ワーキングメモリとは、学習・理解・推論といった複雑な知的操作を含め、何かをする際に情報を一時的に保持して行動につなげる脳のシステム。仕事や勉強だけではなく日常生活のパフォーマンスにも大きく影響します。
しかし、ワーキングメモリの資源は限られており、年齢とともにサイズが変化するのだそう。とはいえ、年齢を重ねたからといって、ワーキングメモリのシステム自体が損なわれるわけではありません。
「自分は後輩よりも脳が劣化しているから、絶対的に仕事の能率が悪い」なんて、決して思いこまないでください。代償機能がしっかりと働いている可能性は大きいですよ。説明しましょう。
ワーキングメモリの代償機能が再編成される可能性
年齢により前頭前皮質の関与が変わる
脳の前頭前皮質(前頭前野)は、複雑な知的プロセスにおいて重要な役割を果たすといいます。ワーキングメモリにかかわる、さまざまな脳領域の協調なども行うそう。そのため、ワーキングメモリは、前頭前皮質の完全性に大きく依存するといわれています。
すると、2019年8月1日付『NeuroImage』に掲載予定の、HSE大学(ロシア)・ヨーク大学(カナダ)・シンガポール国立大学が行った研究で、ワーキングメモリを支える脳領域は、年を重ねていく際に再編成が行われているという可能性が示唆されました。
研究者らは、2,020人の研究ボランティアの脳活動に関するデータを、若年層(18〜35歳)・中年層(35〜55歳)・高齢層(55〜85歳)といった3つの年齢グループに分けて分析したそうです。脳活動については、ワーキングメモリのパフォーマンス調査において一般的な「Nバック課題」を遂行中に、「磁気共鳴機能画像法(fMRI)」を用いて監視したとのこと。
それらをメタ分析した結果、以下については全グループが一致していたそう。
- 頭頂皮質と帯状皮質はワーキングメモリに強く関与
- 島皮質、前障、小脳とワーキングメモリの関与は薄い
しかし、前頭前皮質については、以下の差が生じたそうです。
- 若年層の前頭前皮質:ワーキングメモリとの関与が大きい
- 中年層の前頭前皮質:ワーキングメモリとの関与が低い
- 高齢層の前頭前皮質:ワーキングメモリとの関与が見られない
年齢が上がると、大脳皮質の頭頂部がより活性化
年齢を重ねることで、ワーキングメモリにとって重要な前頭前皮質の関与が低下するなんて聞くと、心配になってしまいますが、実は年齢が上がるほど、大脳皮質の頭頂部がより頻繁に活性化されるのだそう。
それは、ワーキングメモリメカニズムの代償機能が再編成されている兆候かもしれないと研究者は伝えています。したがって、「年齢とともにワーキングメモリのスキルが減少するとはいえない」とのこと。
わたしたちは生まれてからずっと、さまざまな経験を経て、物事への対応を変化させています。人はそれを「大人になった」「成長した」などと表現するのではないでしょうか。それも、変化をとげた脳の為せる業。
つまり、研究者の言葉を借りると、前頭前皮質の活動における変化は、歳を重ねて変化を見せる、問題解決に対する戦略の違いを示唆している、ということになります。
大脳皮質の頭頂部について
大脳皮質の頭頂部、いわゆる「頭頂葉」は、体の感覚を認知・分析・認識する働きを担っています。たとえば手足ほか身体の部位や、左右の判断、食べ物や香りの好き嫌いの判断などを司るとのこと。視覚機能と運動機能を結びつけることも知られています。
なおかつ文字を書いたり、音読したり、計算したりなど、高次脳機能を司る脳でもあるのだとか。年齢を重ねていくほど、この部分がより活性化するということになります。
それに、前出の研究成果は、脳の活動における変化を示しただけ。思考や創造性を担う脳の最高中枢・前頭前皮質自体が機能を低下させてしまうという説明ではないのでご安心を。
なお、有酸素運動や瞑想、マインドフルネスなど、前頭前皮質を活性化させる方法は広く知られている一方、頭頂葉を元気にする活動は、それほどポピュラーではありません。これを機会に、大脳皮質の頭頂部を元気にする方法を、入手してみてはいかがでしょう。
大脳皮質の頭頂部を元気にしてみる
頭頂葉を刺激する方法1:ジャグリング
2009年10月11日に『Nature Neuroscience』(電子版)で公開された研究によって、「視覚による認識」と「肉体による運動」の同時作業は脳を変化させることが明らかになりました。
その複雑な動作にピッタリ当てはまるのが、常に1つ以上の物が浮いている状態を維持し、複数の物を空中に投げたり取ったりを繰り返す「ジャグリング」なのだとか。
6週間のジャグリング練習を行った参加者の脳を調査したところ、頭頂葉における白質と灰白質に変化がみられたそうです。 ちなみに灰白質とは、脳の表面の神経細胞の細胞体が存在しているところ。白質とは、灰白質の内側にある軸索(神経細胞の連絡路)の集まりです。
さらに、4週間後に再度調査したところ、変化が極めて持続的であることも示されたそうです。
頭頂葉を刺激する方法2:計算
マサチューセッツ工科大学(MIT)のジョシュア・ハートショーン氏によれば、総合的な情報処理能力と記憶力のピークは18歳。その後は歳とともに衰えるのだそう。しかし、脳は若くなければダメというわけではないそうです。
なぜならば、ハートショーン氏率いるチームが10歳から90歳までの参加者を対象に能力テストを行ったところ、次のことがわかったからです。
- 名前を覚える能力のピーク:22歳
- 顔を認識する力のピーク:32歳
- 集中力のピーク:43歳
- 相手の感情を読み取る力のピーク:48歳
- 基本的な計算能力のピーク:50歳
- 一般情報を習得し理解する能力のピーク:50歳
- 語彙力のピーク:67歳
前出の研究でも示されたとおり、脳は経験や学習で変化し続ける器官です。だからこそ、意識的に使っていくことも大切だといえます。
ちなみに、言葉では側頭葉や前頭葉が、記憶では海馬が刺激されますが、頭頂葉は、
- 計算
- 空間認知
で刺激されるのだそう。空間認知は、前項のジャグリングが役立ちそうですが、計算も効果的だということなので、たとえば友人との食事で割り勘にする際などには、スマートフォンの計算機に頼らず、暗算を心がけてみてはいかがでしょう。
頭頂葉を刺激する方法3:そろばん
「視覚による認識」と「肉体による運動」の同時作業や、「計算」・「空間認知」が頭頂葉を刺激し、変化させるとわかりました。実はそれらをミックスした活動もあります。
北海道大学医学研究科の実証研究資料によると、非常に簡単な3桁の「そろばん」計算でも、頭頂葉と前頭葉が活動するそうです。 「そろばん」といえば、空間を認知しつつ、見て触って計算する道具。先述した行動がほぼ含まれています。
さらに、5桁の「そろばん」計算を行うと、前頭連合野と頭頂連合野の高次な領野が活性化するのだとか。実は、これらの領野がつくる神経システムは、「前頭連合野-頭頂連合野システム」と呼ばれ、さまざまな知的作業にとても重要であることが明らかになっているそうです。
ワーキングメモリのメカニズムの変化に対応するためにも、「そろばん」計算で頭頂葉を鍛えつつ、「前頭連合野-頭頂連合野システム」も鍛えてしまいましょう。
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脳はいつまでも鍛えられます。まずは楽しみながら ・ジャグリング ・割り勘計算 ・そろばん計算を取り入れ、頭頂葉を鍛えてみては?
(参考)
IQ – Higher School of Economics National Research University|Healthy Aging Entails Reorganization of Function in Prefrontal Brain Areas
Zachary A.Yaple,W.DaleStevens,MarieArsalidou(2019),「Meta-analyses of the n-back working memory task: fMRI evidence of age-related changes in prefrontal cortex involvement across the adult lifespan」,NeuroImage,Vol.196,pp.16-31.
PHP研究所|家庭通販|監修:篠原菊紀|一生ボケない脳になる! 1日1分「脳トレ」366
脳外科医 澤村豊のホームページ|頭頂葉の解剖図
脳外科医 澤村豊のホームページ|白質と灰白質
Nature Research|白質でジャグリング
アゴラ|“花の命は短い”はウソ!? 人間の能力、年齢ごとのピークとは
Wikipedia|ワーキングメモリ
日本脳神経財団|記事
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