仕事で困難にぶつかると、すぐ心が折れてしまう……。
ネガティブな考え方に流されやすく、明るい展望や成功イメージをもてない……。
そんなあなたに知っていただきたいのが「SOC(首尾一貫感覚)」という概念。SOCを身につければ、逆境や困難に見舞われてもへこたれず、冷静に、そして前向きに対処していけるようになります。
このSOCとはどんな概念なのか? SOCを養うにはどうすればいいのか? 今回の記事で詳しく学んでいきましょう。
- 首尾一貫感覚とは。3つの「感」をもとう
- 1.「把握可能感」を高めるには……自分の感情を理解する
- 2.「処理可能感」を高めるには……他人を上手に頼ろう
- 3.「有意味感」を高めるには……仕事の意義を考えよう
首尾一貫感覚とは。3つの「感」をもとう
SOC(Sense of Coherence:首尾一貫感覚)とは、1970年代、医療社会学者のアーロン・アントノフスキー博士によって提唱された概念。保健学博士でヘルスコミュニケーションスペシャリストの蝦名玲子氏は、著書『ストレス対処力SOCの専門家が教える“折れない心”をつくる3つの方法』のなかで、SOCについてこう説明しています。
「人生で起こる様々なできごとを一貫して捉え、状況を理解・予測し、まわりの助けを得ながらうまく対処し、日々の営みへのやりがいや生きる意味を見いだすことができる」といった、その人が生きている世界に対する信頼や人生への向き合い方のことです。
一言でいうと、「つらいことや大変なことがあっても、しなやかに乗り越えていく力」でしょうか。
(引用元:蝦名玲子(2012),『ストレス対処力SOCの専門家が教える“折れない心”をつくる3つの方法』, 大和出版.)
このSOCが “低い” とどうなってしまうかというと……
“心が折れてしまう” 状態になるのは、「ストレス対処力SOC」が、低くなっているためかもしれません。
SOCが低いと、つらいことや大変なことが起きたときに、「もう、どうしていいかわからない」「自分の力ではどうにもならない」「もう、どうでもいい」といった気持ちになり、すべてを投げ出したくなってしまうのです。
(引用元:同上 ※太字は筆者が施した)
と蛯名氏。つまり、SOCが低いと、何か困難が降りかかったとき、あっさり心が折れてしまうということ。逆にSOCが高いければ、困難をしなやかに乗り越えていけます。
困難を乗り越えられるかどうかはSOCの高さにかかっていて、問題に対して自分なりに向き合い、首尾一貫した論理やストーリーのなかに位置づけながら対処していくことが大切だと言えるのです。
そんなSOCは、次の3つの感覚から構成されていると蛯名氏は説明します。
- 「把握可能感」
「『自分の置かれている状況を理解できている、または今後の状況がある程度予測できる』と感じられること」 - 「処理可能感」
「ストレスをもたらす出来事に対して、自分にはそれを処理するために必要な人やモノ、考え方などがあるから、『なんとかなる』『なんとかやっていける』と感じられること」 - 「有意味感」
「つらいことや大変なことがあっても、『これは私にとっての挑戦だ』『これを乗り越えることは人生に必要なことだ』と感じられること」
たとえば、異動で職場の環境が大きく変わり、以下のような状態に陥ったとしましょう。
自分の仕事が会社にとってどのような役割をもつのかピンと来ないまま、与えられたタスクを漫然とこなす(把握可能感の欠如)。慣れないことばかりで自分のスキルをどう活かせるのかわからず、自信もない(処理可能感の欠如)。仕事にやりがいを見つけられず、モチベーションが上がらない(有意味感の欠如)……。
このように、慣れない環境でネガティブな感情ばかり浮かんできてしまうのは、SOCが欠如しているからとも言えるのではないでしょうか。
しかし、時間が経つにつれて、自分の仕事が周囲や組織にどのような利益をもたらすのかを理解し(把握可能感の充足)、自らのスキルや特性を活かして周囲の役に立つことができるようになり(処理可能感の充足)、自分の仕事が世間の役に立っていることを知って「大変だけど頑張ろう」と思えるようになる(有意味感の充足)——。
このように、目の前の困難を「把握可能であり、処理可能であり、有意味なもの」(=首尾一貫した論理やストーリーのなかに位置づけられるもの)ととらえられたとき、私たちは心折れることなく、前向きな気持ちで困難を乗り越えていけるのです。
もしもあなたが「ちょっとしたことですぐ心が折れてしまう」のであれば、SOCが欠如した状態にあるのかも。3つの「感」を満たしてSOCを高めるために、次章からご紹介するアドバイスを参考にしてみてください。
1.「把握可能感」を高めるには……自分の感情を理解する
蝦名氏は、「把握可能感」を「わかる感」と呼んだうえで、これを高めるにはまず「感情を理解する」ことが第一歩だと解説しています。
「わかる感」を高めるために、まずやっていただきたいのが、こうした感情がなぜわいてきているのかを「わかる」ことです。
なぜなら、不安や怒りなどの感情に振り回されていると、今の自分の状況や今後についてきちんと考えられなくなってしまうからです。
(引用元:同上)
何か困難が降りかかってくると、誰しも冷静さを失い、マイナスの感情に振り回されやすくなるものです。そんな乱れた精神状態では、物事を冷静に把握することは困難。いまの状況をしっかり理解して「把握可能感」を高めるためには、まず自身の感情をセルフコントロールし、心をフラットな状態に戻すべきなのです。
蝦名氏は次の4ステップによって、湧き起った嫌な感情を処理することを提唱しています。(以下、同上書籍よりまとめた。例は筆者にて作成した)
STEP1「自分の感情や心の動きを理解する」
まずは「なぜ不安がわいてきたのか」を自己分析し、理解しましょう。たとえば、大きな仕事を前にして不安感に押しつぶされそうな場合。その不安感を無理に抑え込もうとするのではなく、自分の素直な感情をしっかり見つめるのです。それが、「今よりも状況を悪化させないように行動」できることにつながります。
(例)いま不安で仕方がない。なぜだろう?
→明日の商談がうまくいくかどうか確信できず、心配だからだ。
STEP2「感情を上手に表現する」
次に、いまの自分の感情や状態を言葉にして表現し、誰かに受け止めてもらいましょう。もし伝える相手がいない場合は、自分で自分の感情を肯定的に受け止めます。蝦名氏によれば、「不安な感情が、他人や自分自身に受け止められると」、誰かに理解してもらうことでその役割を終え、「不安な感情は次第におさまってくれる」のだそうです。
(例)「私はいま不安でしょうがない。心臓がドキドキ、身体もソワソワして、呼吸も浅くなっている」(感情の表現)
→「あなたが不安なのは、それだけ明日の商談に向けて頑張ってきた証拠。しっかり準備してきたんだから、不安に思わなくて大丈夫だよ」(感情の受け止め)
STEP3「目の前の状況にふさわしい反応なのか、それとも過去を引きずっているために起こっている反応なのかを見極める」
そして、いま感じている不安が「目の前の状況にふさわしい反応」なのか、「過去のできごとが原因で、過剰反応していないか」を見極めましょう。「現実と過去を混同し、必要以上に不安を感じて」しまうことを防ぐためです。
(例)「いま私がこんなに不安なのは、去年の商談でのミスがトラウマになっているからだ。でも、あんなミスは滅多にないことだし、明日の商談ではまず起こりっこない。だから心配する必要はない」
STEP4「本当に満たす必要のある心からの要求に気づく」
さらに、もっと深いレベルで過去に向き合い、負の感情が生まれている根源的な原因を突き止めましょう。「心からの要求は何なのかを理解するうえでも、これまでの人生を振り返って」みるのです。
(例)「私がこんなに不安なのは、幼少期に両親から認められなかったトラウマのせいかもしれない。でもそれはあくまで過去の話であり、いまの仕事とは関係がないことだ。しっかり仕事をこなせば、会社も先方もちゃんと私を認めてくれる。だから心配しなくていい」
上記の4ステップで自分の感情を理解すれば、心の動揺が収まり、目の前にある問題を冷静に把握できるようになるはず。トラブルに見舞われて動揺しているとき、大きなイベントを前に緊張しているときなどにはぜひ試してみてください。
2.「処理可能感」を高めるには……他人を上手に頼ろう
「処理可能感」を高めるには、問題をなんでも自分ひとりで背負い込もうとせず、他人の力を上手に頼るようにしましょう。心理カウンセラーの松山淳氏は次のように提言しています。
「処理可能感」は自分が感じるものですが、それは「他者の存在」によって、より高められる感覚です。
自分でやることには限界があります。(中略)自分独りで何とかしようとしない。助けてくれる人は、どこかに必ず、いるものですから、人を信頼し「素直に助けを求める」ことが大切なことです。
(引用元:EARTHSHIP CONSULTING|ストレスに強くなる3つの感覚SOC(sense of coherence) ※太字は筆者が施した)
「なんでも自分ひとりで解決しよう」という考え方だと、処理できる物事の範囲が狭くなってしまい、「処理可能感」が欠如してしまうのです。
たとえば仕事に行き詰まっていて、ひとりでいくら考えても解決の見込みが立たず、無力感を感じている……。そんなときは、
- 家族、友人、親しい同僚、上司など身近な人に相談する
- ビジネス書を読んで有識者のアドバイスを取り入れる
- 講演会やセミナーなどに行き、専門家のアドバイスを仰ぐ
などの方法で他人の力を借りてみれば、思わぬ展望が開けてくることも多いはず。「遠慮せずに他人の力を借りる」ということを選択肢に入れるだけで、「処理可能」な物事の範囲を大きく広げられるのです。
3.「有意味感」を高めるには……仕事の意義を考えよう
「有意味感」を高めるには、何か困難が降りかかったとき、それを「試練だ」「成長の糧だ」などと前向きにとらえ、物事に「意味」を見いだそうとすることが大切です。精神科医の松崎一葉氏は、有意味感について次のように解説しています。
たとえば、仕事で望まない部署に配属された場合、不本意だと腐ってしまうのは「有意味感」がない人だ。「これも経験。将来、何かの役に立つかもしれない」「やってみたら意外と面白いかもしれない」と前向きに取り組むことができる人は、「有意味感」を持っている人である。
(引用元:松崎一葉(2017),『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』 , PHP研究所. ※太字は筆者が施した)
このようにポジティブに意味を見いだせればこそ、私たちは降りかかった困難さえ意欲的に乗り越えていけるのです。
心理学博士のテレサ・アマビール氏、心理学者のスティーブン・クレイマー氏が共著した記事では、「自分にとって大切な何か、または誰かに対して、自身の仕事が貢献している」と感じるとき、あらゆる仕事に意義を見いだすことは可能であると示唆されています。(ハーバード・ビジネス・レビュー|どんな仕事にも「やりがい」を見出すことは、可能なのかより)
もしあなたが、仕事に意味を見いだせずにいるなら、
- 自分の仕事は、誰の喜びにつながっているか?
- 自分の仕事によって、誰に利益がもたらされるのか?
- 自分の仕事は、どう世の中の役に立っているか?
といった自問をし、自分の仕事が貢献している相手に思いをはせてみてはいかがでしょうか。たとえば、食品メーカーで働いているなら、あなたが携わった商品をおいしそうに食べる人の顔や、商品のヒットに大喜びする上司の姿などを想像してみるなど。
「自分の貢献によって喜ぶ誰か」の存在を認識できれば、困難があってもきっと「有意味感」を見いだせるはずですよ。
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困難に打ちのめされることが多い方は、上の3つのアドバイスを参考に「SOC」を高め、くじけない強いメンタルを養いましょう。メンタルの強さについては「メンタルが強い人の特徴5選×メンタルを強くする5つの方法」でも詳しく解説しています。
(参考)
蝦名玲子(2012),『ストレス対処力SOCの専門家が教える“折れない心”をつくる3つの方法』, 大和出版.
EARTHSHIP CONSULTING|ストレスに強くなる3つの感覚SOC(sense of coherence)
松崎一葉(2017),『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』 , PHP研究所.
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|どんな仕事にも「やりがい」を見出すことは、可能なのか
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。