めまぐるしい変化を見せる現代のビジネスシーンにおいて、何かと即効性が求められるのは当然のことです。しかし、教養にまで即効性を求めるのは危険かもしれません。本来の教養を掘り下げつつ、最近増加した “即効性のある教養” について、注意すべきことを2点紹介します。
「教養」とは何か
「教養がある人を想像してください」と言われると、なんとなく「マナーがある博識な人」を想像してしまいますが、識者による「教養」の解釈を聞くと、また違った印象を受けます。
たとえば一橋ビジネススクール教授の楠木建氏は、2018年10月8日公開のWebマガジン(日立)でこう語りました。
教養っていうのは、自分なりの価値基準を自律的に獲得するっていうことです。
なおかつ同氏はこうも語っています。
優れた経営者は意思決定がブレないとか、意思決定が速いとか言いますが、それは自分の中に確たる価値基準があるからです。
(引用元:Executive Foresight Online:日立|経営者と読書-その2 教養とは、自分自身の価値基準。 - Executive Foresight Online:日立。)
また、累計46万部(2021年時点)を突破した『おとなの教養』シリーズの著者であり、ジャーナリストの池上彰氏は「教養」についてこう述べたそうです。
「だから本当の教養というのは、すぐには役に立たないかもしれないけれど、長い人生を生きていく上で、自分を支える基盤になるものです。その基盤がしっかりしていれば、世の中の動きが速くてもブレることなく、自分の頭で物事を深く考えることができるようになるわけです」
(引用元:PRESIDENT Online|教養のない人ほど「役に立つ教養」を知りたがる…知ったかぶりを量産する「ファスト教養」という残念現象)
これらをふまえると、「教養」は知識うんぬんというより、日々の探求や学びから得たあらゆる知識を成分に、自分の価値観を形成していくことだと言えるのではないでしょうか。ならば、その人が身につけている教養によっては、
- 「自分にとって正しい判断ができる」or「できない」
- 「ほとんどブレない」or「あっさりブレる」
といったことが起こるわけです。そして、上記のいずれにおいても、“教養がある人” は前者のほうだと考えていいはず。ここまでの解釈を経て端的に “教養がある人” を表現するとすれば、「ブレない人」「自分の考え※をもっている人」と言えるのではないでしょうか(※価値観、価値基準、判断基準など)。
昨今見られる「即効性のある教養」とは?
一方でライター・ブロガーのレジ―氏は、最近の、ビジネスにすぐ役立ちそうなネタを求める傾向に、こんな名前をつけたそうです。
教養という元来その定義のあいまいな概念が、社会の流れの中で「周りを出し抜いてうまくお金儲けをする」ためのツールとして転用される。そんな状況を「ファスト教養」と名付けた。
また、同氏は上の内容に「ファスト教養に求められているのは即効性」とも加えています。
(引用元:PRESIDENT Online|教養のない人ほど「役に立つ教養」を知りたがる…知ったかぶりを量産する「ファスト教養」という残念現象)
言うなれば「ファスト教養」は、本来の教養の目的とは違った特定の用途(ビジネスでお金儲け)に、ボンヤリと教養の概念が使われている状況を指す、といったところでしょうか。
ちなみに、レジ―氏の著書『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)には、古き良き教養のソースが「学びたい分野の古典や名作」であるのに対し、ファスト教養のソースは「YouTubeの解説動画、まとめサイト」とあります。
また、古き良き教養の方針が「深い知識をじっくり自分の中に染み込ませる」であるのに対し、ファスト教養の方針は「あらゆる分野をざっくりと大づかみに理解」なのだとか。
そして、古き良き教養の目的が「精神的な豊かさ アイデンティティの形成」であるのに対し、ファスト教養の目的は「ビジネスに役立てたい 他人より優位に立ちたい」となっています。
(レジ―氏著書の引用元:NewsPicks|【対談】ビジネスパーソンを虜にする「ファスト教養」を斬る)
こうして見ると、明らかに前項で掘り下げた「本来の教養」と、「ファスト教養」はまったくの別物です。「本来の教養」は自分の内側に育まれ、大きく強くなっていきそうですが、「ファスト教養」はまるで手に書いた一時的なメモのよう。早い段階で消え失せてしまいそうです。
とはいえ、仕事ですぐに役立つネタが必要な場合だってあるでしょう。必ずしも古き良き「本来の教養」が善で、「ファスト教養」が悪だとは言いきれないかもしれません。ただし、「ファスト教養」には注意が必要なことも確かです。ふたつの注意すべきことを、回避策・改善策とともに確認していきましょう。
注意1:自ら判断・意思決定ができなくなる
先述のとおり楠木氏は、「自分なりの価値基準を自律的に獲得する」ことが教養であり、優れた人の「意思決定がブレないとか、意思決定が速い」のは、「自分の中に確たる価値基準があるから」と説いています( Executive Foresight Online:日立より)。
一方でレジ―氏が名づけた「ファスト教養」の場合は、先述のとおり誰かがまとめた即効性のあるネタを「ざっくりと大づかみに理解」し、すぐ「ビジネスに役立てたい」と考えます(PRESIDENT Onlineより)。
それで自分の価値基準をもてるとは考えずらいので、「ファスト教養」だけだと、自ら判断したり、意思決定したりすることが、いずれ難しくなってしまうのではないでしょうか。そうした状況を避ける・改善するために、大雑把な知識でもマメに書き留め、そこに自分なりの解釈やまとめなど、自分の言葉でつづった文章も書き添えておくことがおすすめです。
そうしたほうが、「ファスト教養」だけで満足しているよりもずっと、先述した池上氏の言葉にあったような「自分を支える基盤」の形成が期待できるはずです(PRESIDENT Onlineより)。
注意2:いろいろなことに活かせない
前出の楠木氏は、教養についてこうも語っています。
教養っていうのは、今話題のビジネス書とかそういうのではなくて、もっと普遍的なものです。
(引用元:Executive Foresight Online:日立|経営者と読書-その2 教養とは、自分自身の価値基準。 - Executive Foresight Online:日立。)
一方でレジ―氏は、「ファスト教養」を分析する際にこう説いています。
「すぐ役に立つ」を突き詰めたものは基本的に普遍性を失う。なぜなら、それはすなわち個別事情に最適化したものだからである。
(引用元:PRESIDENT Online|教養のない人ほど「役に立つ教養」を知りたがる…知ったかぶりを量産する「ファスト教養」という残念現象)
つまり、「本来の教養」には、すべてのものに通じる・広く当てはめられる性質(普遍性)があるけれど、「ファスト教養」はすぐ何かに役立てられてる反面、その “何か” 以外のことに活かそうとしても、役に立たない可能性があるということ。
たとえば今日明日のビジネストークに役立つ知識を大雑把にインプットしても、特定のシーンで1度や2度使えるだけに留まり、そのあとの長い人生に役立つ可能性が少ないわけです。
だからこそ、即効性のあるネタを仕入れるのとはまた別に、自分の興味が湧くまま、気長に何かを深堀してみる時間を設けることが大切ではないでしょうか。
相手に話を合わせるためだけに理解した、“にわか仕込みの知識” を頼りなく語るより、自分の好きなことを雄弁に語れる人のほうが、話す相手も関心の目を向けてくれるはずです。
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手っ取り早く仕入れたネタで、教養を身につけた気になっている人が注意すべき2つのことを紹介しました。自分の仕事や人生に役立つ教養を身につけられるといいですね。
(参考)
PRESIDENT Online|教養のない人ほど「役に立つ教養」を知りたがる…知ったかぶりを量産する「ファスト教養」という残念現象
Executive Foresight Online:日立|経営者と読書-その2 教養とは、自分自身の価値基準。
NewsPicks|【対談】ビジネスパーソンを虜にする「ファスト教養」を斬る
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