最新のメタ分析研究で、どんな運動を、どの程度、どんなふうに行なえば、認知機能が改善するかわかったそうです。
「いまひとつ頭が働かないので運動したいが、疲れるのは嫌だ」という人が喜ぶ内容かもしれません。運動が及ぼす影響について掘り下げつつ、紹介しましょう。
運動が認知機能を向上させる階層モデル
e-ヘルスネット(厚生労働省)では、「認知機能」を「理解、判断、論理などの知的機能」と説明しています。
国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター長の島田裕之氏によると、運動が認知機能を向上させるのは、以下3つの階層に影響が及ぼされ、総体的に効果を発揮するから、と考えられるそうです。
階層1.【生物学的レベル】
- 運動によるインスリン抵抗性の改善(血糖値が正常に下がりやすくなる)→シナプス機能の向上(脳の神経細胞同士の接合部分)→脳容量の増加→認知機能向上
- 運動による脳血流量の増加→BDNFやIGF-1といった神経栄養因子の増加(神経細胞の生存、発生、機能に必要とされる)→シナプス機能の向上や脳容量の増加→認知機能向上
階層2.【行動学的レベル】
- 運動による睡眠状態の向上→身体活動の向上もしくは疲労感の低下→身体活動レベルが向上→認知機能改善
- 運動による身体活動量および身体機能の向上→身体活動の向上や疲労感の解消→認知機能向上
階層3.【社会心理学的レベル】
- 運動によるうつ症状の解消→認知機能向上
- 運動によるうつ症状の緩和→社会的ネットワークの再構築(家族、友人、同僚などとのつながり)→社会的ネットワークの向上→認知機能向上
- 運動によるうつうつ症状の緩和→認知的活動性が向上→認知機能向上
- 運動による自己効力感※の向上→社会的ネットワークの構築が促進→認知機能向上(※神奈川県の公立中学校の生徒と保護者に関する調査報告書 [2009年]では、運動部の生徒の自己効力感が高い一方、文化部の生徒は自己効力感が低くなっているといったデータが示されている)
運動で認知機能改善【最新メタ分析】
そうしたなか、スイスのバーゼル大学と筑波大学の研究グループは、メタ分析を用いて、認知機能の改善に効果的な運動とやり方、影響される年齢について明確にしました(2020年3月30日「Nature Human Behaviour」にてオンライン公開)。
メタ分析とは、複数の先行研究を集めて、あらゆる角度から統合・比較する分析研究法です。その結果、以下の知見が得られたそう。
- 運動習慣は種類にかかわらず認知機能を改善させる。
- 認知機能改善の効果は、有酸素トレーニングや筋力トレーニングよりも、コーディネーショントレーニング(後述)のほうが大きい。
- 比較的長い時間(60~90分)の運動を、長期間(22週間以上)継続すると効果が高まる。
- 男性は漸進性トレーニング(徐々に強度を上げていく)、女性は漸進性がなく、きつすぎない程度のトレーニング(低強度~中強度)が適している。
- 運動による認知機能の改善は年齢関係なく認められる。
ここで気になるのが、コーディネーショントレーニングです。いったい、どんなものでしょう?
コーディネーショントレーニングとは
日本血液製剤機構の情報サイトによれば、絶対に“これ!”というコーディネーショントレーニングはないそうです。自分に合うかたちで、遊びの要素を取り入れて楽しみながら行なったり、日常生活のなかで工夫して行なったりできるとのこと。
子どもから高齢者まで鍛えられるというコーディネーション(coordination・調整)能力は、次の7つに分けられるそうです。
定位能力:【例】道路を歩いているときに周囲の歩行者、自転車、縁石、電柱などと、自分との位置関係を把握する。
変換能力:【例】道路を歩きながら自分の進路と、正面から来る自転車の進路が重なったとき、自分の進路を変えて衝突を回避する。
連結能力:【例】道路ですれ違う人とのタイミングをはかり、歩きながらからだをひねり相手をかわす。
反応能力:【例】ジョギング中に信号が変わった、踏切の警報機が鳴ったなどの際に、よろけず瞬時に止まる。
識別能力:【例】手すりや杖をうまく使って安全に階段昇降する。
リズム能力:【例】一緒に歩く人の歩調に合わせて自分の歩行スピードを調整する。
バランス能力:【例】姿勢を崩したとき、転ばないようにうまく姿勢を立て直す。
これらに示されているように、散歩をしているとき、電車に乗っているとき、あらゆる日常的な活動をしているときでも、コーディネーション能力を意識して動作を行なうことでトレーニングになるそうです。
つまり……通勤時の電車でうまくバランスをとったり、散歩時にうまく人や公共物をよけて歩いたり、買い物の際にわざと階段を使ったりしていればいいだけ。
これなら、前出のメタ分析結果で「効果が高まるとされる運動時間と継続期間が長い!」と感じた人にも安心ではないでしょうか。
自宅でひとりでもできる「バランス壁当て」
意識して動作することは必要ですが、思わず「なーんだ」と言いたくなる行動が、認知機能にいいとわかりました。とはいえ、いまは21世紀のパンデミックを経験した世界です。日本血液製剤機構の情報サイトを参考に、自宅でひとりでもできるコーディネーショントレーニングの「バランス壁当て」を紹介しましょう。
用意するのは、ソフトキャンディーボールと、椅子のみ。
壁に目印をつけておき、あとは椅子に座って両足を床から浮かせ、背もたれに寄りかからないようにしてバランスを取りながら、 「壁の目印に向かってソフトキャンディーボールを投げ、跳ね返ってきたボールをキャッチする」 を、リズムよく繰り返すだけです。
(参考:メンテナンス体操(一般社団法人 日本血液製剤機構)|コーディネーション能力を強化しよう)
この「バランス壁当て」には、前出の7つの能力(定位・変換・連結・反応・識別・リズム・バランス)の要素すべてが含まれているそうですよ。
しかも、腸腰筋と腹筋のトレーニングにもなるとのこと。おすすめです!
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最新のメタ分析結果と、認知機能を改善する運動を紹介しました。ぜひお試しくださいね。
(参考)
大学ジャーナルオンライン|「認知機能を改善させる運動」 種類・時間・性別による効果の違いを解明
Nature Human Behaviour|Systematic review and meta-analysis investigating moderators of long-term effects of exercise on cognition in healthy individuals
公益財団法人 長寿科学振興財団|第4章 認知症の予防 4.運動の視点から
メンテナンス体操(一般社団法人 日本血液製剤機構)|コーディネーション能力を強化しよう
ベネッセ教育総合研究所|部活動×自己効力感 - 部活動が与える自己効力感への影響
明治大学|生田情報メディアサービス|超心理学講座・メタ分析
糖尿病情報センター|糖尿病の運動のはなし
e-ヘルスネット(厚生労働省)|認知機能
Wikipedia|神経栄養因子
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