限られた時間のなかで最大の成果を挙げ、生産性を向上させるためにはどのようなことが有効でしょうか。その方法はさまざまありそうですが、作業を担う脳のパフォーマンスを上げるのも手段のひとつだと考えられます。
そこでお話を聞いたのは、脳科学者の宮﨑敦子先生。DJとしても活動する先生は、脳のパフォーマンスを上げる鍵は「音楽」にあると言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
宮﨑敦子(みやざき・あつこ)
福島県出身。医学博士。東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野特任研究員。東北大学大学院医学系研究科脳機能開発研究分野博士課程修了。国立研究開発法人理化学研究所情報システム本部計算工学応用開発ユニット研究員を経て現職。脳と音楽の関係、ドラムを用いた認知症予防・改善プログラム開発などの研究を行なっている。ダンス・ボーカルユニットTRFと共同で高齢者向け健康長寿プログラムDVD『リバイバルダンス』の開発も行なっている。このダンス効果を60歳以上の健常高齢者で検証した結果、認知機能改善に有効であることを報告した。また、Dr.DJ.ATSUKO名義で長年DJ活動も続けている。日本神経科学学会会員。同学会による市民公開講座「脳科学の達人」でもDJを行なっている。
「ながら聴き」が脳に与える影響は、性格に左右される
脳科学においては、音楽を聴くと脳のパフォーマンスが上がる、いわば頭がよくなることを示す先行研究があります。ただし、その効果が表れるかどうかは、音楽を聴くタイミングによります。
仕事や勉強、家事をしながら音楽を聴く、いわゆる「ながら聴き」をしている人はみなさんのなかにも多いでしょう。ただ、このながら聴きについては、誰もが必ずしも好影響を得られるわけではありません。
というのも、ながら聴きによって脳のパフォーマンスが上がるかどうかは、性格に左右されるからです。じつは、外交的な人であれば、ながら聴きをすると脳のパフォーマンスや作業効率が上がる、あるいは維持できるとわかっています。
一方、内向的な人の場合は、逆に脳のパフォーマンスや作業効率が下がってしまうのです。そのため、さまざまな性格の人が集まっているオフィスなどでは、BGMを流さないほうが賢明です。
モーツァルトの曲を聴くと、頭がよくなる?
しかし、誰もが脳のパフォーマンスを上げられる音楽の聴き方も存在しています。それは、「勉強や仕事をする前に音楽を聴く」という方法です。
この方法は、脳科学の分野では「モーツァルト効果」という名で知られています。モーツァルトの曲「KV448」を事前に聴くと、IQテストに含まれる空間認識能力テストにおいてスコアが平均して8点上がったという研究結果が報告されているのです。
ところが、このモーツァルト効果には研究上の欠落がありました。モーツァルトではなくシューベルトの曲を聴いても、あるいは音楽ではなく物語の朗読を聴いても、テストのスコアが向上するケースも見られたのです。
でも、この欠落の正体はそう難しいものではありませんでした。のちの研究で、単純に「好きな音楽(あるいは物語)」を作業前に聴くことで脳のパフォーマンスが上がるとわかったのです。
そんな研究結果など知らずとも、みなさんにもイメージできるのではないでしょうか。嫌いな音楽を聴いても脳のパフォーマンスが向上するとは考えにくいですよね? でも、自分が好きな音楽を聴いて気分が高揚し、やる気も出てきた経験は多くの人にあるはずです。
聴くべきは、テンポが速い長調の音楽
つまり、やることはシンプルで、脳のパフォーマンスや作業効率を上げたいのなら、作業の前に自分が大好きな音楽(あるいは物語)を聴けばいいのです。
好きな音楽がたくさんある人には、そのなかでも「テンポが速くて、明るい長調」の音楽のチョイスをおすすめします。なぜなら、そういった音楽のほうが、脳のパフォーマンスをより向上させるとわかっているからです。
じつは、モーツァルト効果の研究で使われた曲「KV448」も、とてもテンポが速くて長調の曲でした。
世のなかにはテンポが速い音楽はたくさん存在しています。もちろん、自分が好きでかつテンポが速い長調の音楽がベストですが、私はハウスやテクノというジャンルの音楽がいいと思っています。
というのも、人によってテンポを速くも遅くも感じられるといったジャンルの音楽も存在するからです。対してハウスやテクノは、4つ打ちと呼ばれるわかりやすいビートで構成されているため、誰にとっても速さをしっかりと感じられます。
習慣化によって、先延ばし癖を解消する
ここまでに説明した作業前に好きな音楽を聴く手法は、脳のパフォーマンスを上げて作業効率を高めたい人だけでなく、先延ばし癖がある人にもぜひ実践してほしいものです。
音楽は、人の行動を簡単にコントロールする力をもっています。私はDJとしても活動していますが、音楽の力によって人を盛り上げたりクールダウンさせたりできると実感してきました。
そして、音楽の聴き方は人それぞれだとは思いますが、いまはスピーカーで音楽を聴く機会がかなり減っています。かつては、多くの人がスピーカーから音楽を聴いていましたが、いまはヘッドホンやイヤホンなどで音楽を聴く機会のほうが多いでしょう。CDプレーヤーやスピーカーを持っていない人も少なくないはずです。
すると、音楽を聴く前にヘッドホンやイヤホンをつける「過程」が発生します。その過程を、作業を始める前の一連の儀式として習慣化するのです。
やらなければならないことがあるのになかなか行動に移せない人も、なんらかの作業をする前に必ずヘッドホンやイヤホンをつけて、好きな、そしてできればテンポが速くて長調の音楽を聴く――。これを習慣化できれば、腰が重いときにも事前に自分の気持ちを上げてやるべき行動を起こしやすくなり、なおかつ作業効率も上げられるはずです。
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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。