仕事のパフォーマンスを上げるため、どのようなことに取り組んでいますか? タスクに優先順位をつける、タイムマネジメント術を使いこなす、職種として求められるスキルを向上させるなど、その方法は多種多様でしょう。
そんななか、意外な方法を紹介してくれたのは、脳科学者でありDJとしても活動している宮﨑敦子先生。その方法とは、仕事を始める前に音楽を聴くというものでした。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
宮﨑敦子(みやざき・あつこ)
福島県出身。医学博士。東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野特任研究員。東北大学大学院医学系研究科脳機能開発研究分野博士課程修了。国立研究開発法人理化学研究所情報システム本部計算工学応用開発ユニット研究員を経て現職。脳と音楽の関係、ドラムを用いた認知症予防・改善プログラム開発などの研究を行なっている。ダンス・ボーカルユニットTRFと共同で高齢者向け健康長寿プログラムDVD『リバイバルダンス』の開発も行なっている。このダンス効果を60歳以上の健常高齢者で検証した結果、認知機能改善に有効であることを報告した。また、Dr.DJ.ATSUKO名義で長年DJ活動も続けている。日本神経科学学会会員。同学会による市民公開講座「脳科学の達人」でもDJを行なっている。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
ミスを増やさずに作業スピードを上げる方法
「仕事のパフォーマンスを上げる」とは、どのようなことを意味するでしょうか? もちろん、作業スピードを上げればいいというものではありません。いくら作業スピードを上げても仕事が雑になってミスが増えてしまえば意味はありませんし、むしろミスの修正が必要になり逆に効率が悪くなってしまいます。
でもじつは、ミスが起きる確率は変わらないままで作業スピードを上げられる方法が存在するのです。
その方法とは、仕事を始める前に、自分が好きで、かつ「テンポが速い」音楽を聴くというものです。明るい長調の音楽であればなおよいのですが、いずれにせよテンポの速さがポイントになります。
私が行なった研究では、被験者たちに短期記憶課題というテストに臨んでもらいました。「3、5、1、7、9、2、8」などの7つの数字を覚えたあとに「4はありましたか?」というような問いに答えてもらうテストです。
「この仕事のあとはなにをするんだっけ?」といちいち確認したり、上司や先輩の指示を忘れてしまったりしては仕事のパフォーマンスは上がるはずもありません。そうではなく、「この仕事をこなしたら、明日の営業の資料をつくって、来週の会議の準備も進めておこう」「そうだ、さっき指示された作業はどのタイミングでやろうかな」といった具合に、その日にやるべきタスクを覚えてスムーズに仕事を進める必要があります。そのように、短期記憶は仕事と関連が深い力のひとつだと思います。
事前に速いテンポの音楽を聴くことが、仕事の準備運動になる
先行研究から、短期記憶課題に臨んでいるときの被験者たちは、脳の「下前頭回(かぜんとうかい)」という部分の活動が活発になっているとわかりました。つまり、短期記憶をするときには下前頭回を使っていることを意味します。
そして、速いテンポの音楽を聴いているときにも、この下前頭回の脳活動が高まっているとわかっています。そうであるなら、仕事の前に速いテンポの音楽を聴くことで下前頭回の「準備運動」をすれば、仕事で重要な短期記憶の力を発揮しやすくなると考えられるわけです。
ここで評価するのは、短期記憶課題をこなすスピードと正答率です。短期記憶課題に臨む前に速いテンポの音楽を聴いても遅いテンポの音楽を聴いても、被験者たちの正答率に違いはありませんでした。
一方、課題をこなすスピードには大きな違いがあり、速いテンポの音楽を聴いたあとの場合には、遅いテンポの音楽を聴いたあとよりも速く解答できていました。つまり、速いテンポの音楽を聴いたあとは、作業スピードは向上し、かつ精度は変わらなかったのです。
この結果から、速いテンポの音楽を聴いてから仕事を始めることで、ミスを増やさずに作業スピードを上げられると考えられます。
聴く音楽のメロディーの有無が、脳の負荷を変える
また、仕事のパフォーマンスを上げるためには、「メロディーがある」音楽を事前に聴くのも効果的かもしれません。
先に紹介した私の研究では、テンポの速さのほかにメロディーの有無による違いについても調べました。同じ速いテンポの音楽であっても、メロディーがある音楽とメロディーがない音楽をそれぞれ被験者に聴いてもらった場合の違いを確認したのです。
多くの人は、それこそ歌メロと呼ばれるようなメロディーを中心的に意識して音楽を聴きます。でも、すべての音楽がメロディーだけで成り立っているわけではありません。なかには、複雑なリズムや超絶テクニックとも表現されるような楽器の演奏で構成されていて、明確なメロディーと言えるものがない音楽も存在します。
速いテンポの音楽を聴いたときには、メロディーの有無にかかわらず、遅いテンポの音楽を聴いたときと比べて速く脳活動のピークが訪れたことがわかりました。先にお伝えしたとおり、まさしく脳の準備運動ができていたわけです。
ところが興味深いことに、同じ速いテンポでも、メロディーの有無によって脳活動のレベルに違いが見られました。メロディーがない音楽を聴いたときと比べてメロディーがある音楽を聴いたときには、脳活動のレベルが低かったのです。
「脳活動のレベルが低い」と言うと、「脳がきちんと働いてくれていない」とった印象を受ける人もいるかもしれませんが、このケースではそうではありません。そのときに被験者が臨んだのは同じ課題であり、同じパフォーマンスを発揮していました。
ですから、メロディーがある音楽を聴いたときのほうが、メロディーがない音楽を聴いたときよりも脳に負荷をかけずに同じ作業をさらさらとこなせると考えられるのです。力を抜いているのに、結果はきちんと出せるといったイメージです。
よって、ちょっと疲れている人、長時間の仕事をこなしたい人などは、なるべく脳の負荷を抑えるために、テンポが速くて、かつメロディーがある音楽を仕事の前に聴くのが有効かもしれません。
【宮﨑敦子先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
脳科学者が明かす「脳のパフォーマンス向上」「先延ばし癖の解消」ともに実現できる驚きの方法
異色の脳科学者が教える「勉強がはかどる脳」のつくり方。勉強前に○○するだけで理解力が上がる