生じやすい場面でもエラーが生じにくくなります。つまり、誤った結論に至ることを回避できるということです。
また、適切に思考を進めるためのツールを使いこなすことができれば、誤った結論に至ることをただ回避できるだけではなく、より適切な結論に至ることができるようになります。頭のいい人は状況に応じて、こうしてあえて遅く考えているのです。
遅く考えているつもりで、そうできていないケース
しかし、「遅く考えるとエラーを回避でき、より適切な結論に至ることができる」と言うと、なかには「速く考えるのが苦手だからいつも遅く考えているのに、結局いい答えが浮かばなかったり考えが深まらなかったりする……」と思う人もいるかもしれませんね。
でも、そういう人は、遅く考えているつもりでいてじつは速く考えている可能性もあります。その場その場で思いついた仮説に飛びつく、つまり速く考えることをただ繰り返しているために、結果的に時間がかかっているに過ぎないというわけです。
あるいは、適切に思考を進めるためのツールを知らないために、これまた時間がかかってしまって遅く考えていると思っているだけのことかもしれません。思考が適切な方向に向かっていませんから、いつまでたっても妥当な結論にたどり着けないのです。
遅考術の基本は、「まずはいったん否定する」
ここで、遅考術で使う、適切に思考を進めるためのツールのひとつをみなさんに紹介しましょう。それは、「まずはいったん否定する」というもので、遅考術の基本とも言えます。
先に挙げた仕事で失敗をしてしまった人の例のように、因果関係を探ったり人物を評価したりするような場面でも、まずはいったん否定することで誤った結論に至ることを回避することができます。
私たちは、特定の人の経歴や服装などを見たときに、「おそらくこの人はこういう考えをもっているだろう」「こういう行動をするだろう」などと考えがちです。もちろんそれが本当にそうかどうかはわかりません。しかし、その思いつきに飛びついてしまうとディスコミュニケーションを招くようなことにもなってしまいます。だからこそ、その思いつきをいったん否定しなければならないのです。
あるいは、仕事で誰かが大きな失敗をしてしまったようなときには、どこに失敗の原因があったのか、因果関係をしっかりと探って改善策を考えなければなりません。そのときにも、「あいつはなまけものだから」といった思いつきに飛びついてしまうと、因果関係を見誤ることになり効果的な改善策を導くことが難しくなります。
そこで、やはり「あいつはなまけものだから」という思いつきをいったん否定します。そこを出発点にして本当の原因、因果関係を見つけ出すことができれば、効果的な改善策を導くことができるでしょう。
私たちの思考の特性として、最初の思いつきを捨てて「別の可能性もあるんだ」と考えるのは、勇気が必要なことです。誰もが、自分の思いつきを正しいと考えがちなのです。しかし、「その思いつきは正しいとは限らない」ということを知っていれば、その思いつきをいったん否定し、別の可能性を考える方向に一歩を踏み出すことができるでしょう。
【植原亮先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
勉強家ほど要注意? “知識があるほど間違える” という問題は「遅く考える」ことで回避せよ
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【プロフィール】
植原亮(うえはら・りょう)
1978年7月28日生まれ、埼玉県出身。関西大学総合情報学部教授。2008年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。『思考力改善ドリル』、『自然主義入門』(ともに勁草書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。